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【22】婚約 ①(ヴィオランテ視点)


十二歳になった時から、アンセルミ公爵家において初の女公爵となる存在として本格的に扱われるようになった。

でも、権利よりも義務のほうが圧倒的に大きく重い。

同じ両親から生まれた三姉妹なのに、最初に生まれたというだけで私は誰よりも厳しく育てられた。

二言目には『男はそういう考え方をしない、それは庇護されている女の考え方だ。おまえの母親のように』と父から言われてきた。

それなのに女として誰よりも美しくしなやかであれとも言われる。

これでは男の嫡子よりも大変ではないか。


『女の甘えを捨てろ』と父に叩かれた時に、自分の長い前髪を掴んで鋏で切った。

その髪を父に投げつけて、

『女の甘えとは何ですか。女をそのように扱っているのは男ではないのですか。お父様は私を男のようにしたいのか女として扱いたいのか、どちらですか。性別を選んで生まれてこられなかった女の私に女の甘えを捨てろというなら、髪は全部切り落としドレスも着ません』


そう言い返したら父はその場に崩れるように座り込み、驚いた顔で私を見上げた。

『このくらいのことで腰を抜かすなんて、それでも男ですか!? そんな女々しい男に務まるアンセルミ公爵なら、わたくしは今すぐなれますわ!』

父親に対して無礼極まりない言葉をぶつけたけれど、父は何も返してこなかった。

それどころか、父は私に『女の甘えを捨てろ』などということは一切言わなくなった。

初めて胸がすく思いがした。


レティに『パツンと切り揃えた前髪、とても似合うわ。ヴィオラの美しい瞳がより輝いてみえるもの』と言われたヘアスタイルが、そんな経緯の果てにあったことなど彼女が知る由もない。

レティにはサンタレーリを継ぎたいという強い意志があるけれど、私にそんな高尚な思いはなかった。

三姉妹の長女の位置に生まれてしまったから、仕方なく嫡子としての教育を受けているだけだ。アンセルミ公爵を継いで一門の頂きに立ち、好きなようにやってやろうという思いだけが自分を支えていた。

だからレティから、同じ立場で同じところを目指している友人と思われていることに、違和感をずっと抱えている。


そんな時に父から、すぐ下の妹エデルミラがジュストの婚約者として名が挙がり周囲が動いていると聞いて、私の状況がひっくり返った。

エデルミラは両親にとって……特に母にとっての、云わば『愛玩動物(可愛いペット)』だった。


母は、陛下の従姉妹だ。

当時の王弟の次女として気ままに優雅に育てられた母は、アンセルミ公爵の嫡子だった父に嫁いだ。

父に母への愛はなく、王弟の娘という母の血筋だけを欲した。

母にとっても、四大公爵家の嫡子であった父との結婚はこれ以上ないくらいに良い縁だった。


そんな互いの打算としがらみの間に生まれたのは、三人の女児。

男児が欲しかった父なのに、王家の目を気にして愛人を持つことはしなかった。

父はアンセルミ一門の伯爵家の娘を好いていたけれど、愛を諦め嫡子として王弟の娘を娶るという正しい結婚をしたのに、男児は生まれなかったのだ。

一方で、父が諦めた女性はやはりアンセルミ一門の伯爵家の嫡男と結婚し、男児を二人産んだ。


母にとって私は『最初に自分をガッカリさせた娘』だ。

男児を夫からも一族からも期待されていたのに、生まれたのは女児である私。

第一子が後継とされるこの国で、アンセルミ公爵家において初めて未来の女公爵を育てることになってしまったのだ。

それまで長きに渡り、脈々と第一子に男児が生まれていたようにみえるアンセルミ公爵家も、実はいくつかの代で第一子に女児が生まれたこともあったという。

男児か女児か、二分の一の確率の中で第一子に男児が生まれ続けていたことがおかしい。

第一子が女児だった場合、生まれてすぐに死産だったとして秘密裡に外で育てられたり命を奪われたりしたようだった。

でも、私の場合は母が王族だったことでそれができなかった。


次にまた女児であるエデルミラが生まれた。

ある意味私はエデルミラが生まれたことで殺されたり外に出されたりすることなく、嫡子として育てられたとも言える。

もしもエデルミラが男児であれば、父は幼い私を母の目をごまかしてでも闇に葬ったかもしれない。

性別を問わず嫡子が後を継ぐというのは、一見男女平等の素晴らしい制度に思えるかもしれないが、どうしても男児に継がせたい者たちの意識まで変えることはできず、水面下で悲劇が生まれていた。


母は嫡子である私とゆっくりお茶を飲んでおしゃべりなどは許されなかった。でも、嫡子ではないエデルミラなら何でも許される。

それだけではない。

母は次女で、私の伯母となる母の姉はとても優秀だったという。

ずっと姉に対するコンプレックスを抱えていた母は、長女である私を冷遇し母自身の子供時代を生き直しているかのように、次女のエデルミラを溺愛した。


夜会で着るドレスをひとつとってみても、私はアンセルミの嫡子の名に恥じないものをと父に用意され、私の意見は一切そこに反映されなかった。私の意見だけではなく、母の意見も通らなかった。

大人びた色とシックなデザインのドレスばかりを着せられ、婚約者だったカルロもそれに倣って似たデザインのドレスを贈ってきた。

大人になったら可愛らしいデザインのドレスは着られないのに、ふんわりとしたピンク色や水色などパステル調の色合いのドレスは一度も着たことが無い。フリルやリボンのついたドレスも着てみたかったが叶わなかった。

自分でもよく分からないけれど、ドレスのことは『失われた子供時代』の象徴のように、私の中で定着してしまった。

エデルミラは、流行りのものや好みのものを自由に身に着けることができた。

母とのんびり一日中、流行りのドレスのどんなところを取り入れようかしらとお菓子を食べながら話している。

嫡子の私と幼い一番下の妹マリアンナを置いて、母は都合のよいエデルミラだけを連れて流行りのティーサロンや観劇に出かけたりしていた。

そして母自身が苦手な、夫人たちの集まりにはあまり出なかった。


そんなふうに甘やかされて育てられたエデルミラは、当然のように勉強が苦手だ。

家を継ぐわけではなく、アンセルミ一門の家に嫁がせるからと愛嬌があればよいと育てられた。父はエデルミラをアンセルミの外に出すことは考えていなかったのだ。

ふくよかで胸が大きいと言えば聞こえはいいけれど、不摂生と甘やかしに起因するだらしない身体で胸と腹の境目も曖昧だ。

アンセルミ一門のどこかに嫁がせると聞いていたので、いずれ私の配下となるならと享楽的なエデルミラのことを気にしないようにしていた。

それなのに、こんなに甘え切って舐め切った妹が、第一王子であるジュストの婚約者になるなど、どうしても受け入れられなかった。

私がエデルミラを王妃殿下と仰ぐなど、これまでの人生を踏み躙られるのと同じだ。


父がそれを押し通すなら、私はアンセルミ公爵家を捨てて一切の縁を断つ。

父に真っ向から意見をぶつけた日のことを思い出した。


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