白魔女
もうろうとする意識の中、温かみを感じて手を伸ばす。
ふにっ ふにっ 柔らかい……これは?
次第に目の焦点が合ってくる。顔だ、俺を見つめる、顔。
すとんと落ちるような、真っ直ぐな長い黒髪の女の人。
舶来の陶磁器のような白い肌に、白い服。
その女の、青ムラサキの瞳と目が合った。
……ッテェ!
★★★
「調子に乗って、さわんじゃありません!」
っと、つい反射的に、杖で頭をぶっ叩いたけど、瀕死のケガ人っていうのを忘れてた。……これくらいじゃ死なないよね?多分。
「なぁにイテテテ!」
「痛いのは生きている証拠です。じっとしていて。」
「スッゲェくっせぇんだけど、何これ?」
「セージのトニックです、ふつーにいい香りだと思うんですけど?」
「俺これ嫌い」
「うーん、人狼の感覚はよくわかりませんね」
「……!ッテテテテ……なんでわかった?」
歯の痕がついた枝を、彼の前にさしだして私は続けた。
「歯形ですね。あなた達って、普通の人間とは、歯の並びと数が違うんですよ」
「あんた……ウィッチハンターか?」
ウィッチハンター?
ああ、薬草師や木こりを見つけては、火あぶりにしてくる人ですね。
「その逆です。私は白魔女です。カマラといいます」
「白魔女?灰魔女の間違いじゃねえか?その帽子、白とは言えんだろ」
「命に別条がない程度に殴りますよ?これは私のお師匠から引き継いだものです」
「すまん、それは、ええと、悪かった……」
ふう、もうすこしで医学に基づいた適切な暴力を振るう所でした。
それにしても……すごい生命力ですね。もうここまで受け答えができるんですか。
「ちょっと傷口を塞いでもいいですか?そのままだと動けませんので」
「ああ、頼む」
息が患部にかからないよう、スカーフを覆面代わりに引き上げて処置をする。
腹からワタを抜いて、患部を洗浄して、縫合しなくては。
「清らかな光よ、清め洗えよ、我紡ぐは命のより糸――ナート」
私はお師匠に習った、深い切り傷をぬい合わせる為の魔法を唱えた。
杖から発せられる光が患部を洗い、次に糸となって傷をつなぎ合わせて、完全に閉じた後に消える。あとは赤いミミズ腫れのような傷跡が残るばかりだ。
うーん、お師匠のようにはいかない。あの人だったらこの腫れすら残さない。
「すっげえ、そこらのヤブ医者に見習ってほしいね」
「……そう言えば、あなたの名前をまだ聞いていませんでした」
「シリウスだ。『捨て犬』って盗賊騎士、そう言えばわかるか?」
「……世事には疎いので」
うーん、全然わからないけど、悪党さんかな?
どうしよう……息の根止めておいた方が良かったかな?
「あー……カマラさん、いくら払えばいい?」
「人を傷つけて得られたお金なら、それはもらえません」
そうぴしゃりっと言うと、シリウスさんはとても悲しそうな顔をした。
「俺もそう思って、カタギの仕事をしようとしたら、このザマだ」
「カタギの仕事?」
「俺ら《《主なし》》の騎士のできる仕事なんてそう多くない。怪物退治と野盗退治さ」
彼は水筒から何かを含む。臭いからして火酒か。塞いですぐに度数の高いお酒は、とってほしくないんだけどなー。
「あの、シリウスさん、ひょっとして――よわっちいんですか?」
ブホォッッと噴き出すシリウスさん。いくらなんでも直球過ぎたかしら。
きちゃないなぁ
「言い方ってもんがあるんだろ!!」
「すいません。世事には疎いもので」
「賞金稼ぎの真似事をしようって、イタチっていう通り名の野盗の退治の仕事を受けたんだけどよ……」
「返り討ちにあったと。」
「さすがに腹が立つな。」
「すみません。」
「夜ならまだ勝ち目があったかもしれねえけどな……」
「なるほど、いきましょうか。」
「あ?どこにだよ?」
「そのイタチという野盗が野放しになっているんでしょう?なら、やっつけましょう。」