また歩く人たち
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「ねくろまんしぃー?なんだそりゃ?」
祭壇を調べ終わり、毒草の類を回収した私は、戸口でこちらを伺っていたシリウスさんに、何が行われていたか、説明することにした。
「とっても簡単に言うと、死んでお墓に入った人を叩き起こして、彼是お願いを聞いてもらう。そういったお呪いです」
「あ、もうダメなやつってわかったわ……ん?でもイタチの野郎が、そんなことをしてたんだ?」
いくつかの可能性は考えられる。だけど一番妥当なのは……
「これって、死んだ人の目を覚まさせるために、新鮮な血肉が必要なんですよ。で、そういうのって人の方が良くってですね?」
「あー……奴に依頼してたやつが、別にいるって事か?」
「はい。その可能性が高いかと」
こういった魔術というのは、なんだかんだと手間がかかる。
行使者が荒事の必要な材料調達までやっている余裕は、おそらくない。
「……なあ、さっきから気になってるんだけどよ。白魔女さん、この短い時間で人の死体って腐臭を放ったりする?すっげークセーんだけど」
「医学的見地からいって、あり得ませんね。この気温だと、2日はかかります」
「――そっかー。……俺から離れんなよ」
「はい。」
そのとき、ひょうと夜風が吹いた。
それに乗って、私にもわかるくらいの強い腐敗臭が漂ってくる。
月の光に照らされる、黒い人影。
人影、ではあるのだが、それぞれが不揃いなシルエットをしている。
手、足、腹、肩、体のどこかしらの一部を欠損している、歩く死体。
おそらく、腐敗に伴って、筋が強張って動きずらいのだろう。
大きくよろめきながら、こちらに迫ってくるそれが見えた。
「|Wiedergängerですか」
「えーっと、なにそれ?」
「また歩く人という意味の古語です。今の言葉に直すと、死帰人なんて呼ぶのが妥当な表現でしょうか」
「さすが白魔女さん、博識だね。で、肝心な話、どうすりゃアレって殺せる?」
「一番簡単な方法で行きましょう。首を刎ねてください。死帰人のなかに、頭がないのに動いているの、一体もいないでしょう?」
「……あっ本当だ、なるほどなぁ」
何がそんなに面白いのか、または気にいったのか、シリウスさんは腕を組んでこくこくと頷いている。
あの巨体でそれをやられると、おかしいというか、可愛らしく見えますね。
「あとはどこかに、コレをけしかけている死霊術師が居るはずですが……うーん?」
「まずは道を切り開いて、ここから失礼するとしようぜ。臭くてかなわん。」
「ですね、それには同意します」
私たちの進路に立ち塞がろうとする死帰人を、まるで虫か何かを追い払うかのようにして、次から次へと始末するシリウスさん。
鎖鎧や皮鎧を着こんでいる死体もあるんですが……なんというか規格外の力ですね。本当に何でこの方、矢を食らって死にかけていたんでしょう?
再び世界を歩き出したその端から、死体に還らされる彼ら。
全く忙しいことですね。
私は帽子を押さえながら、彼の背中を追って走る。
死帰人を私一人で始末しながら走っていたら、息が上がってしまっていましたね。彼のおかげで、何とか無事に逃れられそうです。
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月光を背後にし、死人の包囲から逃れる彼らを、高台から見る者があった。
黒ずくめの服装に、黒鉄の装飾と、既に存在しない旧き国の意匠のなされた装束を身にまとった存在。
その存在は、病的に思えるほどに細く、長い指を自身の唇にやって思惟した。
(――ふむ、あやつ、まだ生きてたか?……記憶が定かでないが)
(ともあれ、もはや車輪は動き出したのだ。ヒト風情が歴史の動きに手を差し入れようとすれば、骨を砕き、肉を踏みしだくだけよ。)
(……あの人狼は厄介そうだが、もはや白魔女一人ではどうにもなるまい)
取るに足らぬこと、そう考えた「黒魔女」は彼らの事を忘却した。
これよりかなり後の事にはなるが、魔女はそのことを深く後悔する事となる。