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放課後パチンコ倶楽部

作者: 村崎羯諦

『楽しく愉快なパチンコライフを! 進入部員求む! by 放課後パチンコ倶楽部』


 なんの部活に入ろうかちょうど悩んでいた僕は、掲示板に貼られていたそんなポスターに偶然目が止まった。パチンコっていわゆるあのパチンコだよなと考えつつ、話のネタにはなるかなと思って、チラシに書いてあった教室へと向かうことにした。


 部室で僕を出迎えてくれたのは矢野という三年の先輩だった。矢野先輩は人当たりの良さそうな、爽やかなイケメンで、パチンコに対して下品で汚いイメージを持っていた僕は驚いてしまった。しかし、もっと驚いたのは、部室の中の様子だった。部室の壁際には本物のパチンコ台が三台置かれていて、そのうち2台には、僕と同じように部活見学に来ていた生徒が座っている。彼らの横にはここの部員と見られる先輩が立っていて、隣からパチンコの打ち方についてレクチャーをしていた。


「ええっと、念の為聞くんですけど、この部活って何をするんですか?」

「この部活では、パチンコを通じて、健康で文化的な高校生活を送っているんだ。ええっと、後藤くんだっけ? 後藤くんはもちろんパチンコってやったことないよね?」

「はい。やったことはもちろんないですし、正直良いイメージもなくて……」

「ははは、みんな初めはそう言っているね。でも、所詮は娯楽のうちの一つだし、ソシャゲのガチャだと思えば抵抗ないだろ。まあ、言葉でうんぬん言っても魅力は伝わらないだろうし、一度やってみなよ」


 正直胡散臭さを感じる。それでも僕は矢野先輩に促されるがまま、空いていたパチンコ台に座った。まずは台の右横にあった、「カードリーダー」と呼ばれるスロットにカードをさして、クレジットをチャージする。チャージによって初めて、遊技を開始できる準備が整う。矢野先輩に教わりながら、ちょうど右手の位置にあったU字型の発射レバーを握り、それを弾いてみる。するとパチンコ玉が台の右側にあった発射口からボールが飛び出し、盤面に向かって軌道を描いて飛んでいった。発射レバーの引き具合でボールの発射力や軌道が変わるため、それを微妙に調整しながら、パチンコ玉が台中央部にある「あたり口」に入るように狙っていく。


「お! 今ちょうど、パチンコ玉があたり口に入ったね! 演出が始まるよ!」


 矢野先輩の言葉とともに、あたり口の周囲に配置されたランプが、一斉に輝き始める。ブルー、グリーン、イエロー、レッドと、眩しい色彩が交互に点滅し、デジタル画面に、見たことのあるキャラのアニメーションが流れ始める。


「すごい! これはリーチ演出だよ!」

「リーチ演出?」

「大当たりが出る可能性があがるってことだよ! ほら、画面から目を離さないで!」


 息を呑む僕と矢野先輩の目の前で、キャラクターやアイコンが一列に揃い、リーチ演出が成功を告げる。画面上には『大当たり!』の文字が輝き、スピーカーからは勝利のファンファーレが高らかに鳴り響いた。それからパチンコ台の腹部から、大量の銀色の玉が派手な音を立てながら吐き出される。僕は初めての大当たりを目の前に頭が混乱しつつも、脳みそからはアドレナリンが溢れ出しているのだけはわかった。


 これは全部君のものだよ。吐き出されたパチンコ玉を指差し、先輩が教えてくれる。でも、全部自分のものだと言われても、持って帰るわけにもいかないと思っていると、矢野先輩が笑いながら、このパチンコ玉は景品と交換できることを教えてくれる。矢野先輩が他の部員に声をかけ、交換用の景品を取りに行ってくれる。戻ってきたもう一人の先輩の手には手作り感満載のキーホルダーが数十個握られていて、僕はそれを手渡される。


