16 絶世の美少女だろうがなんだろうが、情緒不安定なストーカーヤンデレはきつい
「え、どゆこと?」
「つまりそういうことだ」
「ごめん、全く意味が分からない」
明らかに困惑した顔のモブ子が、俺の腕に引っ付いたまま離れないユリスを指差しながら言っていた。
現在地は未だに大学生協のフリースペースであり、このモブ子は、さっき飲み物を買いに行って、そこから帰って来たところである。
モブ子を置いてさっさととんずらしても良かったんだが、彼女の荷物は置いたままだし、大佐は精神障害受けたみたいにぼーっとしてるしで憚られた。
まぁ、ユリスが召喚されたインパクト消去のために、本当に精神障害起こしてるからしょうがないね。周囲一帯を『マインド・コンフュ』で。くいっとね。
「一応紹介するか。彼女は俺の──従兄弟の祖父の海外に移住した兄妹の、伴侶の姉妹の遠い子孫のご近所さんがお世話になった恩師の孫娘のユリステリアだ」
「絶対他人じゃん」
「他人だよ。そういうことにしといてくれよ」
少なくとも、人間の形をした呪いの装備なんです、というよりはまだ理解できるだろう。
それとも正直に『バグった神様が俺の所持品になった状態』とでも言うか?
断言するが、俺の頭が愉快なことになっていると疑われるね。実際に愉快なのはユリスの方なのにさ。
「ご主人様。私はどこに居れば良いですか?」
「とにかく、まず、そのご主人様ってのをやめろと、俺は出会う度に言っている」
「では、今回は何とお呼びすればよいでしょうか?」
無垢な瞳でじっと見つめられる俺。
この場面をご覧のプレイヤー様、または視聴者様、もしくは読者様方の中には、絶世の美少女に特別な呼称で呼ばれることに、過度の興奮を示す方もいらっしゃるかもしれない。
俺自身、実を言えば『お兄ちゃん系』の呼ばれ方にはそこはかとなく興奮する。
が、俺はユリステリアに対してそこまでの熱意を持てない。
ので、ぱっと思いついた単語を口走った。
「にんにく」
「かしこまりました。にんにく、にんにくに対して私はどのように接すれば良いでしょうか?」
「にんにく農家の人が、丹精込めて育てたにんにくに語りかける感じ」
「ようしようし。分かる、分かるぞぉ、にんにくの言っていることが。分かった分かった、しっかり愛情込めて接してやるからなぁ。ようしようし」
な、こいつ頭おかしいだろ?
さっき無垢な瞳をしてた奴が、今はにんにくを慈しむ目で俺を見てるんだぜ?
ついでに、こいつに対してはどんな呼称を用意しても対応してくる。しかし、どのように接すれば良いかという質問に対して『俺を無視しろ』、『俺に構うな』、『俺を見るな』、『俺の視界に二度と入るな』、『なんでも良いから放っといてくれ』などを願うと。
「エラー。行動パターンに該当するサンプルが存在しません。『俺を無視しろ』の類似系として『俺を無視することなく常に視線を送り、全身全霊を込めて輪廻の先まで愛し続けろ』なら実行可能ですがいかが致しますか?」
とかいう返事を真顔でしてくるから、本当に頭おかしい。
俺と距離を取るように願うと、だいたいさっきのパターンになるので、俺は諦めて適度な関係をお願いするようにしている。
なお、代替として提案されたパターンを試したことはない。マジで輪廻転生しても追いかけてくるの? 輪廻の先の涅槃でも魂休まらないの? ストーカーレベル高すぎない?
