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03 俺は心の中で彼女をモブ子と呼んでいる

 実を言うと、探し物は得意なほうだ。何故ならそういうスキルを持っていたから。

 といっても、それは異世界の話であり、現実世界にそのまま当てはめられるわけではない。

 ただまぁ、異世界系の小説で強力なスキルとして扱われる『鑑定』とかそれ系の能力は、探し物には大変有用であるという話だ。

 もっとも、そんなスキルがなくてもある程度経験を詰めば似たようなことはできる。しっかりと情報を処理する能力があれば、なんとなく探している物がどこにあるのかは分かるのだ。


 そして『鑑定』スキルに頼り過ぎるのはあまり良くない。

 『鑑定』スキルはそれを上回る『隠蔽』スキルがあれば簡単に無力化できる。それ以外にも誤魔化す方法はいくらかある。

 それは目利きの鑑定人と、贋作を用意する詐欺師の争いのようなもので、戦いの場をスキルに変えたところで変わりはしないということだ。


 俺もあのクソ異世界ネイトで一時期『鑑定』スキルにご執心だった時期がある。

 もともと、『鑑定』スキルとは、ある程度目利きの技術を学んで行くにつれて生えてくるスキルの一種だ。最初から持っているチート人も居るだろうが、俺にはそんなもん無かった。

 基本的人権を一応理解している文明人である俺は、他人のプライバシーを尊重するということで、あまり積極的に鑑定スキルを使うことはない。

 だが、異世界ネイトではそうも言ってられない場合が多くあるので、適宜それらを有効活用することはあった。というかスキルが生えた当初は使いまくった。

 で、他人のステータスを覗くうえで、相手を判断する際に重要視しなければいけないのは何か。


 それはレベルでも、ステータスでも、スキルでもない。

 称号だ。


 レベルとは、その存在の強さであり、ステータスは強さの振り分け、そしてスキルなどは技能を扱う際の選択肢でしかない。

 経験による技能の習熟とスキルの習得は半ば結びついているので、スキルは他二つよりは人格に影響があるが、それでも称号よりは情報量は落ちる。

 で、肝心の称号とはどんなものか。


 それは、その人間がそれまで成してきた行動の結果与えられる、その人間固有の人格的、もしくは経験的、あるいは能力的な特徴だ。

 例えば、『正直者』という称号は正直な人間、『詐欺師』という称号は詐欺を働く人間にのみ現れる。『努力家』は地道に努力を積み上げる者だし『天才』は努力の効果を早く受け取れる者となる。

 この称号をそのまま見ることが出来るのは『鑑定スキル』だが、他にも『直感スキル』や『裁定スキル』、『審判スキル』など、称号に反応して効果を発揮するスキルは多々ある。

 例えば『裁定スキル』は、相手が犯罪系の称号を持っている場合に、それを知覚できるとともに、能力の制限をかけたりできる。

 そういうスキルを持っている人物は、得てして持っていない人物よりも、多くの経験を詰んでいる傾向にあった。


 で、異世界ネイトでは、そういう『他人を見破るスキルを持つ実力者』を狙い撃ちで詐欺る手法も多々ある。


 俺が引っかかったので一番単純なのは【正直者の馬車】という詐欺だ。

 これは単純な詐欺で、『正直者』を持った馬車の御者を選んで隣町までの移動を頼むと、そのまま邪教徒の祭壇に生け贄としてデリバリーされるというものだ。

 方法は簡単で、それまで嘘を吐いたことのない『正直者』を、誘拐、脅迫などの手段で利用し、馬車の御者にするだけである。

 生け贄はより実力がある者のほうが上等だという理由で、そういう上位者を狙って邪神への生け贄にするために使われる手法である。あとだいたい『鑑定』スキル持ちは金持ちだからその辺も美味しかったりする。

