表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/29

18 やばい、正しいヤンデレヒロインの愛する対象殺害方法が世に出回ってしまう



「というわけで、実はあの銀髪少女は古から目覚めた吸血鬼の最後の末裔だったんだよ」

「二十点」


 大佐は眼鏡をクイっとしながら、辛口評価を呟いた。

 今日はいつものフリースペースではない。講義開始五分前なので、講堂で教授の到着を待っているところだ。

 ユリスがこの世界に現れてから一週間ほどが経過している。気候はかなり秋が深まって来ており、この大学に生えている銀杏の葉も黄色く色づきはじめている。

 余談だけど、この大学の銀杏並木、色づくスピード超バラバラなんだよね。残念だよ。


「まだ納得しないのか。いったいどんな設定なら納得するんだ」

「いやもはやどんな設定でも納得できない自信があるわ」


 と注文の多い一般人、大佐が言う。

 なお、肝心のユリスはここには居ない。バリバリ監視されている視線を感じはするが、本体は家で動いていないはずだ。彼女には一つお願いをしているからだろう。


「じゃあ逆に、大佐はどんな設定をお望みだ? やっぱ、かつて世界を支配した空の王族の末裔とか?」

「あの銀髪美少女が空から振って来たならそれでも良いかもな……はっ、やはり空から舞い降りた天使だった……?」

「降って湧いたって点では間違ってないかもしれんが」


 と、大佐との適当なトークを楽しみつつ、俺はスマホを確認する。

 とあるメッセージに対する返事は、まだない。


「何見てんの? まさかユリスさんからのメッセージ待ちか!?」

「なわけねーだろ、ユリスからのメッセージなんぞ毎秒五通は来てるわ。そうじゃなくてメカクレだよ」

「ああメカクレ……え、毎秒五通?」


 ここ一週間前程から、メカクレは大学に来ていない。

 俺のスマホには、その丁度一週間程前に、少し大学を休む旨のメッセージが届いていた。

 このメッセージはメカクレが俺に気を使ってくれた形ではあるが、俺はメカクレがどこに居るのかを知っている。彼は今、異世界ネイトに居るのだ。


「あいつ、いつ旅行から帰ってくるんだろうな」


 そんな俺の呟きに対して、大佐からは、異世界に行っている友達を心配するには些か暢気な言葉が出た。


「ちょっと唐突だったよな。ポーランド旅行」

「リコリスさんを実家に送り届けて、そのまま観光してくるってな」


 もちろん、ポーランド云々は嘘だ。メカクレの『しばらく大学には行けない』というメッセージを俺が誇大解釈して他の人々に伝えた。

 まぁ、メッセージなんかなくても、あいつらに見られない所で、あいつらが異世界に行くのを俺は見送ってたわけなんだけど。

 どうやら彼らは、見つからない一般銀行強盗を置いて、自分たちの力で問題を解決する道を選んだらしい。俺が丁度事後を覗いてしまったR-18シーンで何かイベントがあったのかもしれない。見てればよかった。

 まぁ、主人公である勇者はメカクレだから、異世界に向かうのは当然の流れだろう。

 え? お前も【前作主人公】として付いて行かなくて良かったのかって?

 勘違いしないでよね。俺はただ、こちらの世界での探し物のせいで、あいつらの異世界行きに間に合わなかった(という設定な)だけなんだからね。


 ここまで来たらわざわざユリスへの頼み事を隠すのもあれだな。ユリスに頼んでいるのは、異世界ネイトに行ったメカクレの存在証明だ。

 こっちの世界からネイトに大きな干渉はできないというが、ユリスならメカクレ一行が無事であるかどうかの確認くらいできる。

 メカクレ、結局武士娘とかその辺と一緒に行ったしな。異世界でハーレム作る前に自前のハーレム持って行くとか新しくない? そうでもない? そっか。

 あと、どうやら『時空渡りの秘法』で世界を繋いだ場合、こちらとあちらの時間はある程度連動するようである。

 ある程度と言ったのは、一対一対応ではなく、こっちの一日があっちの一ヶ月に該当しているらしいからだ。

 つまりメカクレは、七ヶ月はあっちの世界で冒険していることになる。

 それを考慮すれば、あとどれくらいで彼が帰ってくるのかもなんとなく分かる。


「まぁ、あと五日から四週間くらいの間で帰ってくるだろ」

「幅広いわ! プロファイリングのプロかよ」

「失敬な、膨大な知識と経験からもたらされる的確な範囲だというのに」


 あいつの冒険状況とか、現在のネイトの状況とか、敵の存在とか分からんことだらけだけど、まぁ、そんなもんだろう。

 でもちゃんとメシ食えてるかな。ネイト人特有の、旅行者に料理と一緒に薬を振る舞って身ぐるみ剥ぐ強盗に出会ってないかな。

 あれ一度会うと、以後旅先で出会った人からの料理は、一切受け付けられなくなるインパクトあるからな。自前の飲み物だけ飲む忍者の気持ち分かるわ。


「あと栗原、お前もKoutaじゃないんだから、サークルに顔出しとけよ。最近来てないだろ」

「あーおう。ちょっと身辺落ち着いたらな」

「な、てめえ、まさかユリスさんと落ち着かない日々を──」

「冗談でも言って良いことと悪いことがあるぞ大佐ぁ!?」

「お前のキレるポイントやっぱり分かんねえよ!」


 俺の大声に反応して、講堂に集っている学生の視線がこっちを向く。やや恥ずかしい。

 んん、と咳払いをして落ち着いてから、大佐に向き直る。


「とにかく、普段の俺にユリスのことを思い出させるのはやめてくれ。最悪、血の涙を流しながらおしっこ漏らして失神するぞ、俺が」

「眼の前でそんなんされたらトラウマになるわ」


 そう言うんならユリスのことは忘れてくれよ。あれは、嫌な夢だったんだ。

 そんな馬鹿を言い合っているところで、教授が到着したので、俺達は講義の準備を始めるのだった。

 どうでも良いけど、大学の講義九十分って長くない?




