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【完結】あの日の小径に光る花を君に  作者: 青波鳩子@「一年だけ延期」電子書籍シーモア様先行発売中!


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【24】答え合わせ ①


馬車がブレッサン領に入ると、道が新しく整備されていて快適になった。

アルマンドのお父様は、領地の整備に力を入れているという。

一本の河に多くの橋を架け、その通行税は平民からは取らない。その為、多くの商人が自由に行き来して宿場町も栄えている。

少しくらい遠回りでも、商人たちはブレッサン領を通っていくのだ。

人々の往来が増えれば、民の仕事も増える。

通行税を遥かに上回る収入となっていることだろう。

小窓から街並みを眺めながら馬車は進み、アルマンドの待つブレッサン領主の屋敷に着いた。

家令に来訪を告げると、しばらくしてアルマンドが玄関ホールにやって来た。


「待っていたよ、レティ! 君が一番乗りだ。じきに殿下もイラリオも到着するから、まずは滞在中の君の居場所となる部屋へ案内するよ」


「レティーツィア様、遠いところようこそいらっしゃいました。ブレッサン滞在中は、何なりとお申し付けくださいませ」


ブレッサン公爵夫人となったレナータ様も出迎えてくださった。


「レナータ様、お久しぶりですね」


子キツネ狩りの時以来ですね……と言いそうになって、微笑みに変える。

まさにその時の話をするためにやって来たのだけれど、ここで言うことではなかった。


ジュスティアーノ殿下とイラリオが到着すればすぐに話し合いとなり、今夜は新しい港のあるカルテリ市の市庁舎にて祝賀会が行われる。

翌日は他国から招いた施工技師たちとのレセプションがあり、もう一泊して朝食を皆で摂って王都に戻る予定となっている。


「こちらの部屋にて、ごゆるりとお過ごしくださいませ。必要なものは整えておりますが、足りないものがあればお声掛けください。皆さまがお揃いになりましたら主人が迎えにまいりますので、それまでどうぞお待ちください」


「ありがとう」


レナータ様が部屋を出ていかれ、旅装を解く。

ブレッサン家の侍女を置いてくれるようだったが、用がある時だけ頼むことにした。その侍女からノーラがいろいろ教わっている。

さっそく湯を張りましょうかとノーラに尋ねられたけれど、それほど時間もないので手足を洗うだけにする。

熱い湯に浸して硬く絞ったタオルで髪を包まれると頭皮も温まり、旅の疲れがほぐれていった。

装飾と言えるのは胸元のピンタックだけの、シンプルな紺色のドレスに着替えた。ノーラに髪をタイトにまとめてもらうと、支度が整ったのを見計らったかのように従者が私を呼びにきた。


***


「今日は時間を取ってもらいすまない。この会合のために骨を折ってくれたアルマンドに感謝している」


久しぶりにお会いする殿下の面立ちは、薄っすらと疲れが見て取れた。それは、ここブレッサン領までの旅の疲れだけではないことは分かっている。

私たちの前にお茶を置いてくれたのはブレッサン公爵家の侍女ではなく、ジュスティアーノ殿下の側近ドナート様だ。他の者は誰もいない。お茶を置き終わると、ドナート様はまるで門番のように重厚な扉を背にして立った。


「時間はそれほどないのですぐに用件に入る。先日ヴィオランテと婚約を結んだが、そのヴィオランテが先の子キツネ狩りで、婚約者だったカルロ・バディーニ侯爵令息に対し、落馬事故を故意に引き起こした疑惑がある。それを証言したのは、カルロ殿の兄とあの日の子キツネ狩りでカルロ殿の従者を務めた者だ。イラリオ、アルマンド、レティーツィアの知っていることや調べたことを明らかにしてもらいたい。まずは二人の証言の内容を私から説明する」


アルマンドの予想が的中してしまったことに、一瞬強く目を瞑る。

ジュスティアーノ殿下の話す二人の証言内容は、すぐには信じられないものだった。

ヴィオラが狩りの場で、猟犬たちに向かって肉片を投げたなんて。

興奮して肉に群がる猟犬たちの中に、カルロ様の馬は全速力で突っ込んだ……。


「今の殿下の話を聞いて、合点がいった。次は僕が話したい」


アルマンドがジュスティアーノ殿下に続いて口を開いた。


「皆と馬首を並べて始まりの笛の音を待っているとき、ヴィオラの馬が興奮していてヴィオラはそれを抑えられていなかった。馬の扱いに長けているヴィオラがどうしたかと思ったが、ヴィオラが持っていた肉片の血の臭いで、馬はいつもどおりの状態ではなかったのではないだろうか。それとカルロ殿の馬も興奮していたように見えた。こちらはどういう理由かは分からないが……」


「現場で実際に、ヴィオラやカルロ殿の馬が興奮していたことをアルマンドが見ていたことは、バディーニ侯爵家の嫡子と従者の証言が正しかったということになるな。俺はあの時何も気づかなかった」


イラリオがそう言うと、ジュスティアーノ殿下も頷いた。


「私も続けて発言していいでしょうか」


「ああ、もちろんだ」


ジュスティアーノ殿下に促され、小さく息を吐く。


「私は、騎乗する前のヴィオラの乗馬ズボンに、血が付着しているのを見ました。それが、ヴィオラが持っていた肉片の血だったのでしょう。血の滴るような生肉だったのかもしれません。それから……」