 これが景品か。ほんのちょっとだけ賭博を期待していた僕は少しだけがっかりする。だけど、その瞬間、部室の扉が勢いよく開いた。扉のほうを見ると、右肩に生徒会副会長という言葉が印字されたワッペンを身につけた男子生徒が立っていた。僕は部室内に置かれたパチンコ台のことに気がつき、勝手に、やばいと思ったてしまう。だけど、他の部員たちも生徒会副会長の登場になんの意識を向けることなく、パチンコを続けているのだった。


「どうですか、矢野さん。部員の勧誘は進んでますか?」


 真面目そうな生徒会副会長が気さくに話しかけ、矢野先輩もそれに応える。呆然としている僕に気が付くと、矢野先輩は笑いながら、心配しなくても、ここは学校公認だよと教えてくれる。それからここにいる生徒会副会長が矢野先輩の幼馴染であり、この部活を外から監査してくれる監査人として動いてくれているんだと教えてくれた。


「ほら、やっぱりパチンコってどうしてもイメージが悪いから、学校側としても野放しで認めてくれているわけではないんだよ。だから、うちみたいな部活は、生徒会の誰かに監査人になってもらって、危ない活動や不健全な活動をしてないということを定期的に監査してもらっているんだ。もちろん監査人としての仕事は大変だから、ただでやってるわけではないんだけどね……」


 そして、生徒会副会長と矢野先輩は二言三言会話を交わし、生徒会副会長は出て行った。それから矢野先輩は見学会はどうだったかと尋ねてきた。まだ入部への踏ん切りがつかない僕を急かすことはなかったが、先輩はとりあえずと言って、入部届を手渡してくれた。他にも部活はあるから、色々回ってから決めると良いよ。そう言ってくれた。ありがとうございました。僕がそう言って、部屋を出て行こうとすると、矢野先輩が小走りで駆け寄ってきて、言い忘れたことが一個だけと言葉を切り出す。


「さっき渡した景品だけど、捨てないようにするのをおすすめするよ。一見ゴミみたいに見えるかもしれないけど、世の中にはそんな変なものでも欲しがる人がいるんだしね。例えば……売店のおばちゃんとか、そういったヘンテコなキーホルダーを集めてるって聞いたことがあるなぁー」


 それだけ言って、矢野先輩は僕を部室から送り出す。どういうことなんだろうと僕は思いながら、とりあえず何かあるのかもしれないと思って、売店に向かう。売店にはおばちゃんが立っていて、僕が右手に握りしめていたキーホルダーに気が付くと、交換かい?と話しかけてくる。


 そして、僕はわけもわからず頷くと、おばちゃんは僕からキーホルダーを受け取り、下の棚からお金を取り出し、それを僕に手渡した。渡したキーホルダーは六個で、もらったお金は6千円。お金を握りしめ、それから売店を後にする。そして、渡り廊下の真ん中で立ち止まり、じっくり考え込む。そのあとは結局その足で職員室へと向かい、放課後パチンコクラブへの入部届を提出したのだった。






*****





  その日から僕のパチンコ色の高校生活が始まった。普段の活動は名前の通り、部室でひたすらパチンコをするというものだった。別に部員じゃない他の生徒でもパチンコをすることはできるけれど、部員は部員割引が適用されるからお得だ。


 最初の大当たりみたいなラッキーはそうそう続かなかったけれど、僕はパチンコの奥深さにはまりこんでいった 。ただ何も考えずに台の前に座っていればいいだけではなく、発射レバーの引き具合を調整することでより「あたり口」にパチンコ玉が入る確率が挙げられるし、機種ごとの特徴や設定を理解することで、どの台が当たりが出やすいのかを見極めることだって重要だ。パチプロという職業がなんで存在するのかも今までは全く理解できなかったけれど、実際にパチンコにハマることでその理由を知ることもできた。


 また、この部活ではパチンコをするだけが活動ではなかった。『全日本学生遊技連盟』が主催する高校生向けのインターハイへ向けて勉強や合宿を行ったり、ゴミ拾いのボランティアにたまに参加することもあった。そして、何より僕達にとって重要なイベントは、生徒会選挙に向けたロビー活動だった。


