17 こんにちは、慣れ親しんだ視線の日々
とにかく混乱する頭を押さえて、俺は一時帰宅することに決めた。
大佐への説明は途中だったが、もともと詳しく説明することは不可能だ。大佐が納得する設定を作ってくる約束をして別れた。その時点で納得していなかったのはご愛嬌だ。
モブ子は、良く分からないな。俺というより、ユリスに対してどこか冷たいような、遠くを見るような不思議な感情を向けていた。
もしや、俺という仲の良い男子に女の知り合いが居て、嫉妬と呼ぶには小さ過ぎる仄かなモヤモヤを抱えていたのでは。
やべえな、モブに恋心を抱かせてしまうなんて、俺もラブコメ主人公極まってきたな。ヒロインいないけど。
「ご主人様。ヒロインならここにおりますが?」
「自分のことをヒロインと呼ぶ女はヒロインではない」
自分の事をラブコメ主人公と呼ぶ俺は、自分のことを棚に上げた。
というわけで、現在地は再び俺の家である。
実家を除いて最も俺の心が休まる場所だったのに、今は俺の心に止めをさせそうなとんでもストーカーを招いているなんて、死にたい。
「ご主人様、いつでも死んでくださって構いませんよ。私が蘇生いたします」
「…………それなんだが、俺はこの世界でも蘇生できるのか?」
俺は、ユリスが現れた瞬間から疑問に思っていたことを尋ねた。
うっかり心中で零したかもしれないが、このユリステリアは『蘇生魔法』が使える。厳密には蘇生しているんじゃなくて、直近のバックアップデータを肉体に直接上書きしているらしいのだが、記憶はそのままなので感覚的に違いはない。
たとえその蘇生が、生き返るのを後悔するくらい苦痛であっても、蘇生ができるのとできないのでは大きく違う。
だから、今の俺を取り巻く状況のアレコレを置いておいてもそれだけは、誰の耳にも入らない場所で尋ねる必要があった。
「以前と同様の蘇生はできませんね」
果たして、ユリステリアは少し考えたあとにあっさりとその結論を述べた。
「……そうなのか」
「はい。この世界では蘇生に必要な『世界の情報』が重すぎます。また、生命を改竄するには多少の無理が必要ですが、ご主人様の現在の存在力はその改竄を行うには矮小です。現時点では世界の修正力を鑑みて、以前のような蘇生は難しいでしょう」
あまり期待はしていなかったとはいえ、こうもはっきり言われると落胆はする。
存在力とは、まぁ、仮に勇者が死んだとしても『あの人は勇者なんだから死ぬ筈がない』と、世界に無理を通し、その無理を現実とするのに必要な力のようなものだ。
一般人では『まぁ、死ぬときは死ぬよね』ってなるから蘇生が難しいって話だ。
ユリスは、かのネイトにおいて俺の最終的な防衛ラインの役目も持っていた。どれだけ厭うとも、ユリスに蘇生をされた経験は数え切れない。だからこそ、俺はこいつを嫌い切ることもできないのだが。
そして、ユリスが言う言葉に嘘は一切含まれない。言わないことはあるかもしれないが、言ったことは全て真実。ユリスが蘇生を難しいというなら、それは真実なのだ。
ユリスが居ることで存在するはずの保険が一つなくなっただけだ。つまり、俺がストーリー上で死に気をつけなければならないことに変わりはない。
「あー、それで、もう少し聞かせてくれ」
「はい。ご主人様の聞きたいことでしたら、なんなりと」
気持ちを切り換えて、俺はユリステリアに対して抱いていたある程度の疑問を解消する。
「まず、お前は『ネイトで何回俺に出会ったユリステリア』だ?」
