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08 魔王城に向けて出発を決めた時くらいの憂鬱さだ



「気が、重い」


 開口一番、俺は心中をそんな風に吐露した。

 そもそも、ここ最近の暑さはなんだ。もう十月も終わろうというのに秋らしい感じが全然しないのだ。まぁ、過ごしやすいと言えばそうなのだが、俺はこの世界の気象担当の何者かに意義を申し立てたいくらいだ。

 ……という文句を捲し立てることで今日の外出をなんとか誤魔化せないかなと思ったのだが、駄目だった。

 俺のスマホには、俺に約束を守れと迫る趣旨の連絡が届いている。時刻は昼過ぎ、寝坊したという言い訳をするのもやや辛い時間だ。

 今日台風とか来てたら外出しないで済むのにな……。

 だから俺は、やたらと重くのしかかる空気を堪えながら、約束の場所に向かうべく家を出る。


「…………」


 家を出る間際、隣に住んでいる筈のモブ子のことが少し気にかかった。

 親心というか、異世界心というかだが、できることなら今日は外出をしないでいて欲しい。

 気配を軽く探ってみるが、彼女の気配は察知できなかった。もう外出してしまったのか、それとも俺が察知に失敗しただけか。


「まぁいいや。行ってきます」


 誰もいない部屋に向けて俺は言った。

 だが、気持ち的には魔王城に向けて出発を決めた時くらいの憂鬱さだ。

 なにせ、今日の目的は『俺探し』なのだから。




「遅くなってごめん、待った?」

「いやほんとにおせえよ! ナチュラルに十分くらい遅刻してんじゃねえよ!」


 待ち合わせ場所として、俺達は再び大学に集っていた。

 とはいえ、今日は休日なので大学生協の隣のフリースペースは空いていない。仕方なく中庭にある小さな池の側のベンチに集った形だ。

 ここにいるのはメカクレと、リコリスさんに大佐。全員秋らしい服装だ。なおオタクにファッションを解説する能力はない。とりあえずメカクレはいつもの無地Tにジーパンとだけ。

 あと姿はないがKoutaも連絡を取ることは簡単だろうな。

 俺が約束の時間に十分くらい遅刻したので、大佐は普通に怒っている。当然だな。

 しかし、俺にも遅れた理由というものは存在する。


「それはほんとにごめん。ただ、止むに止まれぬ事情があってだな」

「一応聞こうか」

「俺ん家から大学に向かう途中に長い階段があるだろ? その階段を上るのが嫌になって十分くらいぼーっとしてたんだ」

「あまりにも何の事情も無さ過ぎて逆にビックリだよ」


 大佐はきっと、俺が寝坊したとか、そうでなければお婆ちゃんの荷物を運んでたとかの理由を求めていたのだろう。

 だが、俺の気の重さはそんなレベルじゃない。マジで階段を上るのも億劫なくらいの重しを背負っているのだ。

 だって、今日はまさに、俺のストーリーの分水嶺と言っても過言ではないのだから。


 結局、今日に至るまで俺は俺のラブコメを始めることができなかった。

 俺が全身全霊ウェルカムの姿勢でおり、なんなら街中を意味も無くウロウロするくらいのこともやっていたのに、全く女の子に出会うことが無かったのだ。

 おかしい、メカクレは駅前とか公園とか適当に歩けば困っている女の子に出会うって言ってたのに。俺の前に現れたのは『神を信じますか?』って言ってくる人生に困った女の子(五十代)だけだったよ。

 ……モブ子? いやあいつは決してヒロインなどではない。モブだからな。モブをヒロインなんて言っていてはストーリーなど進められないぞっ☆。


 ということで、俺のストーリーはいつまでも始まらないまま、ついに今日という日がやってきてしまったのだ。

 リコリスさんの探し物──という名目で、ネイトの勇者である俺を探す約束をした日が。


 いや、俺探しってなんやねん。自分探しの旅かよ。

 探し物はなんですかって言っても、探すのをやめるまでもなく見つかってるけど。

 というか俺が自己申告でもしない限り絶対に見つからないんだけど。

 そして俺が自己申告するつもりは一切ないんだけど。


 つまり今日という日は、最初から最後まで無駄になるのが決定づけられているというわけなのだ。

 だから俺は、探し物に参加しながらどうやって俺を隠蔽しつつ時間を潰すかをずっと考えている。

 こんな日が楽しいわけがない。リコリスさんは美人ではあるが、ネイト人だしなぁ。


「──というわけで、Koutaは結局何も見つけられなかった。でもリコリスとしては、その探し人? キャラ? はこの地に縁があるのは間違いないんだって?」

「うん。それだけは間違いないはずなの。私がここに転……移動してきたのは、その人の痕跡を辿ったからだから」


 おっと、俺が自分隠蔽に悩んでいる間に話が進んでいるぞ。

 どうやら、リコリスさんが語った内容を元に、今日までKoutaが片手間にネットを漁ってみたけど、答えには辿り着かなかったらしい。

 当たり前だな。俺は帰ってきてから自分の身バレに繋がるようなことは一切喋ってない。俺の体験談と似た様なネット小説はいくらかあったらしいが、リコリスさんは全てに首を振っている。

