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19 この世界が崩壊することを知ってしまった予言者は、それを知る前と同じ顔で居られると思うか?



「おはよう栗原君」

「おっす、おはようモブ子」


 俺がバイト先に着くと、既にモブ子はスタンバイを終えていた。

 最近研修期間も終わり、なんだかんだと店に馴染んで来た今日この頃だ。

 モブ子への挨拶もそこそこに、急いで更衣室で制服に着替える。更衣室から出ると、モブ子はせっせとテーブルのセットを行っていた。


「今日も早いな。何か問題とかあるか?」

「問題って、特にはないけど」


 俺が先輩らしく声をかけるが、モブ子は特にこれといって職場に不満はないようだ。

 あれからもお客さんに気付かれないのはあまり変わらないが、その他の作業はだいぶこなれて来ている。今じゃ立派な戦力だ。

 それを示すかのように、店長がキッチン側から声をかけてきた。


「あ、モブ子ちゃん! テーブルセット終わったら、テーブルの七味確認して、少なくなってたら補充しといてくれる!」

「あ、はい」

「それと栗原君は、着替えてもらったとこ悪いんだけど、ちょっとだけ買い出し行って来てくれるかな!」

「おっけーです」


 店長が買い出しメモを作りだしたので、俺は折角着替えた制服を脱いで、外に出る私服に着替え直す。

 いやほんと、着替える前に言って欲しかったわ……。

 で、急いで買い出しから帰って来たところ、おしぼりを保温機にセットしながら、モブ子とアルカスさんが会話していた。


「じゃあ、モブ子ちゃん妹が居るんだー」

「はい。私と違って、目立つ子なんですけど」

「良いじゃん良いじゃん、目立ちつつ大きな悩みを抱える妹と、その妹を陰から支える姉みたいなシチュエーション、お姉さん大好きだな」

「いや、普通の家庭ですから、そういうのありませんから」


 モブ子がまた普通アピールしてやがる。

 そう思って眺めていると俺の視線に気付いたモブ子がこっちを見る。

 そればかりか、ずかずかと近寄って来て言った。


「さっき、問題はないって言ったじゃん」

「おう」

「問題ってほどじゃないけど、いつの間にか私の名前モブ子になってるんだけど」

「不思議だなモブ子」

「栗原君のせいだよね?」

「俺じゃない。モブ子の人格のなせる技さ」

「絶対褒められてないんだけどそれ」


 じとっとモブ子に睨まれる。が、最近ユリスの対応をしていたせいで精神が鋼と化している俺には、そよ風のように優しい視線に思える。

 ついでに、店長とアルカスさんだけでなく、基本的に店の人間は彼女をモブ子と呼ぶようになっている。不思議だなぁ。


「それにモブ子なんてマシなほうだぞ、アルカスさんを見ろ」

「え? アルカスさんって、変なあだ名なの?」


 モブ子は首を傾げていた。

 アルカスさんの本名は、立花有花。その下の名前をアリカと呼ぶが、そこからもじってアルカス、というのはアルカスさんが使う真っ赤な嘘だ。


「アルカスってあだ名は、名前の有花からとったんじゃない。大学時代、飲み会に次ぐ飲み会の末、講義中ですらどうにか酒を飲もうと、教授の目を盗んでいた功績を称えて付けられた『アルコールカス』の略でアルカスさんだ」

「……ええ?」


 講義中どころか、あまり飲み会の類にも縁がないモブ子は、アルカスさんの逸話に疑いの目を向けてくる。

 が、隣のアルカスさんがあっけらかんと笑いながら言う。


「あー栗原君ネタバラシー!」

「いやアルカスさん、モブ子の心を救うためには致し方ない犠牲でした」

「でも可愛いからオッケー。アルカスってなんか愛称っぽいし、もう一つより大分マシ」


 いや、もう一つ(ゲジというあだ名)もアルカスも大して変わらん気がするけどな。意味的には。

 しかしアルカスさん的には響きが大事なんだろうか。


「まま、モブ子ちゃんも。あだ名で呼ばれるくらいは気にしない気にしない」

「はぁ。でもそもそも、モブ子ってあだ名があんまり」

「えー、良いじゃん良いじゃん。私のあだ名よりよっぽどマシでしょ」

「それはそうですが」


 普通に肯定するモブ子であった。そりゃアルコールカスって普通に罵倒だからな。

 それからモブ子は難しい表情になったあと、再び俺を睨むのである。

 あー、そよ風そよ風。

 ほんと、ユリスの舐めるような視線に比べればなんて心地いいんだ。

 最近じゃ家の中が地獄ネイトの次くらいに心休まらない場所だから、バイト先がマジ癒しだわ。

 このまま一生店に居たいくらいだ。


「栗原君! 買い出し終わったんなら仕込みをー!」

「はいすいません! すぐ入ります!」


 店長に怒られて、俺は慌てて更衣室に駆け込んだ。

 速攻で着替え直して、キッチンに向かう。今日の仕事は相変わらず野菜のカット、肉のカット、そして小分けである。


「ところで栗原君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はい、なんでしょうか」


 キッチン作業の傍ら店長がボソリと尋ねてくる。


「新しいバイトの子の話なんだけど」

「はぁ」


 モブ子が入ってから、また新しい募集をかけていたのか?