「ただいま」

「うむ、帰ったか我が主よ。貴様の用意した贄にも飽き飽きしていたところじゃ。はよう新しい贄を持ってくるがよい」


 俺が家に帰ると、闇の衣をまとった銀髪の美少女が、不遜な態度で俺を出迎えた。


「ユリス、吸血鬼での説得には失敗したからそのキャラやめていいぞ」

「かしこまりました」


 が、俺が一声かけるだけであっという間にキャラ崩壊した。

 何にでもなれるけど、演じているキャラに欠片も執着ないんだよなこいつ。


「俺はこれからバイトに行ってくるけど、なんかあったか?」

「メカクレ様御一行のことでしたら特には。ただ……」

「ただ?」


 いつもなら定時連絡のように流すところで言いよどんだユリス。

 それが気になって続きを促すと、無表情の癖に苛立った声をあげる。


「ご主人様から提供いただいたこの漫画の、とある登場人物が気に入りません」

「ほう、お前にも気に入らないキャラなんて居るんだな」

「この、ヤンデレ、と呼ばれるキャラなのですが」

「なんだ同族嫌悪か」


 ヤンデレとヤンデレが出会ったら基本的に仲悪そうだからな。いや、愛する対象が同じでさえなければ以外と気が合うのかな。

 という俺の思いとは裏腹に、ユリスは言葉を続ける。


「特に、愛する対象を拘束し、あまつさえその命を奪おうとしているここなのですが」

「ああ、そんなシーンもあるよね」

「まず愛する対象に危害を加えている時点で論外、というのは置いておいて」

「置くんだ」


 基本的に危害は加えない系のユリスだから、そういうのが気に食わないのかと思ったが。


「愛する対象を殺害することで永遠に結ばれる、という事象の論理が提示されていません。彼女が魂の管理を任される上級管理権限持ちという設定は皆無であるにも関わらず、なぜそのようなことが可能と考えているのでしょうか。殺害後に彼女が取るべき適切なプロセスを説明もせずに、妄言だけ並び立てていては殺害される側も納得しないでしょう。ここは死後の魂が辿るフローを説明した上で、自身が保有する権限によって魂の確保が可能であり、死後の魂が永遠に自分と共にあるのだという説明をしっかり果たすべきです。そうでなければ、場当たり的な犯行によって双方が不幸になる結果しかありえません」

「流石に目の付け所が違うよね」


 シャープっていうかディープだけど。

 そもそもその漫画のヤンデレさんは、そういう論理的な思考に基づいてヤンデレっているわけじゃないと思うんだ。

 あと、もしそれが説明されてたら普通に納得しそうで怖いんだよお前。


「というわけでご主人様。この他にも似たような資料がございましたら提示をお願い致します。精査の上、この間違った理論が世に出回っているようでしたら、どうにかして正しい愛する対象の魂の取り扱いについてを広めなければならないかと」

「安心しろユリス、それは漫画って言ってな、真に受ける人は居ないんだ」

「? 漫画だから真に受ける人間は居ないという論理は間違っております。それでは、実用書の類を漫画にして、より間口を広める行為なども無意味になります」

「…………」


 漫画だから真に受けるな、は確かにおかしかったか。

 もっとシンプルに言うか。いや、しかし。困った。

 そんな奴現実にはいねえよ、という台詞は、まさに目の前の奴が否定できてしまう。

 やばい、正しいヤンデレヒロインの愛する対象殺害方法が世に出回ってしまう。


「ご安心ください。システム管理権限なしには魂の扱いも不可能でしょうから、このような凶行は間違っていると述べる以外はできません」

「じゃあ正しい凶行は?」

「愛する対象を、ただの一秒も目を離さずに見つめ続け、一挙手一投足に気を配り、愛する対象の全てを理解するのに己の命をかけることです」

「なるほど」


 つまり自己肯定ですねわかります。

 と、いかん、ユリスの妄言に付き合っていてはバイトの時間に遅れる。


「じゃあ、俺はバイト行ってくるから、ヤンデレが読みたかったらその辺あされ」


 俺は本棚の一画を指差す。その辺りは、少年漫画系ではなく、ちょっとエッチな青年漫画系のスペースだ。

 女の子にエッチな漫画紹介するのに抵抗ないのかって? だってユリスだよ?

 昔耐え切れなくて「空気みたいに消えてくれない?」って言ったら「空気になってご主人様の身体に吸い込まれ、内側から一心同体になっても良いんですね!?」とか言って来たあのユリスだよ?


 ユリスに対して、俺がいったいどんな事情を配慮しろと言うのか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