「にんにくは冗談だ。『あまり会った事の無い、遠い親戚のお兄ちゃんと距離を測りかねている女の子』って感じで対応してくれ」
「『あまり会った事の無い、けど昔から実はずっと大好きだった、遠い親戚のお兄ちゃんと、距離を詰めようとしている女の子』だよね、お兄ちゃん」
「肝心な部分が違うんだよなぁ……」
俺の一番汲んで欲しい部分がごっそり置き換わっているんですよね。
「だったら、どこを治したら良いのか教えてよお兄ちゃん!」
「頭とか?」
「えっと、じゃあ『あまり会った事のない』の部分を『ずっとご近所に住んでて』に直せばいいってこと、だよね?」
「ただの幼馴染になるじゃねえか。俺の子供の頃も知らねえのに幼馴染ポジションに収まろうとするな」
俺が論理的苦言を呈したところ、ユリスはきょとんと俺を見つめ返して来た。
「なに言ってるのお兄ちゃん? ずっと一緒だったんだもん、お兄ちゃんのこと、世界で一番良く知ってるのは私だよ? この世界に生まれて、一番最初にお兄ちゃん関連のログ全部確認したもん。お兄ちゃんが最初に喋った言葉も、初めて好きになった人も、昨日の夜のオカズだって何でも知ってるよ? そもそもどうして私を置いてこんな学校に入ったの? 私とずっと一緒に居てくれるって言ったの、嘘だったの? 違うよね? 私、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと、お兄ちゃんと会いたかった。お兄ちゃんと会うのをずっと待ってた。待って待って待って待って、ずっと私を呼んでくれるのを待ってたの。百年だって千年だって、何兆年だってずっと待ってたんだよ? それなのにどうして、私のこと知らない人みたいに言うの? 私のどこが悪いの? 言ってよ、なんでも直すから。だからお願い私のことを見捨てないで、お兄ちゃん?」
「いきなり妹系ヤンデレ幼馴染になるなよ、こええよ」
ああ、やばいやばい、なんか知らないけど俺の想像以上にバグってやがる。
いや、まぁ、俺がこいつをネイトに置き去りにして、ちょっと時間が経っているせいなんだろうけど。でも、このテンションの落差とか割とユリスのデフォだからな。
絶世の美少女だろうがなんだろうが、情緒不安定なストーカーヤンデレはきつい。
「ユリス。ニュートラルに戻れ。それで暫く待機」
しかし、どれほど暴走状態に見えたところでユリステリアの本質は変わらない。
俺が一声かけるだけで、感情がごっそり抜け落ちた様子で無垢な瞳に戻る。
「かしこまりました。ではニュートラル認証のキスをお願いします」
「そんな手順無かっただろ」
「ちっ」
「無表情で舌打ちすんな」
無垢な瞳に戻ったけど、何故か俺への好感度が振り切っているところは変わらないんだよな。
そして俺への愛情表現に、自分の気持ち以外の一切の事情を考慮しない。
ほんと、顔が良いから俺もギリギリ自分を保っていられるが、そうで無かったらこいつが現れた直後に失禁しながら失神してるぞ。さっきしなかったのが奇跡と言っても良い。
「とまぁ、こういう奴なんだモブ子。ちょっと頭おかしいけど、基本的に俺以外には無害だから気にするな」
「ええと……この人を気にするなとか、今世紀最大の高難易度ミッションなんだけど」
「大丈夫だ。普段お前が人からされていることを、お前がやり返すだけだ。簡単だろ?」
「さりげなく人から無視されてるって言われてない? 新手のいじめ?」
と言いつつ、モブ子は意識してユリスを無視しようと試みているらしい。とりあえず視界からユリスを外すことに成功している。わりとすごい。
俺が今まで知り合った人間の中で、本当にユリスを気にしないで居られる人間がこの世に居なかったからな。
と思っていたあたりで、周囲の人間が身じろぎはじめる。
「……うん? あれ、俺は?」
同じ席に着いていた大佐もまた、周囲と同じように意識を取り戻したようだ。
大佐はパチパチと眼鏡の奥の目をまばたきさせる。
「大丈夫か大佐? いきなり『バスコダガマの再臨を赤道直下で待つ!』とか言って気絶したから心配したんだぞ」
「え? 俺そんなこと言ってた? なんか銀髪の超絶美少女な天使が天界から舞い降りて、あまりの神々しさに気絶したような気がしてたんだけど」
「どうやら視神経か脳のどちらかに異常があるらしい。とりあえず今日はバスコダガマのことは忘れて家に帰るべきだろうな」
「いやバスコダガマって誰なんだよ」
「そこはちゃんと勉強しとけ」
ちなみにバスコダガマはインド航路を開拓し、ヨーロッパに安価な香辛料をもたらした歴史の偉人である。赤道とは何の関係もない。
うーん、と唸りながら大佐は周囲を見渡し、ずっと無表情で黙っていたユリスを見つける。
「いるじゃねえか!? 銀髪美少女!」
そう叫びながらユリスを指差す大佐。
「何が居るって?」
「いやだから、そこに、天界から降臨した天使としか思えない、超絶銀髪美少女が」
「俺の目には何もないな。やっぱり病院に行った方が良いんじゃないか?」
「え? えー?」
大佐は首を傾げながら、恐る恐るユリスに手を伸ばす。
が、触れる前にユリスに手を叩き落とされた。
「ごあ!? や、やっぱり居るって!」
「いや、何虚空に伸ばした手でクロールしてんの? 次元水泳の練習?」
「いやそんな動きしてなかったよね? 本当は栗原も見えてるんだよね?」
大佐が必死すぎてウケる。
俺はちらりとユリスの方を見る。
「ご主人様。私はいつまで待機状態を続ければ良いのでしょうか?」
「お前はずっと黙ってろ。大佐を誤魔化すまで待機していればいい」
「かしこまりました」
それから大佐に向き直る。
「やっぱり何も居ないじゃないか」
「明らかに会話してただろ!? お前ちゃんと説明しろよ! ご主人様ってなんだよ!」
ちっ、そこまで期待はしてなかったけど、やっぱり誤魔化せないか。
俺は観念して、とりあえずモブ子にしたのと同じ説明を試みた。
これでモブ子は気にしない方針を取ってくれたが、どうだ?
