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01 俺の輝かしいラブコメ生活が始まる

 軽く時間を戻そう。

 もちろん、ここで言う時間とは俺の体感時間であって、現実的に流れている時間ではない。

 つまり、時間は俺の体感として魔王との激闘を終えた辺りに戻る。




──────




 そこは、なんの風景も無い白い空間だった。

 魔王を世界から消した直後に、俺はその空間に立っていた。


「おめでとうございます栗原様! あなたは完全に『真性・ネイト』を攻りゃブベラァ!?」


 俺は挨拶代わりにそいつの顔を殴った。

 いけ好かない容姿をした糸目の男だ。真っ白なローブを着て、背中に光り輝く羽根が生えているのを除けば、その辺の街中で見られるような男である。

 殴られたそいつの顔は肉片が飛び散るレベルで大破したが、瞬きをする程度の時間で元通りに治る。


「何をするんですか。私が不死でなかったら死んでいますよ」

「不死なんだから良いだろう。最後に一発思い出くらい作らせてくれよ」

「最後ですか?」


 俺の言葉を拾って、男はいけ好かない顔で笑う。


「我々は約束を果たします。あなたが望むのであれば、あなたが救った『真性・ネイト』に送り返して永住していただくことも可能ですよ」

「冗談でも言うなよ。あんな世界に住むくらいならミジンコと添い遂げるほうがマシだ」

「人は変わるものですねぇ。最初はあんなに異世界を喜んでいたのに」


 得意そうに言う男のにやけ面をもう一度殴りたくなった。


「キラキラと目を輝かせて『異世界転生! チート特典! ハーレム!』とか言っていたあの頃の栗原様はどこに行ったのでしょう」

「あの頃の栗原様は、異世界の現実に殺されたよ」

「それはそれは、お悔やみ申し上げます。ぶふ」

「よし、お前もう一回殺すわ」

「やめてください。死んでしまいます。死なないけど」


 俺が拳を握った所で、男は降参するように手を上げた。


「それはそれとして、改めて攻略難易度A『真性・ネイト』の攻略おめでとうございます。我が主神も大層お喜びのことと思います。つきましては事前の約束通り、我が主神の力が及ぶ限り、あなたの望みを叶えましょう」




 ──────




 帰還の歓びに吠えた後、我に帰った俺は慌てて窓を閉め、とどめにクーラーを全開にした。

 そして二、三度深呼吸をした後に、望んだモノの確認をする。


 俺が望んだモノは三つあった。


 一つは、ここ地球への『帰還』だ。

 何時頃からか、ずっとずっと望み続けていた願いがようやく叶ったのだ。

 ……まぁ、厳密には『帰還』とは言えないらしいが、それはどうでもいい。


 一つは、異世界の記憶の『記録化』だ。

 ピンとこないかもしれないが、要するに俺の人格を守る為の措置だ。

 魔王の前では真人間を気取っていた俺だが、実際のところ、あの世界の俺は発狂に発狂を重ねてなんだか良く分からない核弾頭みたいな精神状態と化していた。それもこれも、異世界生活のせいである。だからその記憶をそのまま引き継いで現代社会に戻るのは大変まずい。

 記憶がそのままでは、良くて狂人、悪ければ大量殺戮者ルート待った無しである。

 その、せめてもの対抗措置として、記憶を記録化したのだ。

 どういうものかと言えば、異世界生活の思い出は、自分の体験ではなく、昔読んだ本の内容を覚えている、といった体感になる。

 そのおかげか、現時点での俺の精神は安定している。奇声一回で収まる程度には。


 そして最後の一つだが、その願いの前に確かめたいことがあった。

 俺はキョロキョロと、もう一度自分の部屋を見回した。

 窓はしまっているし、玄関のドアに鍵もかかっている。見事なまでの密室だ。

 気配を探れば、アパートの上の部屋と隣の部屋から人間の気配が感知できるが、窓を蹴破って侵入してくる可能性は低いだろう。


 ……いかん、気配とか、せっかく『記録化』したのに思考が異世界ナイズされている。


 とにかく、密室であることを確認した俺は、その単語を呟いた。


「ステータスオープン」


 俺の言葉に応え────ることなく、部屋は見事な静寂に包まれていた。


「よし、死のう」


 いや、落ち着け俺、確かに恥ずかしかったが今はそうじゃない。

 こんなこと、分かり切っていたことだ。

 いくら異世界帰りであり、異世界ではさっきの言葉でステータスが表示されたとはいえ、ここは現実なのだ。現代日本なのだ。

 もしさっきの単語を呟くだけでステータスウィンドウなりなんなりが出てくるのなら、もっと日本は大混乱に陥っている。

 出てこないのが、当たり前なのだ。

 そうやって日本の、いや、地球の現実を再確認したところで、


 俺は、心の△ボタンを押した。



 ──────


【一般人:大学生(理系)】栗原四季


LV:40(上限)

EXP:2.09375E+384659


HP:100/100

SP:100/100


STR:94

VIT:72

AGI:90

INT:154

DEX:44

LUC:5


称号:

【一般人:大学生(理系)】

【異世界帰還者】

【主人公】


スキル:

 無し


 ──────



 はい。出ましたステータスウィンドウ。

 ……出ちゃったよね。やっぱり。

 え、心の△ボタンとは何かだって?

