24 モブで空気で背景な、普通の女の子がやらないといけないことなのか?
「どういうことなんだ! 桃城さん!」
薄暗い廊下に、メカクレの緊迫した声が響いた。
対するモブ子は、分からず屋の子供を見るように、諭した声を出す。
「どういうことも何も。私は最初からこういう存在だし、色々あって【魔王】に協力することになった、それだけ」
「いつから……最初から僕達を騙していたのか!?」
「騙すって何を? 私、これまで貴方達に何かしたことあった?」
「それ、は……」
メカクレは口籠もる。
そうだ。何もない。これまでモブ子がしてきたことなど、何もないのだ。
今まで、彼女はストーリーの外側だった。彼女が立ちふさがることなく、彼女が協力することもなく、ただただその辺の一般人であった。
だからこそ、こんな場所に現れたモブ子に混乱するのも当たり前だが、モブ子は冷淡な笑みを浮かべているだけだ。
「っ! 君を探して、四季がこの世界に入ったんだぞ! 四季を一体どうしたんだ!?」
「っ? え、栗原君が……?」
おっと。そんな会話の中で唐突に俺の名前が出て来ちゃったよ。照れるね。
俺の存在はモブ子にとっても予想外だったらしい、のだが、すぐに持ち直した。
「そんな筈ない! 私は栗原君の存在を感知してないし、そういう話も聞いてない! だいたい、いっつもいっつも私のことをモブだとか背景だとか空気だとか言うあんな人が、私のためにこんな場所に来る筈がない! そんな思いやりも甲斐性もあるわけない!」
酷い言われようだが、そもそも俺が酷い言いようだったからイーブンだな。
とはいえ、モブ子の混乱っぷりは、さっきまでの演技じみた様子ではなく、普通の年頃の女の子のようであった。
さっきまでの悪役ムーブが大分崩れたモブ子に、メカクレが畳み掛ける。
「四季はそんな薄情な奴じゃない! 普段は確かに言わなくても良い悪態を吐いたり、適当なことを言ったり、いい加減な態度を取るかもしれない。それでも、本当に大事な時には身体を張って向かって行く、僕が憧れる僕の親友だ!」
褒められてるんだか貶されてるんだか分かんねえなこれ。ちょっと普段のモブ子の気持ちが分かるわ。
だが、ザ【主人公】みたいな性格のメカクレに憧れているとか言われると素直に照れる。
ごめんね、さっきからずっと隠れててごめんね。
「桃城さんの事情は知らない。だけど、僕に出来る事があるなら言ってくれ。僕は、これでも勇者なんだ、だから」
そして勇者メカクレは、モブ子に対する会話コマンドを実行する。
が、どこが逆鱗に触れたのか、モブ子の目がスッと細まった。
「……ふふ、その程度で勇者だなんて、ね!」
次の瞬間、モブ子はメカクレに向かって緩慢に拳を突き出した。
あたる筈のない距離での動作。
だが、次の瞬間にそれは起こる。
信じられないことに、モブ子の挙動に合わせて、空気が巨大な腕となりメカクレの頬をかすって突き抜けた。
そのまま巨大な腕は廊下の入口にまで到達し……俺が隠れているあたりの壁を抉った。
あ、アブねえ。もう少しでミンチになるところだった。
「こ、これは」
「分かったと思うけど、私とメカクレ君では勝負にならないと思う。だから、ここは引いてくれないかな。人質の交渉は、私に任せて、ね」
モブ子は、再びメカクレを諭すように言う。
ちょいちょい、悪役ロールから普段の一般人がはみ出している。もともと悪人でもないのだから仕方ないが、そのせいでいまいち説得力にかける。
現に、圧倒的な力量差を見せつけられてもメカクレの目は死んでいない。
「それは、駄目だ」
「どうして?」
「勇者の直感だ。もしかしたら、君に任せたら人質は簡単に助かるのかもしれない。それでも、一人──いや二人、絶対に救われない人がいる」
「…………誰」
「君と、君を助けたいと思った四季だよ」
そんなくさい台詞を吐いたメカクレが、聖剣を抜き放ってモブ子に向けた。
勇者は折れない。どれだけ力の差があっても、どれだけ絶望的でも、それでも前に進み続ける。その先に何があっても、止まらない。