「いやお前、それで納得しろって無理に決まってんだろ。そもそもお前がこの子とどうやって知り合ったとか、なんでご主人様って呼ばれてるのかとかなんにも分からねえよ」
モブ子と違って大佐は何一つ納得してくれなかったようだ。
彼は普段俺がメカクレに向けているのと同じ目で俺を見てくる。つまりモテる男への嫉妬に狂った目というわけだな。
ユリスは確かに見た目だけは引く程可愛いから、一切喋ってない今の状態ならそう思えるのも分からなくもない。分かりたくもない。
とはいえ、俺自身、大佐の疑問に対する答えは持っていない。
「でもな大佐、俺にも分からないんだ。道端でばったり出会ったときにその辺に生えてた花を一輪プレゼントしたんだけど、その時は普通に塩対応されただけだ。で、次に出会ったらもうこうなってた」
「なわけあるかよ。その花は麻薬か何かか」
「いや、数十年研究を重ねた結果、なんの麻薬成分も含有してないただの植物であることは確認している」
「お前何歳だよ」
永遠の十七歳だよ。あでも、十七だと酒飲めないじゃん。永遠の二十歳にしよ。
「いやでも、ほんと俺にも分からねえんだ。気付いたらこんな状態になってたし、その原因を尋ねても意味不明だし、そもそも頭の中も意味不明だし、なぁ大佐、俺、一体何をやっちゃったんだ?」
「知らんけど、少なくともこんな銀髪美少女の知り合いが居るのに、ヒロインとの出会いがないとかふざけたことは喚いていたな」
え、だってユリスってどう考えてもヒロインじゃないだろ。
ちょっと顔が良くて、この宇宙の全てを敵に回しても一ダメージも負わない謎のパッシブ無敵を持ってて、回復魔法が回復の域を超えて生死すら思いがままの、白魔導士とネクロマンサーを七対三の割り合いで混ぜたような性能してるけど、ヒロインではないだろ。
というか無敵持ってるヒロインとか嫌過ぎるだろ。どんなヒーローだってそんなヒロインは守りがいがないよ。守る必要もないけど。
敵さんだって、無敵持ってて一切手が出せない蘇生持ちのヒーラーとか悪夢過ぎるだろ。
まぁ、それで一番悪夢を見たのは俺だし、ユリステリアの存在こそ『真性・ネイト』に縛られた諸悪の根源だから、ヒロインどころか一番の怨敵と言っても良い。
と思いつつ、悪い予感がしたのでさりげなく『鑑定』を起動してユリスを見た。
ついでに、他の人間にするようなプライバシーの配慮はユリスに限っては一切しない。プライバシーを侵害されているのは常に俺の方だから。
さて、俺の記憶では【月虹の聖女】だったし、それ以外の称号は【月虹第一王女】とか【世界システム管理凍結者】とか【生殺与奪】とか【死神の死神】とか【セーフティヘルモード】とか【勇者の所持品(愛を込めて)】とかそんなんばっかり──いや最後のなんだよ、もう意味わかんねえよその愛。
とにかく、こいつが今どんな存在なのか、心を強くもって確認しなければ。
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【前作ヒロイン】 ユリステリア・スゥ・アルストロメリア
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「お前ふざけんなよっ!?」
「はい。私の愛は常にご主人様とともにありますので」
今は所持品に突っ込んでんじゃねえんだよ。
つうか勝手に心読むなって何万回言ったと思ってんだよ。