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22 モブ子が待っているから、先に行く


 モブ子が消えた場所として、ついに有力な情報が手に入った。

 その場所は、俺の家からもほど近い川沿いにある大きな公園だった。

 情報提供者は、公園の間近に住む女性。なんでも、子供達がボール遊びをしている声が聞こえ、そちらを見ていたら霞のように人が消えたとか。その消えた人の中に、散歩をしている若い女性の姿もあったのだという。


「いやでもこれ、モブ子の事だから、普通に霞のように消えただけって説もあるな」

「ご主人様。それを言っては元も子もないのでは」


 俺の素朴な感想にユリスが感情乏しくツッコミをくれていた。

 とにかく俺達の行動は第二フェーズに移っていた。大学の仲間達はこの広大な公園をしらみつぶしに探索している。

 もしかしたら、モブ子が残したなんらかの痕跡が残っているかもしれない、ということで。


「ユリス。この場所に、次元の歪みのようなものは存在するか?」

「観測いたします。少々お待ちくださいませ」


 皆が必死に探しているというのに、俺はただ、ユリスの作業が終わるのを待っていた。

 ただ待っているのも暇なので、俺は自身のバッグの中身を確認する。

 連絡用のスマホの他に、まぁ、何かあった時のための、水だの食料だのに、着替えなどだ。

 見る人が見れば、冒険セットであることが分かるだろうか。

 そうこうしていると、ユリスが虚空を眺めながら言ってくる。


「ご主人様。作業が終わる前に、一つご報告がございます」

「言ってみろ」

「以前メカクレ様達が相対している『魔王的存在』について、確定が可能かというご質問があったと思います。その件に付いて、独自に調査を行っていたのですが、ご報告が可能となりました」

「それ、俺は調べなくて良いって言ったやつか?」

「対価は必要ございませんよ」


 相変わらず無表情のユリスだが、その声はどこか得意気でもあった。


「その存在ですが。まずご主人様が戦っていた『魔王』と同一の存在ではありません」

「…………だろうな」


 俺は、俺が考えていたことが、真実であったという確証をユリスから得た。

 そんなことは分かっていたつもりだったが、それでも不安はあった。

 俺が戦った『魔王』が、再び魔王として君臨する可能性は、限りなくゼロに近いがゼロではなかったからだ。


「暫定的にそれらを『現魔王』と『前作魔王』と呼称致します」

「分ける必要があるのか」

「はい。その『前作魔王』ですが、ご主人様は最後の戦いにおいて『前作魔王』の討伐を成してはおりませんね?」

「ああ」

「異世界『真性・ネイト』のクリア条件は『魔王の世界からの抹消』であり、それは討伐の他に『魔王を世界から完全に追放する』ことでも達成可能だった、ということですね?」

「その通りだ」


 ユリスの、ただの確認のような質問に俺はイエスで答えた。

 俺は、かつて魔王を十二万回ほど殺してきた。

 魔王の抹消が『クリア条件』であるならば、それを成さずに『完全攻略』を目指すことはできない。

 だから、ありとあらゆる方法で魔王を殺した。

 斬殺もした。撲殺もした。溺死させたり、焼死させたりもした。『完全攻略』のためには、ありとあらゆる方法で魔王を殺すことが必要だった。


 そんなことを繰り返すうちに、当然ながら嫌気もさす。

 そして、どうにか魔王を殺さないで終わらせる方法はないか、探し始める。

 探す度に絶望し、失敗を繰り返した。そして、魔王をなんと『老衰』させることにすら成功したあとに、俺は悟った。


 この世界を作った神様の設計図に、魔王の心臓の音だけは、描いてない。


 それに気付いた俺は、それでも、抗った。

 穏やかな顔で、老衰した魔王が最後に残した言葉があったからだ。


『どうか、どうか。もしそれが叶うなら、普通の人生を送ってみたい』


 俺は、あの世界では死なない。

 完全攻略しない限り、何度でもやり直せる。それはつまり、完全攻略しない限り時間は無限に作れるということだ。

 そして、研究して研究して研究した。

 何万回も、魔王が老衰で死に、その度に最初に戻ったが、本当に少しずつ研究は進んだ。

 そして、ついに作り出したのだ。

 魔王の心臓の音が存在する世界に、魔王を送り出す『ウラ技』を。


「ご主人様。『時空渡りの秘法』を作りだしたのは、貴方ですね?」

「ああ」

「あの世界に『前作魔王』が戻れる筈がありません。『時空渡りの秘法』などというものが、人間の世界に痕跡でも存在するのは『真性・ネイト』だけです。つまり、魔王がどこの世界に飛ばされようとも、自力で『真性・ネイト』に戻ることはまず、不可能でしょう」


 あれはレベルが八千兆に至る俺のINT(処理速度)でもってしても、何万回と世界をやり直すレベルで研究しなければ作れないものだ。

 それほどの時間をかけて、ようやく世界の創造主の持つ権能に、たった一つの指をかけたに過ぎないのだ。

 それはスキルではない。魔法ですらない。もしどちらかであったならば、それは『前作魔王』が今回の魔王ではないという説も覆るものになる。


「それにしては、今回のメカクレのストーリーには、ポンポンと出て来て困惑するわ。素直にズルいと思うね。俺の苦労を返せと」

「ご主人様のせいでしょう。それが存在する世界になれば、それを使ったストーリーが作られるのもまた当然です」

「報われねえな俺」


 もしそれが俺の時代にあったなら、正直魔王にこんなに感情移入する前にさっさと逃げていたと思うのに。


「それで、何故そんなことを、突然言い出した?」

「既に、いえ、『この物語』の最初からあなたはお気づきでしょう。ご主人様?」


 その言葉の続きをユリスが発する前に、変化は起きた。

 うららかな、というには幾分肌寒い公園に、非現実的なゲートが現れた。

 それは、先日モブ子と帰宅していた際に目の前に現れたのと、同じ物だ。


「さて、行くか」

「私の話はまだ終わっておりませんよ」


 ユリスの言葉を聞き流しながら、俺はスマホでメカクレにメッセージを送る。

 内容は、少し考えたがシンプルに。

 公園名を添えて、簡潔に。


『モブ子が待っているから、先に行く』


 さて、これでこの場所での準備は終わりだな。


「で、ユリス。話がなんだって?」


 俺が続きを促したところで、ユリスは相変わらず無表情に。

 俺の心情など、まるで慮らないように淡々と言う。



「現在、『現魔王』と『前作魔王』は同じ座標で相対している様子です」



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