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06 人類滅亡を目前に控えた魔王の笑みみたいだった


 それから俺達は話し合いの末、地道な調査を行うことで合意した。

 ネットに関しては、ひたすらネット環境につよいオタクであるKoutaに任せ、俺達は各々のできる範囲で努力することになった。

 なぜそんな曖昧な方針の探し方になったかと言えば、肝心のリコリスさんが『この付近に手がかりがあるのは間違いないんです』という根拠のない確信を持っていたからだ。

 まぁ、本人がここに居る時点でその確信は当たっているのだが、生憎と俺にはリコリスさんの世界をどうこうできる力は無い。

 そして俺が今もっとも怖れているのは、俺のラブコメが始まる前に正体を明かすことで、俺自身がそっちのストーリーに引っ張られることだ。


 それの何が恐ろしいかと言えば、俺のラブコメ主人公ルートが終わることじゃない。

 あのクソ異世界ネイトに俺が関わり、俺のメインヒロインとしてネイトの住人が選択されるという可能性があることが恐ろしい。

 あの世界の住人は基本地雷だ。リコリスさんもネイトの住人と聞いた時点で、俺の恋愛対象からは外されるレベルで俺はあの世界にトラウマを持っている。

 その中でも、今の状況で、あの世界に関わったことで現れる可能性の高い三人の核地雷。

 そいつらの一人でもこの世界に現れてしまったら、俺は、血反吐を吐きながら絶叫する自信がある。

 そいつらから逃れる為に、俺は最終決戦に一人で向かったのだから。


 つまり、俺がやるべきことはいち早く俺のラブコメをスタートさせ、心配がなくなった頃合いを見てあいつらのストーリーを見守ることだ。

 まぁ、俺が名乗ろうと名乗るまいと、勇者がメカクレである以上ストーリーは進む。

 恐らく、異世界の門が再び開いて異次元に吸い込まれるとかだろう。

 転生トラックにメカクレがひき殺される可能性もゼロではないが、リコリスさんという生身の人間が現れている以上は大丈夫だろう。

 二人仲良くひき殺されるのはちょっと考え辛い。



 ということで、異世界はひとまず置いておいて。

 俺の戻ってきた日常の話になる。



 話し合いの数時間後。

 俺は今、うっきうきの気分でバイト先に向かっていた。


「おはようございまーす!」

「おう、おはよう!」


 俺がバイト先に着いて、その入口の戸を開くと、すでに仕事を始めていた店長の声が返ってきた。

 俺が務めているのは、アパートからは近く、大学からは少し離れた場所にあるフランチャイズの居酒屋だった。

 客席はそれほど多くはないが少なくもない、大学が近くにあるにしては落ち着いた雰囲気の店で、客層も大人が多い。

 酒はまぁそれなりだが、店長のこだわりで良い鮮魚を揃えていることもあり、料理の評判は大変よろしいのだ。

 もともと、俺は酒がほどほどに好きだし、調理も嫌いではない。接客も異世界に行くまではそこまで苦手でもなかったので、向いている職場だと思った。


「すぐ着替えて来ます」

「おう。今日は新しい子入るから、早めにな」

「うっす」


 店長に言われて、俺はやや早足で更衣室に向かい、狭い更衣室の脇にあるハンガーの群から俺の制服をつかみ取る。

 で、店の制服に着替えつつ、ぐふふという笑いを押さえ切れなかった。

 そう、俺がウキウキしていたのは、今日この職場に新しいバイトの子が入るからだ。

 俺はラブコメ主人公だし、そんな俺のバイト先に新しい子が入ってくるのだ。

 これはもうヒロインとの出会いが待っていると言っても過言ではあるまい。


 おっと、そんなこと言って男が入ってくるオチとか思ってんだろ?

