【25】答え合わせ ②
「アンセルミ公爵家の馬丁で、あの事故の時に令嬢の馬の世話を担い、その後暇を出された者がおりました。当人は公爵家を追われたとは思っておらず、馬のことを学ぶために自分に白羽の矢が立ち隣国に学びに来ていると思っていました。その者はあの狩りの日の前日、アンセルミ公爵令嬢が厩舎にやってきて、ご自分の愛馬に自ら給餌をしたそうです。それは別段珍しいことでもなかったようで、その後アンセルミ公爵令嬢はしばらく厩舎を見て回ったといいます。その後しばらくして、馬の種付けの時に使用する興奮剤の瓶が一つ無くなっていたと。その者は数え間違いだと思ってそのままにしていたそうです。
馬丁の話は、今自分が時系列に並び替えて話しましたが、本人はバラバラに思い出しながら話しました。そして狩りの当日にその馬丁は、婚約者の馬のよだれをタオルで拭ってやっているアンセルミ公爵令嬢を見ています。そのタオルでカルロ・バディーニ殿の馬は、興奮剤を嗅がされたのはないでしょうか」
それらが本当のことだとしたら、ヴィオランテは、あの日ハンツマンを担った婚約者のことを、幾重にも罠を掛けて確実に失脚させようとしていたことになる。愛用の角笛を直前に奪う、生肉を隠し持って狩り場で投げる、婚約者の馬に興奮剤を嗅がせる……。
その用意周到さは、ちょっと失敗してもらいたいというような軽い感じではない……。
ジュスティアーノ殿下の顔色が紙のように白くなっていた。
ヴィオラの所業と思われることを並べていくと、恐ろしいことになってしまったのだから無理もないけれど……。
「……殿下、ご気分が優れないのではないですか? 少し休憩をなさったほうが……」
「……大丈夫だ。今ここで気分が良い者など誰も居ないだろう。……いや、やはり少し休憩をするか。アルマンド、ドナートの分も含めて茶を頼む」
「承知しました」
アルマンドが従者にお茶の用意を指示し、従者が部屋を出て行った。ずっとこの部屋に張り巡らされていた緊張感がややほどけた。重い空気が少し扉から出て行ったような感じだ。
イラリオもアルマンドもソファに沈むように座り、イラリオは天井を仰ぐようにしていた。
この部屋には窓がない。
暖炉が設えられている壁以外は本棚が設置され、おそらく本棚の向こうにはこの部屋を見ることができる隠し部屋があったり、外部へ通じる廊下に出られたりするのだろう。
サンタレーリの屋敷にも、こうした設えの部屋がある。
そういう部屋に共通する独特の圧迫感のようなものが、部屋の広さや調度品の優雅さを以てしてもどうしても滲み出てしまう。
私も息苦しさを感じていた。
ジュスティアーノ殿下が、王室が、これからヴィオラをどうするのか──それを思うと、部屋の空気がさらに薄くなった気がした。
ほどなくして、私たちの前にティーカップが置かれていく。
最後に置いたカップの前にドナート様が着座すると、ジュスティアーノ殿下がゆるりとした所作でお茶を飲み始めた。
ほどよい温かさのお茶が、喉を滑り落ちていく。
「率直に聞いてしまうけれど、殿下はヴィオラをどうするおつもりなのだろうか」
イラリオがそう水を向ける。
私も同じことを思っていたけれど、尋ねる勇気がなかった。
「……婚約はもちろん解消する。この後すぐに、子キツネ狩りの日の真相とヴィオランテとの婚約を白紙に戻したい意思を書きつけて、陛下に届ける。当初は二泊の予定で、そのように準備をしてくれていたアルマンドにはすまないことだが、明日の早朝に出立することにした」
「いや、少しでも早い方がいいだろう。……敢えてこう呼ぶが……ジュスト、大丈夫か」
「ああ、これで良かったと思っているんだ。定例議会で告知をしてしまったが、民にはまだ知らせていない。自分の望みの為なら人の命も軽んじるような者を、未来の国母に据えることはできないし、俺の心情としても受け入れがたい。これから皆が集めてくれた話の裏取りをする必要があるから、すぐに解消とはいかないが……婚約を解消すると自分の中で決めてからは、ある意味で気持ちは落ち着いている」
「アンセルミ公爵家はどうなるのかな。四大公爵家の一つが消えるなんてことになるのかどうか……」
イラリオが声を潜めて言った。
ヴィオラが王室からどう扱われるか次第では、アンセルミ公爵家そのものが危うくなるかもしれないのね……。
「なんらかの処分は免れないだろう。すべては陛下の御沙汰によるが。ヴィオランテは意図して人を殺めようとしたわけではないかもしれないが、下手をしたら死にかねないようなことを用意周到の上で故意にやり、実際にヴィオランテの行動を原因として婚約者が命を落とした。あの狩りでは、自分たちも含めて多くの者が駆けていたのだ。猟犬の暴れ具合によっては、他の貴族や……王家に連なる者たちにも事故は及んだかもしれない。これは重大かつ悪質な行為だ。殺人罪に近しい処罰が下されることもあり得る」
殺人罪に近しい処罰……。
頭では理解できているのに、あまりの罪の大きさに言葉も出なかった。
だが、ヴィオラがしたことがすべて本当であれば、そのせいで人が一人亡くなったのだ。婚約者を失脚させて自分は無傷のまま第一王子殿下の婚約者になろうとした、そのことは許されることではない。
「レティ、大丈夫か。僕もヴィオラのことはショックが大きいが、レティはそれ以上の衝撃を受けているだろう。二人は女公爵になるために、手を取り合っていたようだったから」
アルマンドが心配そうに私に声を掛けてくれる。
「ありがとう。でも大丈夫よ。ヴィオラのことは言葉にできないくらいショックだけど、粛々と自分の役割を果たしたいわ。祝賀会ではでしゃばらないつもりだけど、私にレナータ様のお力になれることがあれば良い裏方になりたいの」
「レナータもレティがいてくれたら心強いと思う。こんな時にこちらを慮ってくれてありがたい」
祝賀会において、私の立場をもってすれば便利なこともある。
アルマンドの奥様となったレナータ様は、ご実家が伯爵家ということもあって時に肩身の狭い思いをすることもあるという。
今回のような晴れやかな会では、そんなレナータ様の足を引っ張ろうとする女性が必ず出てくるだろう。ブレッサン公爵家に娘を送り込みたかった高位貴族がどれくらいいただろうか。アルマンド個人を狙っていた令嬢も少なくなかった。
そうした者たちからレナータ様がどのような攻防ができるかで、公爵夫人としての力量を問おうとする者もいるのだ。
サンタレーリ公爵家嫡子という私の立場が、少しでもレナータ様の盾になれればいい。
「多忙の中、皆に骨を折ってもらい感謝している。では、夕刻より新しい港の開港祝賀会がある。ブレッサン公爵とアルマンド、そして技術者やすべての施工者のこれまでの働きを労うものとしたい。よろしく頼む」
ジュスティアーノ殿下の言葉で、暗号によって招集された会合はお開きになった。
ヴィオラの罪とこれから与えられる罰のことを思うと、心が重く沈み込む。
密かに集まるために与えられた祝賀会への参加という役割だけれど、やってきた以上は公爵家の嫡子としての務めをしっかりと果たしたかった。