「レティ―ツィア、どうした?」


「……いえ、続けます。ヴィオラの妹エデルミラ嬢の周囲に、サンタレーリ暗部の女性を送り込みました。亡くなったカルロ・バディーニ侯爵令息の通っていた王立学園とエデルミラ嬢の通う女学院は交流があり、バディーニ侯爵令息が女学生の一人と懇意だったと報告が上がりました。男爵家の令嬢でしたが、エデルミラ嬢が二人を引き合わせたようです。エデルミラ嬢は、ヴィオラに見下されていると逆恨みの気持ちを抱き、ヴィオラの婚約を壊すことが目的だった。もっともカルロ・バディーニ侯爵令息に婚約を解消するつもりはなく、男爵令嬢とは学園在学中だけの付き合いと捉えていたようですが、ヴィオラはすべてを把握していたのではないでしょうか。私の婚約者の不貞を知らせてくれたのはヴィオラですから、自身の婚約者のことやそれをけしかけたエデルミラ嬢のことも判っていたはずです。そんなエデルミラ嬢とジュスティアーノ殿下の婚約の話は、ヴィオラは受け入れ難かった。その為にヴィオラ自身に傷をつけることなく、カルロ様の名に傷をつけて婚約を白紙にするつもりだった、そう思うに至りました。結果的にカルロ様の名に傷をつけるどころか、命を奪うことになってしまったのですが……」


ヴィオラはどんな思いで、私のために動いてくれていたのだろう。

私の婚約者だけでなく、ヴィオラの婚約者も期間限定と身勝手に線引きをしながら恋を愉しんでいた。

それをけしかけたのが自分の妹だと知った時、ヴィオラは……。

だけど、ヴィオラを裏切っていたからといって、命を落としても仕方がなかったということには絶対にならない。

ヴィオラの傷とその罪の大きさを思うと、胸が塞がれる思いがする。


「……ヴィオラが公爵家を継ぎ、妹エデルミラ嬢が第一王子妃となれば、ヴィオラはいずれ妹をこの国の王妃として仰がなければならない立場になる。それに思うところがあったと、そういう訳か……。妹のことも婚約者のことも許せず、それであのような事故に繋がる行動を起こし、ヴィオラにとっての円満な婚約解消ののち、殿下の婚約者に収まるつもりだったと……」


アルマンドが唸るように呟いた。


「ヴィオラに思うところは当然あったと思います。報告によればエデルミラ嬢は……学ぶことそのものがお好きではなかったとありました。ヴィオラはここにいる全員が知っているとおり、アンセルミ公爵家の嫡子として多くのことを学んでいました。ヴィオラが自由と引き換えに学び、アンセルミ公爵から与えられた多くの仕事に携わっている時に、のんびり遊んでいた妹に王妃殿下と膝を折らなければならないことは、単なるプライドの問題とは片付けられない気がします……」


「エデルミラ嬢については、自分も陛下から聞いていた。アンセルミ公爵自身から、エデルミラ嬢では王室に嫁ぐのに相応しくないと進言があったという」


殿下が低い声を絞り出すように言った内容に驚く。

アンセルミ公爵が次女であるエデルミラ嬢を卑下してまで、嫡子教育をしてきたヴィオラを殿下の婚約者に変えたのはどうしてだろう。

アンセルミ公爵は、最初は嫡子のヴィオラを殿下の婚約者にするつもりはなかったはずだ。それならバディーニ侯爵家と婚約を結ぶという、面倒なことをする意味がないもの。

その思考に被せるように、イラリオが声を発した。


「俺が調べてきたことを話すよ。あの狩りの日、ハンツマンを務めた亡くなったヴィオラの婚約者は、愛用の角笛が消えてしまったと狩場に出る直前に探して回っていたそうだ。彼は、水牛の角の中をきれいな空洞に整えて一つだけ穴を開け、二音階を出していたらしい。その穴の大きさや場所で音は異なるため、狩りの直前に愛用の角笛ではないものを使うことになって彼は動揺していたというのだ。これは亡くなったカルロ殿の友人から聞いた話で、その友人はあの日の子キツネ狩りに参加していたんだ。当日の朝に、カルロ殿が狩場の巣穴の確認をしていた時には角笛はあったという。そして彼の控え室に入れたのは、従者と彼の兄を除けば……婚約者だったヴィオラだけだ」


「あの子キツネ狩りは、カルロ殿のハンツマンとして正式なデビューでもあった。王族も参加するバディーニ侯爵家の名誉を賭けた日に、カルロ殿の従者や兄が邪魔をするのは不自然だろうね……そうなると、どうしてもヴィオラがカルロ殿を失脚させたかったということに行き着いてしまう。僕らの誰もがそれを信じたくなくても」


イラリオの話を受けて返したアルマンドの言葉に、黙って頭の中でその言葉を咀嚼する。

倒れていたヴィオラの婚約者の、ジャケットの袖のボタンを思い出す。

ヴィオラの瞳のような、きれいな紫色の小さなボタンが四つ並んでいた……。

目を閉じてもあのボタンの鮮やかな紫色が浮かんでくる。

ヴィオラ……どうして……。


「多忙の中、短時間でいろいろ調べてくれた皆に礼を言う。ありがとう。自分の新たな調査は、側近のドナートに委ねた」


殿下に促されたドナート様は、小さく頷いて扉の前から歩を進め、立ったまま話し始めた。


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