 んなもん、心の中でステータスを呼び出すボタンとしか言い様がない。こればっかりは、いちいちステータスオープンとか、呟くのがだるくなってきた人間にのみ分かる感覚だ。

 ステータス開くのにコンマ一秒も掛けてたら普通に死ぬ世界で冒険すると自然に身に付く。


 そして俺はお目当てのモノを発見した。

 称号爛に燦然と輝く【主人公】だ。

 俺が望んだ最後の一つは、この【主人公】の称号を持ち帰ることだった。


 なぜそんなものに拘ったか、という説明をする前に、少し考えてみて欲しい。


 俺は基本的にオタクだし、ネット小説で異世界に行く話なんかもちょいちょい見る。

 そしてその世界の主人公の何割かは当たり前のようにステータスを呼び出したり、ステータスカードで能力値を確認したりしている。


 でも、そもそもステータスってなんだよ。

 なんで異世界行ったらそんなもんが見えるようになるんだよ。

 というかどういう基準で能力を数値化して比べてるんだよ。

 ゲームの世界じゃねえんだぞ。


 俺はそう思っていた。

 しかし、実際に俺も異世界とやらに行って、現実と寸分違わぬ世界で生活し、そしてステータスを眼の当たりにした。

 その異世界にいる時点で十中八九というか、ほぼほぼ確信に至ってはいた。

 異世界を完全に救った褒美として、称号【主人公】の保持を望み、それが叶えられた。

 そして今、恐らくこの世界で生きている人間には使えない、心の△ボタンにより、ステータスの読み込みに成功した。




 異世界はゲームの世界じゃねえんだぞ、という俺の考えは間違っていた。

 というより、逆だ。

 この世界そのものが、俺にとっての現実そのものが、何者かに作られたゲームのような創作物だったということだ。




 俺の想像では、コンピュータゲームかそれに準ずるもの。要するに、俺自身がデータの羅列で作られた『キャラクター』──などだろうか。

 俺の能力が『ステータス』として数値化できることも、レベルという概念で能力が強化されることも、それなら納得できる。


「そして、あのクソ天使がやっていたことも、多少は理解できる」


 神がなぜ、人間を異世界に送るのか。

 それは、娯楽のためだ。

 自分や誰かが作った課題──という名の異世界を、地球という環境で育った『キャラ』にクリア──救済させる。

 その課題を達成するために『人間』が作り出すドラマが、創作者達にとっての娯楽なのだ。

 そういった異世界転移者、あるいは転生者に与えられる能力が『チート』と言われるのも、まぁその通りだ。

 もともとその『人間』が持っていたデータを『改竄』し、持っていなかった能力を付与するのだからそれは『チート行為』といって差し支えない。

 その『チート能力』をどの程度与えるか。どんな能力を与えるか。それらの条件付けで楽しむのもまた、娯楽なのだろう。

 たまに、全くなんの能力も与えられない場合もあるだろう。大抵はのたれ死にだが極稀に生き延びる場合もある。それもまた、娯楽だ。

 超高難度の世界に身一つで放り出された俺が言うんだから間違いない。


 神に腹が立つかと言われればそんな気もする。

 自分が創作物であると確信して、多少のショックもある気がする。

 でも、そんなもの、今の俺にとってはどうでもいいことだ。


 極論を言えば俺達人間が、ゲームを作って、ガチャなんか引いたりして、出てくるキャラに一喜一憂してクエストを攻略するのと、どれほどの違いがあるだろう。

 更に、俺達には自由に思考する権限まで与えられている。

 神が作った環境で好きに生きることを許されたA.I──それが『人間』とも言える。

 作ってくれたことに感謝こそすれ、恨むのは筋違いとも言える。いや、あのクソ異世界に送られたことは欠片も許す気はないけど。


 結局、俺はどっちでも良いのだ。

 自分が創作された『キャラ』だろうが、現実を生きる『人間』だろうが、やる事は変わらない。

 この世界が現実だろうとデータだろうと、俺の感じ方に違いはないんだから。

 そもそも、データだから偽物というわけでもない。

 もし、デジタルな世界が虚構とでも言うなら、デジタルなワールドを旅した選ばれし子供達とパートナーの絆も虚構になってしまうじゃないか。

 そんなもの、認めるわけにはいかない。


 結局、世界の真実がなんであれ、俺は俺が思ったように生きるしかないのだ。

 そして俺には、生きる上で選択の自由がある。

 だから俺は【主人公】の称号だけ、持ってきた。

 それは、俺がこの先『ヤリたいこと』をやるために、とっても合理的だと思ったから。


「そう。俺は主人公なんだ。それも、なんの戦闘能力も持たない一般人だ。警察関係者に知り合いもいないし、オカルト好きの知り合いもいない。そんな人間が主人公になる『ジャンル』なんて一つしかない」


 一般人が主人公になれる創作物の最たる物、それは、ラブコメだ!

 俺は誰も居ない部屋で静かにガッツポーズをした。


「誰が、トラブルの火種としか思えない異世界帰りの能力を望むってんだよ。そんな一般生活に邪魔なものはポイして、現実的な範囲で主人公になる。これだろ」


 龍を殺せる筋力とか現代に持ち込んで何と戦うのって話だ。

 異世界の魔法なんか持ち込んでも、現代でYoutuberおじさんやるくらいしか使い道ないだろ。いや、それならできなくもないが、俺は特にSE◯Aに詳しいわけでもないし。

 ラブコメ主人公に戦闘能力はいらねえんだよ。むしろ半端に持ってた方が、バトル系ラブコメとかになって危ない。最悪伝奇系エロゲーとかになってバッドエンドばかりになる。

 だから全部置いてきた。俺の輝かしい未来のために。

 特に、ネイトに置いてきた特大核爆弾女どもとは、これでお別れと思うと本当にせいせいするぜ。



「ああ、明日から、俺の輝かしいラブコメ生活が始まる」



 そう呟き、俺は帰還した歓びに包まれながらビール飲んで早めに寝たのだった。

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