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【19】暗号文(ジュスティアーノ視点)


応接室から出なければならないのに、身体に鉛を流し込まれたように重く、すぐには立ち上がれなかった。

感情を顔に出すことなどほとんど無いドナートが、困惑と憤りを混ぜたような顔でこちらを見ている。


「殿下、とりあえずお部屋にお戻りください。この後の予定は明日以降に振り替えることが可能かすぐに調べ、後ほどご報告に参ります」


「……すまない」


自分の頬を両手で叩く。

衝撃的な話を聞いて、気が動転している。

だが、こんな時こそしっかりしなければならない。

この話を陛下の耳に入れるのは、徹底的に調べ上げてからだ。

陛下が俺の婚約者をヴィオランテと決めた際には、当然ヴィオランテやアンセルミ公爵家を調査したはずだ。


だが、先ほどのバディーニ侯爵家の従者の話は、先頭を駆けていたカルロ・バディーニ殿の側に居た者にしか知り得ない内容だったから、陛下の手による者たちが調べきれなかったとしてもそれほど不思議ではない。

ヴィオランテは、カルロ・バディーニ殿の馬より前を走っていた先頭グループの猟犬たちよりさらに前にいて、そこから肉片を投げたとするならば……。

彼女は木々の中に姿を隠していたのだろうか。そうだとして、そんなことが可能だったのだろうか。

周囲に他に人が居たとは思えず、ヴィオランテがどこに居たのか何をしたのかを、あの従者以外に証言できる者は果たしているだろうか。


そこまで考え、急いで自分の私室に戻る。

このような話を聞いて、何もなかったことにはできない。

ヴィオランテのことを調べるにも、相手は公爵家だ。慎重に慎重を期さなければならなかった。

紙を取り出し、息を小さく吐く。

そして、古銀のペンを手に取った。


イラリオとアルマンド宛に、幼き日から教え込まれた暗号を用いて短い手紙をしたためる。

この暗号は自分と四大公爵家の嫡子しか知らない。


『あの日の紫について知りたい。七の後、希望の海で』


七日後のブレッサン領に新設された港の完成式典に出席するのは、この事業に携わっているアルマンドとレティーツィアだ。

祝賀会に参加するため、俺はブレッサン領の屋敷に二泊することになっている。

ヴィオランテは王子妃教育の為、毎日王宮にやって来ている。

王宮内にイラリオとアルマンドを呼んでこの話をするよりも、アルマンドの屋敷のほうが落ち着いて話せるのではないか。


子供の頃にこの暗号文を我々は叩き込まれたが、実際こうして書く日が来るとは思っていなかった。これを使うのは余程の非常時なのだ。

だが、そうして歴代の第一王子が公爵家の嫡子たちと密かに取り決めていたものが役立つ日がきたのだ。

レティーツィアには書くべきだろうか。

もしもヴィオランテの疑惑が事実だった場合、今のレティーツィアに受け止められるか分からない。

あの定例議会の後の、手から血を垂らして心ここに在らずといった真っ白い顔をしたレティーツィアを思い出す。

レティーツィアを僅かも傷つけたくないが……。


目を瞑り、息を長く吐く。

アルマンドとイラリオに書いた暗号文と同じものを、もう一通書いた。

レティーツィアは、四大公爵家の一角を担うサンタレーリ公爵家の正式な後継者だ。

ヴィオランテの件で傷つくのも傷つかないのも、レティーツィアだけのものなのだ。

俺の勝手な一存で、レティーツィアだけを外すことなどできない。むしろ外されたと知れば、そのことに傷つくだろう。

しかも、その日はアルマンドの屋敷にレティーツィアも滞在しているのだ、何を躊躇うことがあったというのか……。

レティーツィアが大変な思いをしているのなら、父親の病に心を痛めながら奔走しているイラリオも、次期公爵として港の新設に携わっているアルマンドも同じなのだ。

女公爵を軽んじる貴族たちをどうにかしたいと思いながら、その自分がレティーツィアを守りたいなどと一瞬でも思ってしまったことを恥じた。


三通の手紙は側近ドナートに託した。

ヴィオランテの手に渡らないようにしなければならない。

暗号文は、当然ヴィオランテも読めるのだから……。



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