何回出会った、なんて普通の人間に尋ねたら意味が分からずポカンとするだろう。
だが、ユリスは質問に、正確に答える。
「『十二万五千七百九十三回目』の私です。ご主人様」
「つまり、俺の記録にある最後のお前か」
「はい」
その回答に俺は、このユリスが自分のイメージと同一の存在であったことを確認した。
ああ、何を言っているのか分からないかもしれないから、言っておく。
先程の回数は、俺が『真性・ネイト』を攻略した回数だ。
つまり俺は十二万回ほど、魔王を倒して世界を救っている。
多分想像できないと思うけど、一回の魔王討伐におよそ数ヶ月から十数年かかるから、俺が異世界ネイトで過ごした時間はトータルで五十万年を越えているってところか。
な? 俺が数え切れないほど発狂したのも分かってもらえるだろう? そして、そんな記憶を全て捨てた理由もまた分かってもらえると思うが、どうだろうか。
ユリステリアが仲間(というか所持品)になった時点で、俺はゾンビアタックによる異世界攻略が可能になった。
そして、それが可能になったから、俺は異世界の完全攻略でしか地球に帰ることができなくなったのだ。
あの詐欺クソ天使に騙されて俺が交わした契約は『死ぬか、完全攻略すると地球に戻れる』というものであったからな。『死ねない』なら『完全攻略』するしかない。
逆に言えば『真性・ネイト』を『完全攻略』するには、十二万回ほど世界を救う必要があったってわけだ。周回前提の実績設定した創造主死ねよ。
あと『全てのイベントを踏む』って条件とかも、ほんとふざけ過ぎだからな。
なんでタネも仕掛けも分かってる馬車に詐欺られるために、乗らないといけないんだよ。
ついでに、このユリステリアは、俺が規制版『ネイト』を攻略した時以外の『十二万五千七百九十二回』も俺の仲間(というか所持品)になっているといえば、異常さが理解して貰えるだろうか。
ストーリーは必ずしも同一ではない。あるとき仲間になった人物があるときは敵になり、またあるときは出会う前に死んでいることもある。
その中、ただの一度の例外もなく、俺の仲間になっているのがこのユリスだ。俺がどれだけ発狂したとしても、必ずな。
そもそもこいつも記憶だか記録を周回時に持ち越しているようなので、俺と同じく50万年は生きているはずだ。その間中ずっと一貫して俺をご主人様だの所有者だの言っているわけだ。
元から発狂しているみたいなものだが、それでも精神を疑うね。
「…………」
「……?」
とはいえ、この場に最後の周回のユリスが居るというのは、俺でも知らない『攻略後の世界』を知っているということではないだろうか?
いくらクソだクソだとは言っていても、気に入っていた人間だってゼロじゃない。
だから、それとなく尋ねてみた。
「あー、なんだ。魔王が居なくなってから『月虹の国』は、どうなった?」
「滅びました」
「ふぇ!?」
ほ、滅びたの?
あれ?
「じゃ、じゃあ、騎士団長の隣の家に住んでた爺ちゃんはどうなった? 城の小間使いのガキンチョは? お前の妹はどうでも良いけど、その妹の付き人やってた女中さんは?」
「全員死にましたよ」
「!?」
エエ!? ナンデ!? ナンデッ!?
ちょ、ちょっと待って。どうしてそうなった?
魔族との完全和平協定を結んだし、ほとんど全ての国家を実質的同盟状態にまで持って行って、流石に俺が居なくなっても早々戦争にはならんだろってがんじがらめにしてまで『完全攻略』したんだぞ。
それがどうして、そんなあっさり滅んだ!?