 この学校は生徒会役員に立候補する人が多い。そして毎年と言っていいほど、その候補者の中にはパチンコのことをよく思わない頭の固い生徒が立候補する。僕たち部員はそんな候補者に対抗すべく、僕達の存在を支持してくれる候補者の選挙活動を支援することになっていた。


 実際、風紀委員かつ生徒会副会長だった岡田さんが生徒会会長へ立候補した時は、僕たちは部を挙げて彼の当選をサポートした。僕達の頑張りもあり、岡田さんは見事対立候補者を圧倒的な差をつけて、当選を果たすことができた。僕たちは近くのレストランを貸し切って彼の祝勝会をあげ、この勝利をみんなで祝い合った。その後、岡田さんのおかげで部は存続が認められただけではなく、部室の中にATMを設置したり、校内掲示板に新台入荷時の広告ポスターを貼るための許可をもらったりすることができたのだった。


「みんなも知っている通り、来月は新入部員勧誘の時期だ。ノルマは部員一人当たり二人だ!」

「はい!」


 僕が入部してから一年が経とうとしていた三月。矢野さんに代わり、新しく部長に就任した生徒会長の岡田さんの掛け声に僕たちが応える。僕たちは早速、新入部員勧誘のための準備を進める。パチンコ台の中を開け、コンピュータ部分を開き、ロムと呼ばれるパチンコ台の動きを制御する部分の換装を行った。ロムを入れ替えることで、意図的に大当たりが出やすくなり、新入部員にパチンコの楽しさをより味わってもらうことができる。


 僕が初めてパチンコを打った時に大当たりが出たのはこれが理由だったんだなと思ったが、別に今のパチンコ生活を十分に楽しめていたから何も思わなかった。そして、僕たちの頑張りによって無事に多くの新入部員を勧誘することができ、僕にも可愛い後輩たちができた。


 僕はこの部活も、パチンコも大好きだった。お小遣いはすべてパチンコにつぎ込んだし、友達からも後輩からも、ありとあらゆる関係者からお金を借りまくった。


 友達からは依存症だとなんとか言われたけれど、僕は好きでやってるだけだし、やめようと思ったらいつだって辞められる。僕は放課後だけではなく、昼休みも、授業の合間の休み時間も部室に言ってパチンコを打った。部室にはいつも、休み時間だけではなく、時には授業中にも誰かがいたし、自分が特別に特殊なことをしているとは思えなかった。


 僕たちは放課後パチンコ倶楽部として青春生活を満喫していた。素晴らしいパチンコライフを。






*****






 卒業式の日。僕は教室よりも通い詰めたパチンコ倶楽部の部室にいた。僕が一年の頃には一つだけだった部室も、今では二つになり、来年度の四月には茶道部の茶室が取り壊されて三つ目の部室ができる予定だ。


 僕は僕の青春が詰まったパチンコ台の前に座り、三年間の思い出に浸る。色んなリーチ演出が僕の脳内を駆け巡り、自然と笑みが溢れてしまう。


 部活に青春を注いだ高校生活。それに悔いはない。ただ、もし一つだけわがままを言えるのであれば─────


「先輩!」


 僕はその声に振り返る。そこには同じパチンコ倶楽部に所属する後輩の女の子が立っていた。彼女は先ほどまで走り回っていたのか、息が上がり、頬はうっすらと紅潮していた。


「卒業していなくなってしまう前に、先輩にどうしても伝えたいことが……」


 パチンコ倶楽部の部室で僕と彼女は向かい合う。二人だけしかいない部室はいつもの喧騒が嘘みたいに静まり返っていた。僕と彼女は何も言わずに見つめ合う。そして永遠かと思われる沈黙の後で、後輩の女の子はゆっくりと口を開いた。


「えっと……パチンコ代として貸したお金、返してくれませんか?」

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