潮目の変わる時
灰色の魔女帽子を被り、白装束に身を包んだ女性が、独り街路を歩く。
そして彼女は目的地の4階建ての町屋を見つけると、その戸を叩く。
――シリカの王国も、帝国になってから、大分街並みが変わりましたね。
王国のころは、一戸建てがぽつぽつと立つ街並みでしたが、今は建物どうしが壁をつなげ、それでも足らずに上に伸ばしている有様ですか。
するとほどなくして中から、やせぎすの男が顔を出した。
彼は彼女を認めると、露骨に胡散臭いものを見るような目をした。
「白魔女のカマラです、リゲルのお爺さまに痛み止めを――」
「もうそんな薬は、ウチには必要ないよ、帰んな」
「はぁ」
「ウチには帝国の薬剤師さまが作った、新しい薬があるんだ……。あんたら白魔女がつくる、草の汁を有難がるような時代じゃあ、もう無いんだよ」
「まぁ、そうでしたか」
男はこれ見よがしに、コルクと針金で封のされた薬瓶を振って見せた。
――つんと来る臭いに彼女は眉をひそめる。
それを不愉快に思った男は、ふんと鼻を鳴らして戸を乱暴に閉め、わざと白魔女に聞こえるように、大げさな音を立てて、扉にかんぬきをかけた。
(お可哀想に、リゲルのお爺様も長くはありませんね。あの色と臭い、質感からして……硫黄と水銀、そしてバニラですか)
(なにひとつあってませんね。せめて夏雪草から作った※罨法剤くらいは使ってほしかったのですが。)
※罨法剤
患部を温めたり冷ましたりして、炎症や痛みを和らげてる治療法に用いる薬。
歯痛、リウマチ、生理痛、神経痛に使われる。要はサ〇ンパス。
夏雪草はサリチル酸を含み、鎮痛効果と皮膚の角質を軟化させる効果がある。
(お爺様にはお世話になりましたが……こうなってはどうしようもありません)
住み家へ帰ろうと、きびすを返した私は、町の広場である物を見た。
人が薪の上に建てられた柱に縛り付けられている。
何十人もの人々がそれを囲むように輪を作り、不安そうに見つめていた。
そしてその前には、剣とたいまつを持って武装した男たち。
白く磨き上げられた、揃いの全身甲冑を身にまとっている。
その者たちは一様に同じ胸当てを付けていた。
真鍮で作られた、金色の炎の意匠が彫り込まれた胸当て。
彼らは「ブレイズ」と名乗る、帝国の武装団体だ。
その活動目的はシンプルで、たったひとつ。
「「この地に住まう、誠実な民たちよ!聞け!」」
「「そなたらは善き隣人のフリをする、邪悪なもの達を捨ておくつもりか!!」」
「「腫物ができ、熱が出た、どうする?」」
「「超常なる旧きものに救いを求め、あるいは神に祈るか?」」
「「否!!断じて否だ!!」」
「「人の世は、人によって統治されることに意味がある!!」」
「「今こそ、我らの世界に入り込んだ連中を叩き出し、すべての過ちを正すときなのだ!!!!」」
戦士たちは、薪にたいまつを次々と投げ入れる。
たちまちに大きな炎が上がり、柱に縛り付けられたそれを炙った。
<アア!!アアアアアアァァァァ!!!>
炙られているのは、人のようだが人ではない、獣人だ。
猫のような耳と尻尾を持った獣人は、あっという間に炎に呑まれていく。
「「はるか昔、天から狂星が降り注いだ時、我らの世界にヒビが入った!」」
「「このように、邪悪なる存在の侵入を許したのだ!!」」
「「そして狂星は魔物という邪悪な存在と共に、忌まわしき穢れた力をも生み出したのだ……すなわち、『魔法』だ!!!!」」
「「我々はその穢れた力と、邪悪なる存在と永遠に袂を別たねばならん!!」」
「「鋼と炎だけが、世界を元の姿に戻し、人の世を取り戻させるのだ!!」」
(彼らブレイズには、獣人と邪悪な魔物の区別も出来ませんか……どうもシリカ帝国の潮目が変わった気がしますね。早々に立ち去るとしましょう――)
私は吹きあがる火の粉と炎から目を背け、足早にその場を立ち去った。
他作の更新の様子を見つつ、隔日くらいの更新でやってます。
よろしくね