「なんでそうなった? 戦争か?」
「いいえ」
「大飢饉か?」
「いいえ」
「自然災害、あるいは魔族の協定違反?」
「違います」
「じゃあ、なんで滅びた?」
尋ねられたユリスは、表情を一切変える事無く、悪戯に成功したみたいな声音で言う。
「国家の老化による自然消滅です。内乱とまでは行きませんが、緩やかな革命により王国は滅び、民主国となりました」
「…………さっきの人々の死因は?」
「老衰ですが」
……………………。
「お前、俺が世界を救った何年後から来た?」
「千年から先は数えておりません。算出いたしますか?」
「結構だ」
そりゃ滅びるわ。千年以上、というか下手したら万年単位で継続する国家などそう
あるものか。
そしてそれほど生きる人間もまた居ない。ユリスは人間とは言い難いからノーカンだろう。
ユリスの正体を厳密に俺は知らない。が推測ならできている。
彼女は、異世界ネイトを作った存在が世界の管理調整のために用意した端末──下位の『神様』だ。
端的に言えば、世界の創造主や、その世界を直接管理している上位の神が世界の管理をする為の、『神託』をもって奇跡を成すための、神の代弁者の役割を持った存在だ。
つまり転じて、人として生まれながら世界のシステムに干渉することも可能な存在。
本来は、自我を持ってその辺に干渉してはいけない存在だろう。
それが何故かバグってて、俺に対して好感度振り切っているから、こんなんなんだが。
「先程上げた方々も、ご主人様との思い出を時折懐かしみながら、安らかに死亡したものと記録していますよ」
「しばらく見ない間に、ずいぶんと冗談が上手くなったもんだな、ユリス」
「心外です。私はただ、与えられた質問に正確に回答しただけです」
こいつ、ネイトのクソ人類みたいな詭弁を。
だが、それはそれとして一つ気になることもあるな。
「俺の体感では、最後の決戦から一年も経っていない。なぜお前の体感時間とそんなに差がある?」
「原因は三つ考えられます。一つはこちらの時間とあちらの時間がランダムに繋がっているため。一つはこの世界とネイト世界のシステム時間が同一ではなく。あちらの過去がこちらの未来、またはこちらの過去があちらの未来となっているため。一つは、ご主人様が地球に戻った際『それまでネイトに滞在した時間』分の地球の時間も遡り、これにより、数万年以上の時差が生じたため」
「確定できるか?」
「地球を管轄する世界システムへの上位管理権限が必要なため、現時点で確定はできません」
原因は何も分からんが、とにかく、地球の時間と異世界ネイトの時間を同じように考えない方が良いってことは分かった。
「それじゃ本題だ。現在の俺の称号は確認できるな?」
「はい。【前作主人公】となっております。つまり【前作ヒロイン】である私と魂レベルで結ばれる運命にあることは自明の理では?」
「ふざけたこと抜かすな俺は認めない。で、現在俺の親友の『メカクレ』を【主人公】とした、ストーリーに組み込まれている可能性が高い。ストーリーの確認や、その他周辺状況の確認は可能か?」
「不可能です。先程と同様上位管理権限が必要となります。また、私自身がそのストーリーに組み込まれている場合は、権限を有していても情報開示できない可能性があります」
「お前の記録の中で、メカクレ達がネイトに向かった記録は存在するか?」
「現在私が保有している中には存在しません」
ちっ、ズルはできないか。
俺が何をしたかったかと言えば、メカクレ達のストーリーの『ネタバレ』を知りたかった。
そしてあわよくば『ストーリー』を改竄し、俺の関わる未来を消したかった。だが、それはこのユリスにも無理だという。
ユリスが本当に覚えていないだけなのか、それともこのユリスが存在していたネイトと、メカクレ達のストーリーが発生しているネイトは、また別の世界なのか。
端的に言えば、今ストーリーが流れているネイトが、俺の救ったネイトを雛形に創作された世界の可能性があるということだ。