 一度嘘を吐いた御者は『正直者』ではなくなるが、そのあと生け贄として再利用するので特に問題はないという、邪教的リサイクル精神である。クソだね。


 なお、もっと手の込んだものだと、幼い頃から洗脳して飼い主の言葉を全て真実だと信じ込ませる、真実を知らないものを間に挟んで嘘と言えないまで薄める、口から発声していると見せかけてただの音声データで会話する、などがある。

 ここまで来ると御者も邪教的リユース可能だったりするのでより性質が悪い。


 そもそもあの世界、馬車の信頼度が低すぎるんだよ。

 適当に選ぶと当たり前のように運賃をぼったくろうとするし、拒否すると荒野のど真ん中に置き去りにしようとするし、最初から盗賊と示し合わせてることもあるし。

 そんな中で手に入れた『鑑定スキル』に頼ったら、今までで最悪の結果になるとか思わないじゃん普通。

 こんなことだから滅ぶべき種族ランキング堂々の第一位(俺調べ)を記録するんだぞ。

 なお、そんな世界でなぜ【正直者】なんて存在するのか、少し疑問に思うかもしれない。

 少しだけ言うなら、『人間と世界はいつ生まれたのか』って話だ。これ以上説明するには俺の精神に余白が少な過ぎる。



 と、俺の意識が若干異世界へと向かってしまったが、要するにだ。

 たとえスキルなんぞ持っていなくても、スキルを獲得するに至った技能を持っている俺ならば、常人よりも探し物は得意だということだ。

 気配を察知したり、違和感を突き止めたりといった基礎部分は、スキルに頼るとか甘えた事やってると普通に死ぬからね。異世界ネイト。



「つまり、何が言いたいかと言うと、ここは俺に任せてお前等は先に行けってことだ」

「先ってどこだよ」


 目の前の眼鏡に言ってやったが、眼鏡は俺の言葉をほとんど聞き流していたようだった。

 現在地は俺が通っている大学構内のフリースペースだ。生協の食堂と隣接している場所で、昼時なら食事をしている人も多い、のだが、現在は十五時くらいなのでそれほどでもない。

 大学生ならフリースペースで勉強している奴がもっと居ても良い気がするが、そういう真面目な奴はこの大学に居ないし、仮に居たとしても図書館に行く。

 というわけで、現在ここにいる大半は次の講義まで時間が空いてしまったので、時間つぶしをするだけのだらだらした学生達だ。

 そして、俺と大佐の二人も例に漏れず、講義までの時間が空いてしまったのでここでスマホを弄りながら時間を潰していた。


「そもそもジョッコーの時間割おかしくね? なんで必修と必修の間がまるっと一つ空いてんの? 馬鹿なの?」


 俺の先程の発言を無視して、面白メガネが時間割について愚痴っていた。

 ちなみにジョッコーとは、俺達が在籍する情報工学科の略称だ。情報工学科とは、プログラミングとかそれ系の講義があるオタクの集まりのことである。


「その空いた時間に好きな講義を入れろっていう教授の優しさが分からんのか」

「優しくするなら早く家に返してくれ。バイトの時間が減るだろ」

「大学生なんだから勉強しろ」

「大学生なんだから酒飲むな並に難しい要求やめろ」


 クズ眼鏡が日本の最高学府らしからぬことを言いやがった。

 まぁ、俺達の学科はウチの大学の中では比較的進級が楽な学科ではある。ご近所の電気電子工学科──通称デンデンなんて一つでも落としたら留年確定の講義がゴロゴロしてるからね。

