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第2話 東雲マリアの憂鬱


お兄ちゃんとサラちゃん、リアちゃんの戦闘は圧巻だった。

途中からは私のコメント関係なく、戦闘シーンを目当てにした視聴者さん達で同接は伸び続けていった。



≪うおおおおおおおお‼≫



画面内でお兄ちゃんが叫び声を上げて駆ける。

跳躍した兄は切り上げるように上昇し、そのまま巨大なオークの首を切り落とした。



「やったあ‼ お兄ちゃん、かっこいい‼」



私も思わずゲーミングチェアから立ち上がる。

手に汗握る戦闘に、兄とネコミミ姉妹が勝利した瞬間を、目に焼き付ける。


コメント欄を見ると、私と同じように感じる視聴者さん達の声が流れていく。



【やりやがった、、、】


【すげえ。マジで普通に画面に見入ってたわ】


【かっけえええええええ‼】


【神 回 確 定】


【モンスターの消滅エフェクト綺麗だな】




…配信って、いいな。


そんな感情が心の底から湧き上がってくる。

この興奮を、この感動を、この高揚を、この一体感を、沢山の人と分かち合える。

兄の配信で気づかされた。これこそが、私達Vtuberが普段やっていることの本質なんだ‼


今すぐこの感動を伝えたい。そんな衝動に駆られる。

画面の中では兄がネコミミ姉妹2人に抱き着かれていた。



【おい、夢空ぁ‼ そこ変われよ‼】


【ケモミミ姉妹のハグ、うらやます】


【ハルくん、鼻の下伸びてるよ】@Asari


【…エッチ】@東雲マリア


【Asariママとマリアちゃんwww】



コメント欄にクスッと笑いつつ、私もコメントを入力する。

後から考えると、浅はかな行動だった。でも、この瞬間の感動に、自分も参加していたことを、どうしても伝えたかった。



高揚した気分のまま私はベッドに蹲る。

ドキドキが今も止まらない。そんな感情を抑え、私は眠りにつくのだった。







翌朝、私はAXのダイレクトメッセージやマシマロに届いた”苦情“をドンヨリした気分で眺めていた。



「はぁ~」



正直、炎上というほどの物ではない。

せいぜい小火ボヤ程度なものだが、昨日からのテンションの落差に若干の頭痛を覚える。



「マネージャーさんには言わなきゃだよね。」



暗い気持ちでLIMEを開くと、通知が届いていた。メッセージの送り主は“朝比奈明里”と”佐藤侑里“の2人。


どちらも私を心配して連絡をくれたみたいだ。

明里さんに至っては事務所に兄妹であることを説明しに行ってもいいとまで言ってくれている。



「ふふっ、明里さん。ホントのお母さんみたい。」



少しだけ気持ちが明るくなる。

2人に「ありがとう」と返信して、私はマネージャーに事の経緯を説明する文章を入力する。もちろん、夢空ハルとの関係についても。


マネージャーさんも私を心配してくれていたのか、すぐに既読がつく。私は緊張しながら返信を待つ。




[お疲れ様です。ご報告いただいた旨、承知しました。私としては朝霞さんを信じます。以前から配信内でお兄様がいることは話されてましたから。次の配信でこの件について触れるかは朝霞さんにお任せします。]




マネージャーさんからの返信はそれだけだった。

事務所としても大事に捉えてはいない。そんな雰囲気の回答に私も少しホッとする。



「まあ、お兄ちゃんの配信にコメントしただけだもんね。それだけで怒られるのも、どうかと思うけど…配信かぁ」



溜息をついて天井を見上げる。

今夜も配信をする予定だ。でも、送られてきた“苦情”をみると、どうしても気分は重くなる。



「気にしない。それが一番」



自分に言い聞かせるように呟いて、配信の準備を始める。今日は雑談配信にしようと思ったけど、ゲーム配信にしよう。できれば画面に集中する系のゲーム。



「気分転換に作業BGMが欲しいな…あ、リリアが配信してる。って配信開始から13時間!?」



私のYourtube上に1人のVtuberが映し出される。

私、東雲マリアの同期にして、耐久配信の鬼。アリアリ3期生のヤベーやつと呼ばれる少女、一宮いちのみやリリアちゃんは今日もその異常性を曝け出していた。



«くあぁぁぁぁ!! これで一段落だね!!ってことで…»



【乙〜】


【やっと終わる…】


【今起きたんだけど、なんで寝る前に見てた配信がまだ終わってないんですか?】


【推しの配信中に寝るなどリスナーの恥】


【リリアちゃん乙です!!】



«休憩に雑談を挟んで、また続きしよっか。みんな、いつから配信が終わると錯覚していた?»



【たす…たすけて…】


【ええ…】


【流石にドン引きです】


【#運動しろリリア】


【#風呂入れリリア】



«風呂には配信前に入ったわ‼ なんだかんだでみんなリリアの配信に付き合ってくれるからウチの視聴者って良い人達だよね!! 今11時だから、あと5時間はできる!! ってことで、話してほしいテーマとかある?»



