23 感情すら全く読み取れないような、邪悪な笑みで
「よっと」
そこは、先程までの草原の中にポツリと立つ、謎の複合神殿のような建物だった。
神聖さよりも、おどろおどろしい雰囲気を感じてしまうが、その内部構造までは測れない。
そんな感想をよそに、異世界へのゲートをくぐって、最初にした事は動きの確認だ。
物理法則というものは、地球ベースの世界では基本同じ。だけど、この謎の空間においてもそれが同じとは限らない。
しかし、問題はなさそうだ。
正直、入った瞬間に速攻敵に囲まれているとかだったら危なかったけど、そういうことは無かった。
「これからどうするのですか?」
「言っただろ。メカクレ達を待つ」
当然のように付いてきているユリスの質問に俺は答えた。
「俺がメッセージを残したのは、そうすればあいつは入ってこざるを得ないからだ」
「彼らの安全性の配慮はどうしたのですか」
「勇者ならそれくらい、越えてくれるさ」
我ながら無責任な発言だった。だが、勇者ならそういうものだ。
何より、ここにはユリスが居る。俺の蘇生はできなくても、勇者であるメカクレの蘇生ならば不可能ではあるまい。
勇者御一行のレベルを鑑みても、俺よりは蘇生の可能性が高い。
だから、相変わらず危険なのは俺一人だ。
「というわけで、俺は隠れてあいつらの到着を待つ。露払いして貰いつつ、隠れてモブ子やその他の人々を救出するつもりだ」
「とても勇者とは思えない他力本願。流石はご主人様ですね」
「流石って付けとけば褒めてると思ったら大間違いだ」
それに、これは俺のデフォルト行動だ。
俺は今まで勇者らしい行動を取ったことなんてないからな。
それから、俺はこの場に存在する大きな岩の背後に隠れてメカクレ達を待った。程なくして、先程通ったゲートが再び蠢き、数人の男女が顔を出す。
「ここに、四季達が!」
「おちついて勇者様。攫われた人達もそうだけど、まず魔王が」
「分かってるリコリス。それでも、僕は、四季のことが」
思った以上にメカクレに心配されている俺である。
やべ、ちょっと罪悪感が。やっぱり、知り合いを利用するもんじゃないわ。
(ご主人様。現在のメカクレ様の感情値ですが、リコリス様方に向けるものよりご主人様に向ける物の方が大きいようです)
いきなり脳内に直接話しかけてくんじゃねえよ。そして要らんわその情報。怖いわ。
それから様子を盗み見る事暫く、装備等の確認を終えたメカクレ達が神殿の中に入って行く。
俺は焦ることなく、静かに彼らに着いて行く。が、レベル差があると流石にちと辛いな。
ユリスはさっさと姿を消しているのが超ずるい。
神殿の中は、静かな空間が広がっていた。観客席の無いコロッセオというか、本当に戦うためだけにある舞台のように感じる。
メカクレ達があたりを見回している中、不意に奥の壁に、もはやお馴染みとなったゲートが出現する。ついでに俺は入口の陰に隠れている。
「お待ちしておりました。勇者御一行」
「お前は!」
果たして、目の前に現れたのはいつかのレッサー四天王だった。
相変わらずパリっとしたスーツ姿である。いつも思うんだけどスーツ姿で戦う人って戦いにくくないのかな。そういう信念があるのかもしれないけどさ。
と、俺がどうでも良い事を考えているところで、メカクレ達は臨戦態勢に入った。
「お待ちください。まずはルールのご説明をいたします」
「ルール、だと?」
「はい。あなた様がたの到着を魔王様は待ちわびておりました。故に、戦いのルールを定めております」
とか、なんとか説明してくれているけど、面倒だから俺が言っちゃうな。
四天王と、メカクレの仲間達で一騎討ちをしてもらう。
で、勝った方が魔王様とメカクレとの戦いに加勢できる。
複数で袋叩きにしようとしたら、その時点でゲートが閉じ、人質の人間を皆殺しにする。
「ご理解いただけましたか?」
「くそっ! 卑怯な!」
「卑怯? それはおかしい、むしろ私達は正々堂々と戦おうと提案しているのに」
レッサー四天王さんは心外そうに言う。
まあ、うん。俺もちょっと、そっちのがフェアっぽいとは思うわ。