 しかし、それはそれとしてなぜ俺にそんな話を。


「君、親戚に、その、銀髪の子とか居る?」

「…………」


 親戚? なぜ親戚だと思った? 名字? 名字が一緒? 銀髪?


「居ません。要りません。欲しがりません。面接の必要もありません、落として下さい」

「あ、うーん。いや、本部からの紹介でね。もう決まってたというか」

「文書偽造、もしくは上層部洗脳の疑いが濃厚です。突っぱねてください」

「いやいや、流石にフランチャイズだからね、断りにくいところもあるんだよ」

「…………」


 グッバイ俺の安らぎのバイト先。こんにちは、監視の日々アゲイン。

 俺に出来ることは、なんとかその銀髪の子が入る日を遅らせることだけだった。




「今日はどうしたの栗原君。萎びたナスみたいだったけど」

「例えば、この世界が崩壊することを知ってしまった予言者は、それを知る前と同じ顔で居られると思うか?」

「この世界滅びるの!?」


 バイトの終わった帰り道、俺はまたしてもモブ子と一緒に帰路についていた。

 東京は色々と物騒だのなんだの言われるけれど、夜中でも街灯が点いていて道が明るいっていうのは、悪くはない。

 そのおかげで、深夜の帰り道でも普通に徒歩で移動ができる。こんなに明るかったら、茂みに潜む暗殺者だって迂闊に出て来られないだろう。暗殺者居ないけど。


「モブ子は気付いているかも知れないが、俺の家に不審者が泊まっていてな」

「不審者が泊まっている、っていう字面が既に不審なんだけど」

「その不審者がどうやらバイト先にも押し掛けてきそうなんだよ」

「字面が更にもの凄く不穏なんだけど」

「まぁ、ユリスのことなんだけどな」

「不審者!?」


 ユリスと一応の面識があるモブ子は驚いた顔をしていた。

 だが、すぐに我を取り戻した様子で、優しく諭してくる。


「分かったよ栗原君。私はなるべく近寄らないようにするね」

「優しくフェードアウトしようとしないでください。お願いします」

「敬語!?」


 お隣さんなんだから、少しくらい気にしてくれよ。あわよくばアレ持って行ってくれよぉ。

 と思いはするが、一般背景モブにあんな危険物の処理をお願いするのも筋違いだな。


「はー、よし。すまん元気出した。当面は気にしない方向で行く」

「人はそれを問題の先送りと言うよね」

「問題が解決しないのなら、先送りしたほうが精神に良いんだぞ?」


 とくにどうあがいても解決できない問題ならな。

 ユリスが、俺にすら黙って秘密裏に動いていたというのなら、俺に知らされた時点でそれはすでに確定事項なのだ。あいつはそういうことをする女だ。

 おかしいとは思っていたんだ。どんな手段を用いても俺の側に居たがるユリスが、お客の立場で店に来ないことが。

 見た目的には未成年に見えるから遠慮するとか、そういう思考回路してないからな。

 客側でなく、店側として潜り込む準備を整えていただけだったのだ。

 これは大学も怪しいな。怪しいと思ってもそれをどうにかする術が現実的にないんだけど。一般人だし、俺。


「疑問なんだけど、どうしてユリスさんは栗原君と一緒に居るの?」

「さあ。俺の方には心当たりないから、前世で何か悪い事したのかも」

「……前世? あるいは、先祖? 子孫の可能性も?」

「急にマジトーンで考察すんのやめろ」


 俺の因果を探ると、一体どんな感じに絡み付いているのか分かったもんじゃない。

 マジ考察を行っていたモブ子は、ハッと思い出したように笑った。


「ごめんね。でも多分、前世で悪い事したわけではないと思うよ。大丈夫」


 初めてだよ。そんな慰め方されたの。

 そんな下らない話をしつつ、帰路をちんたらと歩いているところだった。

 目の前に、謎の巨大な円形ゲートが出現したのは。


「は?」

「え?」


 バチバチとしたエネルギーの迸りと、どこの虚空に続いているのかも分からない境界面。

 俺もモブ子も目をパチクリさせていたところで、ゲートの面が蠢く。

 ややあって、そこから数人の男女が現れた。


「……帰って、これたのか?」


 その男女の中で唯一の男が、星空を眺めて呟く。

 それから、キョロキョロと辺りを窺って、俺と目が合った。いや、こいつの目見えないけどね。


「四季!?」


 出て来たのは、異世界ネイトに世界救済旅行中だったメカクレであった。



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