 とはいえ、一応は親に金を出してもらって大学に通っているというのに、勉強はしない、酒は飲む、彼女はいない、友達もいない、とは如何なものか。


「友達は居るわ!」

「彼女は?」

「おりゃん……一度もおりゃん……」


 大佐がなんかのソシャゲで大爆死かましたみたいな顔で言った。

 ついでに俺にも彼女はいないので同じような顔してます。主人公なのに。

 そんな俺達に唯一残された希望こそが、今度探し物を手伝うメカクレの従姉妹なのだ。


「だから、メカクレの想定美人従姉妹のことは俺に任せてお前はナンパでもしてこい」


 俺はこのチャンスを逃すまいと大佐に優しくアドバイスをした。

 大佐はそんな俺の優しさを無に帰すように言い返す。


「いや、お前は夏休み開けてまだ本調子じゃないだろ。ここは常に全力全開の俺にこそ任せてお前は異世界にでも行ってこい」

「異世界に行けだなんて冗談でもいうなよぁらぁあ!?」

「いや、なにその反応こええよ」


 異世界に拒絶反応を見せた俺に大佐がドン引きしていた。

 いや、俺も頭ではもう関係ないことだと理解できているんだけど、遺伝子に刻まれた拒否反応がどうにも抑えられない。

 イエス青春。ノー異世界。イエスラブコメ。ノー異世界。


「ていうか実際。工学部に来た時点で彼女作りにマイナス効果が発動しているわけだよ」


 諦めたような大佐の言い分だ。若干女性に失礼な気もするが、同意はする。

 工学部というのは、基本的に女性が少ない。

 どれくらい少ないかというと、一番女性が少ない機械工学科なんか百人に三人しかいない。

 我々ジョッコーがどうかというと百人に十人もいる。やったね。

 ……まあ、可愛い子に限定すると数は更に減るし、少ない女子もオタサーの姫みたいな状態になるし、その騎士団に馴染めなかったはぐれメタルみたいな俺達は尚更女というものに幻想を抱くのだ。

 そう、幻想を抱くが故に異世界の女なんかに、うっかり花なんか渡してしまい……この話はやめよう。

 俺が沈黙したので不思議そうな顔をしている大佐に、気を取り直して言い返す。


「工学部がダメなら外部の女子しかいないじゃん。サークル入れよ。インカレサークル」


 俺の建設的な意見に、大佐は気持ち悪くモジモジした。


「いや、なんか、ああいう飲み会ウェーイみたいな感じのノリついていけないし」

「そういうノリ駄目ならどのみち彼女が出来ても、彼女の存在にお前の精神が耐え切れないよ」

「なんでそういうこと言うの? 俺の好みバッチリのオタク趣味に超理解あって、超大人しくて真面目で、俺の悩みとか聞いてくれる巨乳でエッチな女の子いるかもしんないじゃん」