 ちゃんとチェック済みなんだなこれが。

 面接をした店長から、さりげなく可愛い女の子が入ってくるって聞いてるんだよねぇ。

 俺の物語が始まってからだいぶ出会いが遅かった気もするが、まあ良い。

 今日からようやく、俺のラブコメは始まるのだ。




「……はじめまして。今日からお世話になる桃城信子です」

「…………いや、はじめましてじゃないよね、栗原四季です」


 曖昧な表情で自己紹介を終えた俺達。

 まだ準備時間なのもあってしんとした店内。そんな中でも俺達の沈黙は際立った。

 そんな俺達の様子を見ていた店長が不思議そうな顔をする。


「知り合い?」


 店長の問いに、モブ子は頷く。


「はい。同じ学校の同じ学科で同じ学年なんです」

「あー、そっか。履歴書の大学どっかで見たと思ったら栗原君の大学か! 近所だもんね」


 あはは、とおかしそうに笑う店長に、俺はちょいちょいと手招きをする。

 揚げ物のフライヤーや、焼き鳥の焼き場を抜けた先の、厨房のちょっと奥まったところに店長を呼びつけ、問いつめた。


「店長どういうことですか可愛い女の子って言ったじゃないですかなんで彼女なんですか」

「いや、良く見たら可愛いだろ」

「違う! 違うんですよ! 可愛い女の子って言うのは良く見なくても可愛い女の子なんです! あとモブ子は可愛いんじゃなくて、普通に可愛いんですよ!」

「一緒じゃない?」

「違います! 可愛いと普通に可愛いは、確かに可愛さは一緒でもニュアンスが違うんです」

「へー。まぁ、知り合いなら仲良くしてあげてね」


 残念ながら、俺のこだわりポイントは店長には全く理解されなかった。

 そして、俺とモブ子が知り合いということで、店長に体よく教育係に任命されてしまった。

 店長はこれから開店まで、今日出すオススメ料理の下ごしらえをするつもりらしい。

 俺も本来は調理補助として、野菜のカットや料理の小分け、串焼きの串打ちなどをするのだが、今日は張り切っていたので割と片付いてしまっている。

 そんな状態だから後輩を任されたのは良いが、俺の基本ポジションはキッチンで、モブ子はホールだ。教育はホールの奴に任せれば良いのにと思わなくもない。


「とりあえず、今日から先輩だからよろしく」

「よろしくお願いします先輩」


 普段の大学での態度とは違って、ペコリと殊勝に頭を下げたモブ子。

 まぁ、メインヒロインとの出会いイベントが消失したのはあまりにも残念だが、それはそれ、これはこれだ。

 ここはバイトの先輩として、しっかり教育係に徹することにしよう。


「じゃあ、まずはマニュアルの読み合わせとかあるんだけど」

「分かりました」

「あー、なんか敬語は、気味が悪いから普通で良いよ」

「女の子に向かって、気味が悪いって単語チョイスどうにかならないの?」


 とはいっても、モブ子に敬語を使われると、なんか背筋がぞわぞわするんだから仕方ない。

 それから俺はモブ子に簡単な店の案内をしたあと、他のバイトや店員の方達に挨拶して回った。

 まぁ、あまり大きな店舗でもないし、ホールはだいたいが大学生バイトの店だ。

 そこまで緊張することなく、モブ子の紹介は終わった。

 それから、分厚いマニュアルの大事な部分だけを読み合わせたあと、注文を取る時のハンディの使い方などを教えて行く。

 モブ子は驚くほど優秀で、教えたことはなんでもかんでも、スポンジが水を吸うように覚えていった。

 そして開店前の僅かな時間で、一通りの業務内容をロールプレイできるまでになっていたのだった。


「もうわしが教えることは何も無い」

「はやいはやい」

「いやほんとマジで。あと何回か実践したらもう大丈夫だと思う。研修期間要らないわ」


 俺が素直に褒めていると分かったからか。

 謙遜していたモブ子はそこで少しだけ嬉しそうに笑った。

 その、嬉しそうな顔を見た俺は、思わず言ってしまう。


「あ、モブ子、今の顔」


 俺のポロリと出た言葉に、モブ子はきょとんとする。


「今の顔?」

「いや、今の顔が、人類滅亡を目前に控えた魔王の笑みみたいだった」

「そんな邪悪な顔してた!?」


 モブ子が何故か心外だと言わんばかりに睨んできた。

 おかしいな。俺の知っている中で最も邪気のない素敵な笑顔に例えたというのに。

 あ、そういえばこの世界では、人類を滅ぼすことは邪悪な行いに分類されるんだったな。

 異世界から帰ってきて一ヶ月も経つというのに、たまにぽろりと異世界の価値観が零れ落ちてしまう俺なのだった。



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