 そりゃ探しているのは生身の勇者なんだから、ネット小説が正解なわけがない。

 俺が自分の体験談をそのまま小説としてネットにでも上げていれば話は別だろうが、いや、仮にそうだとしてもネイト人の屑っぷりから違う話と判断されるかもしれないな。

 つまり現時点で俺が見つかるわけはないということだ。


「とりあえず、僕とリコリスは市役所に行ってみようと思うんだ。役に立つかは分からないけど探し人の相談も受け付けてくれるかもしれないし」

「アニメキャラ探すのに市役所って……いやでも、ネットで見つからないってことは、昔のご当地ヒーローとかだったりするかもしれないのか……?」


 メカクレと大佐が必死に頭を捻っている。

 その横で俺も必死に頭を捻っている。

 さっきも言ったが、今日という日はかなりの確率でストーリーの分岐点だろう。


 以前見てしまったメカクレの称号からして、あいつのストーリーは既に始まっている。

 リコリスさんがなぜ『ネイトの勇者』を探しているのか分からないが、わざわざ世界を越えてまで来ていることから、観光がどうとかそんなレベルではあるまい。

 十中八九、あの世界でなんらかの危機が発生していると推測している。


 そして、今後予想されるストーリー展開を大まかにわけるとこうだ。


 その一、探し人が見つからず、メカクレが異世界に行く。

 その二、探し人が見つかるが、メカクレだけが異世界に行き、探し人は残る。

 その三、探し人が見つかり、メカクレと探し人が一緒に異世界に行く。


 と、このように実は俺が異世界ネイトに舞い戻るルートはそう多くないし可能性も低い。

 理由?

 それは当然、俺自身には今、なんの能力もないってことだ。


 現状、俺は世界を救う力など一切持っていない一般人に過ぎない。そして、その力を持っている、あるいは将来的に得ることになるのは『勇者』であるメカクレだ。

 既に【ネイトの勇者】となっているメカクレが、この先異世界に連れてかれるのは確定的だろう。それは、この世界の登場人物に過ぎない俺達にはどうしようもないことだ。

 それに文句があるのなら、この世界を管理している神々に文句を言う他無い。ついでに俺はその伝手を持っていない。

 だが、既に勇者に認定されているってことは、ここからトラックに轢かれる心配も多分ない。地球人を異世界に送り込む連中に、そこまで地球の人間の命を弄ぶ権限はない。はず。


 だが、ストーリーとして地球上でイベントを起こす可能性はある。というか高い。


 それは、リコリスさんが探している人物と、勇者が異なっているからだ。

 なんらかの使命を帯びてこの世界にやってきただろうリコリスさんが、十全に納得した上でメカクレを連れ帰るとは思えない。

 つまり、突発的な事故、あるいは異世界に帰るためのタイミング、時間切れなどの理由でイベントがあり、メカクレが道連れに選ばれるのではないかと俺は踏んでいる。


 となると、俺はそのイベントまで、あるいは時間切れまで正体を隠し通せれば、一緒にあのクソ異世界に連れて行かれることはないのだ。

 ならば俺は、心を鬼にしてでも俺の正体を隠し通す。最悪こっちの正体がバレれば俺の【主人公】が消えて、あっちのストーリーに組み込まれるだろう。

 メカクレが大変心配ではあるのだが、前述したように俺はもはやただの一般人だ。あいつにしてやれることなどそうはない。


 俺は、メカクレのストーリーのモブとして、あちらのイベントに一切介入しない!


「栗原、聞いてたか?」

「バッチリよ。俺は帰って良いんだな?」

「聞いてねえじゃねえか! 何しにきたんだお前は!?」


 大佐がメガネを光らせながら、俺が一切話を聞いていないことに驚愕していた。

 だって、どうやっても見つからない捜索計画なんて聞くだけ無駄なんだもん。


「だから、俺とお前は手分けして、このリストにまとめた人達に会いに行くんだよ」

「これは?」


 手渡されたリストを見ながら俺は問う。

 そこには、住所と人物の名前が並んでいる。住所は全部この辺りだ。


「俺が独自に集めた、俺達よりも濃いオタク──小金井オタク四天王の人達の住所だ」

「え、なにその取り扱い注意の危険物は」


 いまからそんなオタク濃度の高い場所に赴かないといけないのかよ。

 ちらりと話を聞くと、俺達が生まれる前からオタクをしていたような方々であり、それぞれ得意なジャンルが別れて四天王と化しているとか。

 じゃあ魔王もいるんかな。オタク魔王。いや会いたくはないけど。


「事前に連絡を取って訪問の許可は貰っている。だが、休日はアニメや特撮の消化に忙しいから外出NGらしくてな。直接伺って話を聞く」

「いやその事前連絡の時点で、知ってる知らないくらい分かるだろ。直接行く意味は?」

「彼ら自身は忘れていても、彼らが保有している膨大なデータベースの中に該当する情報があるかもしれないだろ。今回は話を聞くよりも、そちらを当たらせてもらうのが主目的だ」


 四天王クラスになると、独自のデータベースにオタク情報を溜め込んでいるらしい。

 でも、この四天王最後の一人『女児アニメの松岡』って人のところまで聞き込みする必要ある?

 どうあがいても、魔王勇者の話と女児アニメは違うだろ。


「リコリスさんの幼い頃の話とするなら、もしかしたら女児アニメ系の話が、そういう風に置き換わっただけかもしれないだろ」

「お、おう」


 大佐が本気すぎてビビる。

 お前、そんな熱いキャラじゃなかっただろ。ただのオタクだろ。ただでさえ気温が暑いってのに、勘弁してくれよ。

 横目でチラチラとリコリスさんの表情伺ってるのが、ちょっと気持ち悪いんだよ。

 ついでに当のリコリスさんは、大佐ではなくメカクレの方をチラチラと見ている。

 あーはいはい、もうそっちのストーリーも進んでるんですね分かります。ぺっ。


「じゃあ、そういうことで、みんなよろしくね」

「おう」

「へーい」


 メカクレの合図によって、俺探しがスタートする。

 心底、やる気は起きないが仕方ない。

 今日一日、何もないことを祈ろう。





 そうして一人歩き出して、僅か五分のことだった。


「あれ、栗原君」

「え、モブ子?」


 俺は道端でモブ子とエンカウントしたのだった。



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