結局、それが勇者であり【主人公】なのだ。
「っ、無駄な、ことを」
「無駄なんかじゃない」
「いいえ、無駄なの。どれだけ虚勢を張っても、アリが太陽に届くはずがないもの」
ただ、それでも相手が悪過ぎる。
メカクレ達が旅をしたネイトは、きっと規制版『ネイト』と同程度のレベルの世界だ。
せいぜいレベル250程度が最強になる世界だろう。
そういう世界と、レベル数千万超えがうじゃうじゃいる『真性・ネイト』では、強さの土台が違いすぎる。
だから、どれだけメカクレが立ち上がろうと、モブ子をどうにかすることはできない。
そんな世界の頂点に君臨していた【前作魔王】には太刀打ちできない。
だから。
だから、この場所に俺が居るんだ。
「格好付けすぎだメカクレ」
声を掛けながら、俺はその場所に一歩足を踏み出した。
今までその存在すら掴ませてなかった俺の登場に、メカクレとモブ子の二人が驚愕する。
「四季!? なんでここに!」
「なんでも何も、先に行くって言っただろ? だから先に入って、お前等を待ってただけだ」
どこで待っていたとは言って無いから、決して嘘ではないよ。入口で待ってただけで。
「さて、メカクレ。お前はこれから魔王と戦うんだろ? こんなところで足止め食らってて良いのか?」
「だ、だけど」
チラリ、とモブ子の様子を窺うメカクレ。
先に行きたいのは山々だが、ここに俺とモブ子を残すのが心配か。
モブ子はこちらを刺すように睨んでいるが、いきなり襲い掛かってくる気配はない。
「こういうこと言うと、変なフラグが立ちそうだから本当は言いたくないんだが」
俺はメカクレの肩を叩き、それから、とんと背中を押す。
「ここは、俺に任せて先に行け」
メカクレは驚いた顔で俺を振り返る。
そして、数度、目線をさまよわせ、何かを言いたげに口を開く、が、その言葉を呑み込んだ。
代わりに一言だけ、残して走った。
「任せた!」
走るメカクレを、モブ子は止めない。
遠ざかる勇者の背中を見送ったモブ子は、俺に向き直った。
「さてモブ子。ここから俺に説得される気はあるか?」
ニヤリと笑って俺はモブ子に問いかける。
対するモブ子は、じとっと俺を睨みつつ投げやりに言った。
「……なに? 説教でもするつもり? 言っておくけど、何も答えないから。どうせ、どうしてこんなことしてるのか事情を教えろとか、そういう──」
「はあ? 馬鹿じゃねえのか?」
「え?」
俺が呆れたことに、モブ子は驚いた様子だった。
が、俺は構わず言ってやる。
「お前、モブの癖にこんなストーリーの山場に出しゃばってくるとか何考えてんだ?」
「はぇ?」
さっきまでの拒絶体勢から一転、困惑に塗り潰されたモブ子に畳み掛ける。
「何が【前作魔王】だぁ!? あんな大学で空気になっている魔王が居てたまるかっての。だいたいお前、メカクレと一体どんな因縁があるってんだよ? せいぜい大学で何回か話したくらいの関係だろう? 役者不足なんだよ! 勇者と魔王の戦いってのはなぁ、もっとこう、色々と凝縮された感情とカタルシスの見せ場なんだぞ? それをお前、何回か話した程度のモブがしゃしゃって来て良いと本気で思ってんのか? 謝れ! 全世界の魔王勇者に謝れ! なんの因縁もないのに勇者の前に立ちふさがってしまってごめんなさいと謝れ! それで今ならまだギリギリ間に合うから、戻ってこい! モブに戻ってこい! 丁度お前のモブ仲間達が探してるから、謎の誘拐犯に攫われたけど空気になって出て来れたラッキーって帰って来い! ……な?」
初めは俺の話をきょとんと聞いていたモブ子。
だが、次第に拳を握りしめ、プルプルと震え出したかと思うと。
「ふざけないでよ!!」
とキレた。半泣きでキレた。
女の子を泣かせてしまったと俺がちょっとショックを受けている傍ら、今度はモブ子が言い募る。