「現時点で開示できる情報はあるか?」
「少々お待ちください」
そしてユリスは再び虚空を見つめるモードになった。
そこからポツリポツリと情報を漏らすが、要約するとこんな感じだ。
・ 現時点で、地球で進行中のイベントは複数あるが、ここに魔王が存在する可能性は低い。
・ メカクレ一向がこの世界と異世界を行き来している様子はない。
・ 即座にネイトを滅ぼすような魔の存在はここから感知できない。
・ ただし、その可能性を秘めた存在なら、メカクレのストーリーに関わると断定はできないが複数存在する。
・ しかしその存在は曖昧。確定するには世界へのハッキングが必要。
・ 命令されれば、ハッキングを行う。対価を求める。
「では対価を」
「いや良い。ここまでで十分だ」
「では対価を」
「…………」
「ご褒美を」
労働には報酬が必要か。
「はぁ……よしよし」
俺はため息を吐いてから、ユリスの頭をおざなりに撫でた。
「あぁ……命に触れております。ご主人様、私の虹。命の音がします」
「褒美が安上がりなのは、お前の数少ない長所だよ」
そう言ってすぐに頭を撫でる手を放すが、ユリスは余韻に浸っている様子で恍惚としていた。
さて、ユリスが想像以上に情報を持っていなかったため、現状は変わらない。
だが、こいつが有効活用できるとなれば、俺のやる事が一つ減る。
「最後に命令だユリス。この先、メカクレ一行の監視を頼む」
「お安い御用ですご主人様」
言った直後には、ユリスの眼前に四角い枠が現れる。そして即座に、メカクレとリコリスさんの姿が映った。
軽く上気した空気に、頬を染めるリコリスさんが布団に包まれており、隣には裸のメカクレの姿が……。
って、事後じゃねえか! 俺探ししないで二人で何やってんだ。いやナニやってんだけど。
「アホ。俺に見せなくて良い。とりあえず、あいつらのストーリーで異世界に関わる動きがあったら教えてくれ」
「かしこまりました」
ふっと消える二人の映像。しかし、リコリスさんって以外と着やせするタイプなんだな。
そう思うと、こう、ムラムラとするものが。
「大丈夫? おっぱい揉む?」
「ありがとうユリス。おかげで冷静になれた」
どんな興奮状態であってもユリスのことを考えるだけで、血の気が引く。
ユリスは無表情だがどこか不服そうだ。当然無視する。
「さて、お前の当面の住処についてだが」
「ご主人様と同じ布団で大丈夫ですよ」
「俺が大丈夫じゃねえんだよ。毎晩金縛りに合わせるつもりか」
まだオオアリクイと一緒の布団に入った方が心臓に優しいよ。
「……隣のモブ子の家にデリバリー、というのは」
「拒否いたします。私はご主人様の所持品であり、私の居場所はご主人様の側です」
「いやほら、隣だったら側みたいなもんじゃん」
「拒否いたします」
知ってたけど出て行ってくれねえよなぁ。
こいつ俺の所持品とか言ってくるくせに、普通に俺の命令拒否ってくるのなんでなの。
仕方ない。異世界時代にやっていたあの作戦でいくか。
「ユリス。箪笥の隙間と本棚の隙間、好きな方選んで良いぞ」
「では本棚で。『ゾーンアイデンティティ』」
言うと、ユリスの身体がふっと消える。代わりに、本棚の本の隙間から強烈な視線を感じるようになる。
これこそ、白魔導士とネクロマンサーと、あとヴァンパイアとかその辺の融合。
ネクロマンサー的秘奥義により、自身を肉体と精神の狭間の存在に置換し、どんなところにでも忍び込むスキル『ゾーンアイデンティティ』だ。俺は『妖怪隙間女の術』と呼んでいる。
この状態だと通常は精神系の攻撃に無力になるのだが、ユリスは無敵なので弱点はない。
それを用いて、ユリスは世界システム的に俺と同行できないシーンにおいても、俺を監視することに成功した。
そして俺は、強烈な視線以外はユリスの存在を感じなくて済むという、二人にとってウィンウィンの関係である。
ほんとこいつ頭おかしい。
「……疲れたし、寝るか」
さようなら、心休まる快眠の日々。
こんにちは、慣れ親しんだ視線の日々。