RPGの勇者とか、よくパーティで四天王一人を袋叩きにするけど、冷静に考えたら卑怯だよね。相手の方が強いから成り立つけど、このレベル平等主義の世界ではそういうわけにも行かない。
あと、やっぱり魔族さんのほうが基本的にフェアプレイ精神旺盛だから、さっきの条件とか全部守ると思うわ俺。
「勇者様。ううん、玄鵜。ここは私に任せて」
「リコリス!?」
メカクレ達が条件に戸惑っている中、メカクレを異世界に巻き込んだ張本人のリコリスさんが一歩前に出ていた。
「元はと言えば、私がこいつに宝物珠を奪われたことが始まりだもの。いまこそ、借りを返すときなの」
「ふふ、出来るのですか? 初めて会った時には、勇者の陰に隠れ、あまつさえ足を引っ張ったあなたに」
「いつまでも、足手まといじゃないわ」
そう言って、リコリスさんはすらりと剣を抜いた。
初めに会った時とは比べ物にならないほど、その姿勢はすっと伸びており、短い時間ながら濃密な経験を積んだことが窺えた。
「……任せたリコリス!」
「うん。その代わり、勝ったら、ご褒美頂戴ね!」
「分かった!」
メカクレ達の迷いも長くはなかった。
そのご褒美というのが何かは分からないが、あっさりと了承したメカクレがゲートを通って先へと進む。
残されたリコリスさんとレッサー四天王は、睨み合っていた。
が、二人の会話をこれ以上聞いている時間はない。ゲート消えそう。
「思えば……あなたと出会ったのが私の運命の──」
とか、重大なことを語り出そうとしているリコリスさんの言葉を背に、気配を消した俺達もまたゲートに飛び込んだのだった。
「ついに、僕一人になったか」
そして、四天王それぞれとの出会いと別れを繰り返し、メカクレは一人になっていた。
先程のコロッセオ地帯を抜け、今は魔王謁見の間の真ん前。ゲームで言うと最後にセーブポイントとかがありそうな糞長い廊下の始まりだ。
なんていうか、こういうボスラッシュっぽいものを現実に見るとテンション上がるな。
まあ、俺はそのボス達に一切面識ないからアレなんだけど。
あ、一人だけ面識あったわ。謎の女四天王。あいつ結局魔王裏切らなかったんだな。やっぱり魔族は最高だぜ。信頼できる。
なんでも彼女の配下を倒した奴が四天王の中にいなかったんだとか。地球で失った配下の魔物は一体誰にやられたんだか謎だね。うん。
そして、一人残されたメカクレが、先へと進もうと決めたその瞬間。
ゴウっと音を伴うほどの、強烈な威圧感が広間全体を埋め尽くす。
廊下を照らしていた筈の、松明も一瞬で全て掻き消えた。
「な、なんだ、これ、は」
メカクレが呻きながら片膝をつく。
ついでに俺はというと、すでに倒れ臥して心臓を必死に押さえています。
威圧感だけで死にそうなんですけど。一般人俺。
果たして、コツコツと静かな足音が廊下の奥から響いてくる。
足音に合わせるように、掻き消えたはずの松明が、奥から一つずつ点いて行く。
松明の灯りがどんどんと近づいて来て、やがて足音は明確な像を結ぶ。
「き、君は……」
現れた人物にメカクレは驚愕を隠さない。
対して俺はというと、強引に足へ力を入れて立ち上がり、陰からその人物を睨んだ。
怒りと安堵と、あとその他もろもろのどうしようもない感情をない交ぜにして。
「…………はぁ。ようこそメカクレ君」
未だに混乱冷めやらぬメカクレの言葉に、彼女は笑う。
酷く芝居染みていて、その感情すら全く読み取れないような、邪悪な笑みで。
「四天王で終わりでなくてごめんなさいね。桃城信子改め【前作魔王】ペシュフィール・トライスティア。契約により仕方なく、貴方の前に立ちふさがらせて頂きます」
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【前作魔王】 ペシュフィール・トライスティア(桃城信子)
LV:8000000000000000(LV:8)
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