「私がどんな思いでここに立ってると思ってるの!? しょうがないから教えてあげるけど、宝物珠ってあったでしょ! あれ、私の昔の配下達が入ってるんだから! いつか私が戻ってくるのを信じて命を封じたとかいう代物で! あれには私の大切な人──魔族達の命が詰まってるの! それの引き渡し交渉と、あと人質さんたちの命の安全の交渉をして今私はここにいるんだよ!? メカクレ君たちも追い払うだけで良いってなったし、ちょっとそのあとネイトで力を貸せばそれで終わりって契約なの! なんの力もない栗原君にモブとか呼ばれる筋合いなんかないんだから!」
捲し立てる勢いのモブ子に、さらっと宝物珠の秘密を聞かされてしまった。
なるほど、異世界に送られた筈の元魔王の力の一部が封じられているって、どういう原理かと思ったけど、配下の命が入っているなら力の一部とも言えるか。
それに加えて、人質達の安全交渉も行って、メカクレも救おうとして、最後にちょっとネイトの連中が犠牲になるかもしれないけど、モブ子の大切な人は守れる計算か。
「それで?」
そこまで考えて、俺は白けた顔で尋ねる。
「……それで、って」
「それは、お前みたいな、モブで空気で背景な、普通の女の子がやらないといけないことなのか?」
「っ!」
ピシリと、空気に緊張が走った。
それだけで、俺にダメージが入る。
「栗原君。何を勘違いしているのか知らないけど、私がその気になれば、君もメカクレ君も一瞬で殺せるんだよ。そんな私を、いつまでもモブとか空気とか──」
「力がどうとか聞いてるんじゃねえよ。お前は、普通の女の子で居たいんじゃなかったのかって聞いてんだよ」
「…………それは」
「普通の女の子は、人質の交渉とか、配下の命の面倒見とか、世界征服の手伝いなんてしねーんだよ。お前がそんなことしなくたって、メカクレが全部救ってくれるように世界はできてるんだよ。それでもお前は、モブ子をやめて【前作魔王】をやるってのか?」
まるで毒のスリップダメージがごとく、威圧感で俺の命が削られて行くが構いやしない。
俺の疑問に、モブ子の気持ちが揺れている。
何度か、無言で口を開く。何度となく、抱えている弱音をつい吐き出そうとして、それを思いとどまる。
俺はずっと手を差し伸べる。お前は普通の女の子で構わないと、彼女へ手を差し出し続ける。
しかし、それでも、彼女は折れなかった。
伸ばしかけた手を、握りしめ、涙目で叫ぶ。
「私は! 普通の女の子である前に魔王だった! だから、そこだけは譲れない!」
そして、モブ子は今度こそ、俺の誘惑を撥ね除けた。
普通の女の子である前に元魔王であり、元魔王であるなら配下を守る役目(義務)があるのだと。
そんな彼女の選択に、俺は掌を握りしめた。
「そうかよ、この分からず屋め!」
ここまで来たら、俺も覚悟を決めるときだ。
俺がようやく、本気の表情でモブ子を睨み返したところで、モブ子は笑う。
「それで、どうするの? 魔王の力は一般人の栗原君がどうにかできるものじゃないよ」
「馬鹿だなお前は」
「なぁ!? また、また馬鹿って言った!!」
元魔王になって精神まで元魔王だったころに戻ったのかこいつは。ガキかよ。
そう益体もないことを考えつつ、俺は持って来た荷物を開いてみせた。
「ユリス。装着任せた」
「かしこまりました。ご主人様」
俺の声に応えて、ユリスが実体を現す。
再び予定外の闖入者にモブ子が──いやペシュフィールが戸惑う気配がするが俺にはもうどうでも良い事だ。
ユリスは俺の指示に従い、俺の装備を整える。
先程までの、一般的な大学生の秋の装いから、俺の本気の装いへと。
「それ、は……その服装……それに、やっぱり、その【聖女】は、まさか」
ようやく再起動したペシュに俺はニヤリと笑ってやる。
いや、今の服装じゃ口元は見えないんだけどな。
「お前がモブ子のままだったならまだしも、元魔王だってんなら、俺が負ける道理はねえ」
そう不敵に言った俺は、やっぱり誰がどう見ても暗殺者。
より正確に言えば、不審な暗殺者なのであった。
今日の更新はここまでです。
明日もまた昼頃に1話投稿して、夜に完結まで投稿したいと思います。