「…………」


 地球には多分いねえよ。

 仮に居たとしても、そんな良い子がただのオタクメガネであるところの大佐を選択する理由が一つも存在しねえ。

 と、思いはしたが、願うだけなら誰にだって権利はある。


「まぁ、宇宙が誕生したんだ。それくらいの奇跡はあるかもな」

「宇宙創造に例えられるレベルの話してた?」


 だって、そんな女性が現れる確率と、無からビッグバンが生まれる確率じゃ、ギリギリ後者の方が高そうだ。

 と、俺達がそんな馬鹿な話をしていたころだった。

 ふとした、違和感が俺を襲う。

 まただ。異世界から帰ってきてからというもの、度々こういう感覚に陥る。

 そこに居る者が居ないような。そこに居ない筈の者が居るような。意識しなければ気にならないような、取るに足らない違和感だ。

 そして、俺がそれを感じるのとほとんど同時に、声がした。


「栗原君。ちょっと良い」

「っ!」


 意識の外側から声をかけられて、俺は咄嗟に臨戦態勢に入ろうとする身体を必死に押さえつけた。

 結果として、盛大にビビったみたいに身体がビクンと跳ね、目の前の大佐が笑いを堪えている。

 奴への制裁は後々考えるとして俺は、背後へ振り返った。


「えっと、桃城さん?」

「なんで疑問系なの。同じ学科でしょ」


 果たしてそこに居たのは、同じ情報工学科であり、十人の一人でもある女子。

 あまりにも特徴がないのが特徴と言われ、よくよく観察してみれば普通に可愛いにも関わらず、普通にブサイクも多いジョッコー十傑の誰よりも人気がない女子。

 可愛くあれブサイクであれ、そこに特徴があれば人はそこを気にすることができる。しかしなんの特徴もなければ、人はそこを目印にすることもできない。

 存在からして背景とまで言われる女子、桃城信子(ももしろのぶこ)であった。


 実際、彼女の背景力は俺の能力を越えている。

 なんせ異世界で他人の気配を読む事に長けた俺ですら、あまりの空気っぷりに彼女の存在を見失ってしまうほどなのだ。

 実は俺の家の隣に住んでいたということにすら、大学入学して今に至るまで全く気付いてなかったレベルだからな。

 背景素材だとか、景色写真だとか、グラフィックというよりBGMとか、裏で色々言われているのも頷けるというもの。

 俺は心の中で彼女をモブ子と呼んでいる。


「それで、どうしたんだモブ子」

「モブ子じゃなくてノブ子なんですけど。というか仮に言い間違いだとしても、栗原君に下の名前で呼ばれる筋合いも無いんですけど」


 くそ、モブ子の癖に今日も口が鋭いぜ。

 モブ子が人気ないのは、モブの癖に絶妙にマッチしない色んな設定を持っているから説を俺は提唱する。喋ってても、可愛くねンだわこいつ。


「悪かったなモブ子。で、なんのようだ」

「…………。用事ってほどじゃないけど、さっきメカクレ君が探してたよ」

「え、ほんと?」


 モブ子に言われて俺がスマホを確認すると、確かにメカクレからどこに居るのかを尋ねるメッセージが入っていた。

 どうやら大佐との会話に夢中で気付かなかったらしい。


「ありがとうモブ子、助かったよ」

「感謝する気があるならモブ子って言わないでくれます。せめて心の中に留めておいてよ」

「すまんモブ子。気を付けるよ」

「…………」


 わざとやっている様に思えるだろ?

 どういうわけか、俺がこの桃城信子と相対するとき、俺の口からは勝手にモブ子という名前が出てきてしまうのだ。

 恐らく、俺が【主人公】をやっているがゆえの、強烈な思考誘導か何かの結果だ。

 だから決して、俺が彼女のことを好き好んでモブ子って言っているわけじゃないんだ。

 別にその呼び方が気に入っているとか、そういうわけじゃないんだ。


「大佐。とりあえずメカクレがこっち来るらしい」

「了解。なんだろな」

「例の従姉妹の件かもな」


 予定が合えば会わせたい、みたいなことを言っていた気がするが、どうなんだろうか。

 そう思っていると背景が動く。まるでステルス迷彩の何かがそこにいるように。


「例の従姉妹って」

「うわモブ子!? 居たのか!?」

「さっきまで誰と話してたのよ……」


 モブ子がじとっと睨んでくる。

 よくよく見ると可愛い。んだけど、じっと見てないと五秒で見失いそうだ。

 だが、まぁ、モブ子に事情を聞かれたところでどうということも無いので、俺達は簡単な説明をした。

 モブ子はそんな話を聞いて、ふーん、とあまり興味なさそうに頷くのみだった。


 それからすぐ、メカクレはフリースペースに現れる。

 彼の隣には、目を疑わずには居られないほどの美少女がいた。

 彼女は俺と視線が合うと、その瞬間、ふわりと甘い香りがしそうなくらい、可愛らしく微笑んだ。

 ──そこで俺は、物語が動き出した音を聞いた気がしたのだった」










「おい栗原、途中からお前の独白、声に出てたぞ」

「──そこで俺は、大佐空気呼んで消えねえかなと思ったのだった」

「お前が空気呼んで消えろ。桃城さんに空気になる方法聞いて実践しろ」

「いやお前が消えろ。モブ子と一緒に背景に溶けて帰ってくるな」

「普通に私に失礼じゃない?」



 メカクレが実際に現れたのは二分後くらいだった。

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