【最長どれくらい風呂に入らなかった?】


【何色のパンツはいてる?】


【最近どこかに出かけた?】


【最近気になってるVtuberさん】


【次のリアリアコラボはいつですか?】



≪うわあ、なんか答えにくい質問ばっかり。ちなみに、お風呂には毎日入ってるし、部屋に引きこもってどこにも出かけてないし、パンツは水色だよ‼ 私を虐めて楽しいか‼ 13時間配信してる私を労えよお‼≫



「ふふっ…」


配信用のサムネを作りながら思わず笑ってしまう。

キャラとはいえ視聴者さん達とこの距離感で絡んでいける彼女には尊敬だ。本当に凄いと思う。



≪リアリアコラボで思い出したけど、みんなは昨日の“例の配信”見た? 配信始める前に私もちょっと覗いてたんだけど、凄い面白かった‼ マリアちゃんがコメントするのもわかるなあ。≫



【何の話?】


【あー、あれねー。ケモミミ姉妹が可愛かった。】


【マリアちゃんがコメントしてちょっと荒れてたやつねw】


【ケモミミだと!?】


【AXのVtuber関連トレンドにも載ってたよね】



≪そうそう‼ ケモミミちゃん達もいて‼ 絶対みんなも見た方がいいよ~。夢空ハルさんっていうVtuberさんの配信。とういうかさ~、あれ本当に転移してるなら、ズルいよね。≫



リリアちゃんがお兄ちゃんの話してる‼

もしかして私に気を使ってくれてるのかな。さっきLIMEもくれてたし。



≪だってさー、オールウェイズ実況配信可能とか最強じゃん‼≫



…そんなこと考えるのはリリアちゃんだけだよ。

流石は配信の鬼。そこまで配信狂になれるのは世界でリリアちゃんだけだよ。


その後、一宮リリアちゃんの配信は本当に5時間続き、彼女史上最長記録である驚愕の18時間耐久配信は一宮リリアの新たな伝説となったのだった。






午後6時、私はPCの前で深呼吸をする。

配信前はいつだって緊張する。特に今日は。


配信用ソフトの挙動を確認して、マイクをオンにする。



「皆さん、こんばんは。同期の伝説を目撃した、東雲マリアです‼」



【きちゃ‼】


【こんばんは‼】


【メッセージは削除されました】


【こんばんはー】


【リリアちゃん、遂に18時間の大台を超える】



「今日のリリアちゃん凄かったね‼ 18時間の配信ってアリアリ史上最長配信記録なんだって‼ 同い年ながら、リリアちゃんの体力には敵わないなあ。メッセージ送ったんだけど、配信終わったらすぐに寝ちゃったみたい。」



【流石は3期生のヤベーやつww】


【同期で仲がいいのは嬉しい】


【今度はマリアちゃんも耐久配信しよう】


【リアリアコラボ待ってます‼】



「リリアちゃんとはコラボしたいけど、18時間は大変かなって。ということで、挨拶はこれくらいにして、今日はこちらのゲームをやっていきます。もちろん、クリアするまで‼」



そう言って私はゲームのスタート画面を映す。

下半身がドラム缶に埋まった男性がシャベルを持って画面中央に佇んでいる。



【これはww】


【久しぶりにこのゲーム見たかも】


【メッセージは削除されました。】


【耐久配信で草】


【同期に引っ張られてるww】


【5時間で終わらないに5万ペソ】



咄嗟に思いついたゲームにしては上出来な反応だ。

リリアちゃんの耐久配信の話題と被せられて、かつ集中できるゲーム。



「それじゃあ、やっていきましょー‼」



今日も私、東雲マリアは配信をする。

結局ドラム缶男が宇宙に到達するのに6時間と38分がかかった。






「はあああ~」


配信を終えた私はベッドにダイブする。

…お兄ちゃんに見られたら怒られるかな?



「つかれたな。」



ぼんやりと天井を眺めて、今日の配信を思い出す。

自己評価としては60点くらいだった。あまり見慣れないメッセージの削除コメントのせいで若干、調子を狂わされた感があったのは否めない。



「なんか物足りないんだよね」



物足りない。

昨日のお兄ちゃんの配信やリリアちゃんの長時間配信と比べてしまっては、今日の自分の配信は正直なところ物足りなかっただろう。それは、私自身が痛いほど分かっている。



「どんな配信を見たいんだろう…」



今更リリアちゃんのようなキャラ付けをすることはできない。

視聴者さんは“常識枠”と言ってくれるが、単にキャラが立っていないだけのようにも感じる。正直、今の自分のポジションは、他の人でもできるような気がしてならない。



「優等生ちゃんが嫌で、変わりたくて、Vtuberになったんだけどな…」



疲れているのか、思考がどんどん悪い方向へ向かっていく。

かといって寝る気にもなれず、私は充電していたスマホを起動する。



「あ、お兄ちゃんが配信してる」



通知が1件。“夢空ハル 配信中”

私は吸い込まれるように通知をタップし、配信を見るのだった。

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