【11】婚約者が決まる(ジュスティアーノ視点)
陛下に執務室に呼ばれた。
部屋に入ると、珍しく王妃殿下の姿もある。
十二歳を過ぎてから、陛下や王妃殿下と執務以外の話をする機会はほとんど無くなった。
陛下が父親としての顔を見せなくなったのは、自分が大人になったと認められたのだと思い、その頃は嬉しかったのを覚えている。
「ジュスティアーノ、おまえの婚約者が決まった」
「決まった、のですか」
「アンセルミ公爵家のヴィオランテ嬢だ」
……ヴィオランテ……!? それは思いもしなかった名前だった。
「……陛下、ヴィオランテ嬢はアンセルミ公爵家の嫡子として公爵家を継ぐのではないでしょうか。私の婚約者候補に名が挙がっていたのは、アンセルミ公爵家次女のエデルミラ嬢だったのではありませんか?」
「アンセルミ公爵家が、エデルミラ嬢は王太子妃から王妃となるには教養が足りず、さらに厳しく学ばせても王家が求めるレベルに達する可能性が低いと伝えてきた。ヴィオランテ嬢であれば嫡子として長年厳しく研鑽を積んできた為、すでにあらゆる教養が身に付いていると」
「それではアンセルミ公爵家はどうなるのですか。ヴィオランテ嬢は嫡子として公爵家を継ぐために学んできたというのに」
「アンセルミの一族から優秀な婿を取り、エデルミラ嬢が継ぐようだ。まあ姉に比べれば賢さにおいて劣るとはいえ公爵家の血を持つ娘だ、婿が一族の者で優秀ならば充分だろう。だが将来の王妃となればそうはいかぬ。一挙手一投足に耳目が集まる王妃の座に、学びが足りぬものを据えることはできぬ。
アンセルミ公爵、あの者は若い頃から鼻もちならないところはあるが、実力はありその努力も怠らない。あの男がヴィオランテ嬢を第一王子妃にと言ったのなら、それが最善なのだ」
「……そう、ですか」
自分と四大公爵家の嫡子たちが子供の頃から仲が良いように、陛下もまた現公爵たちとは信頼を築いているのだから、その見立てに間違いはないのだろう。
だが、まさかヴィオランテが自分の婚約者になるとは思ってもいなかった。
四大公爵家の嫡子であるヴィオランテのことは、子供の頃からよく知っている。彼女の優秀さも美しさも。
だが、ヴィオランテもレティも公爵家の嫡子であるため、自分の将来の相手に挙がると思ったことは一度もなかった。それなのに……。
「ジュスティアーノ、アンセルミ公爵家のヴィオランテ嬢では不服か?」
「……いえ、そのようなことはありませんが」
「それならば決定だ。アンセルミ公爵家に使者を出して文書を交わし、次の定例議会において正式に発表する」
「かしこまりました……」
「ジュスティアーノ、あなたは本当にこれでいいのかしら。他の誰でもない、あなた自身の婚約なのよ。何か思うところはないの?」
それまで一言も言葉を発しなかった王妃殿下が、何故か悲痛な表情でそう言った。
「……特にありません。私の婚約とおっしゃいますが、それを自分が決められるものだと思ったことはありませんから」
「好ましく思う令嬢だとか、そういう相手は……」
「……王妃殿下、私の結婚は職務の一つではないですか」
「ジュスティアーノの言うとおりだ、どこぞの国のボンクラ王子のように、真実の愛に出会ったなどと言いだすのは愚の極み。いずれ玉座に着く者は、浮ついた気持ちで伴侶を選ぶことなど許されない」
「王妃殿下、ヴィオランテ嬢とは、幼い頃から友人として接してまいりました。好ましいか好ましくないかと問われれば、好ましいと答えます」
王妃としてではなく母としての顏を俺に向けているこの優しい人の、求めている答えとは違うだろうがそうとしか言いようがなかった。
「……そう……。それなら良かったわ。わたくしは、あなたに幸せになってもらいたいの」
「ご心配いただきありがとうございます」
ヴィオランテも、いつかこのように色を失くした顔をするようになるのだろうか。
いつまでもそうなって欲しくないと思ったところで、俺自身が何の色もなさそうだから、仕方がないのかもしれない。
自分の執務室に戻り、書類の整理をしていた側近のドナートに茶の手配を頼んだ。
日頃は自分から茶を頼むことがほとんどなく、ドナートが気を回して茶を運んで来る。
そのせいか、茶を所望すると一瞬驚いたような顔をした。
ほどなくして差し出された茶を、胸に閊えている何かを流すように一気に飲み干す。
だが何も変化は無く、むしろ胸の中に苦味に似た何かが広がっただけだった。
ついに婚約者が決まったが、それが幼い頃から友人だと思っていたヴィオランテだということに何とも言えない気持ちになっている。
このざわざわした感覚は、いったい何だというのか。
「ジュスティアーノ殿下、そろそろお約束のモルテード公爵令息がお見えになる頃合いですが。応接の間にお通しいたしますか?」
「……いや、これから自分の部屋に戻るからそちらに通してもらいたい。手間を掛けてすまないが警護宮経由で頼む」
「承知いたしました」
応接の間で会ったほうが面倒は少ないが、イラリオならば自室でも構わないだろう。
イラリオは近々モルテード公爵家を継ぐ。
公爵が重い病に罹り、今は公爵夫人を伴い領地にて療養しているという。
医師も薬も、王都にあるモルテード公爵家のタウンハウスに居たほうが調達しやすいのだから、残念ながらそうしたものが必要な時期を過ぎてしまったのだと思われる。
そのためイラリオは多忙を極めている。自分との面談を取り付けたのも、陛下との面談事案があってのついでだろう。
自室に戻り、ほどなくしてイラリオがやってきた。
そういえば自室に誰かを招くということは、初めてだったかもしれない。