15 俺のパーソナルデータちゃんに無許可で入ってこないで!
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俺はこれまで極力、異世界での出来事を思い出さないようにしてきた。
そうしなければ俺の精神が保てないからであったが、同時になんらかのトリガーを踏む事を怖れていたからでもある。
しかし、無意識の形でそのトリガーを引いてしまった。
それならば、嫌でも俺は、説明をしなければならないだろう。
それをしなければユリステリアの存在は、理解できない。
……まぁ、したところで理解できるとは限らないのだが。
前にどこかでちらりと言ったかもしれない。『人間と世界はいつ生まれたのか』と。
そもそも、この地球を含めた世界群には、大きく分けて二つの種類がある。
それは『発生世界』と『創作世界』だ。
ここ地球を含めた『発生世界』とは、創造主が最初に種を蒔いた以降は、基本的にその世界に干渉を行わない世界のこと。
この『発生世界』に干渉するには、かなり複雑な手続きが必要らしく、また、創造主やその他神々が『発生世界』の住民の行動を完全にコントロールすることはできない。
特に地球は、過去に幾度かの干渉を行いはすれど、ここ数千年ほどは全く手を付けられていない珍しい世界らしい。
聞いた話では、いくつもの『創作世界』のひな形として、人種や言語、文化などのデータごと利用されているとか。
ここまで言えば分かると思うが『創作世界』とは、文字通り、創造主が成り立ちや歴史、人類種や文化なども含めて創作した世界のことだ。
世界五分前仮説というものがある。この世界は五分前に作られたものであり、五分前以前の記憶などは埋め込まれたものだ、といった説だが、『創作世界』はそれがそのまま当てはまる。
とはいえ、膨大な世界の情報を一から全て手作りするのは創造主といえど楽ではない。
だから『発生世界』をひな形にして、そこに自分の求める『人種』や『魔物』、『魔法』や『大陸』などのデータを適宜入れ込んだ世界を作ることが多いという。
異世界にも関わらず、伝説の武器だの魔物の名前だのが、地球の神話関係の名前と共通だったりするのも、この辺の影響。
以前、異世界ネイトから来たレッサー四天王がスーツを着ていたが、それもこれが原因だろう。ネイトは『地球』をモデルにした『創作世界』の一種だから、あの世界にはスーツという衣服文化が存在しているのだ。
そして『創作世界』は、『発生世界』とは違い、やり直しが容易だ。
『発生世界』は誕生から数千年どころか数億年が経過しており、もう一度同じ世界を一から作り出すのはほぼ不可能と言っても良い。
しかし『創作世界』は、その出来上がった世界が始まりなので、もう一度と言わず、何度でも同じ世界を始めることができる。
また『発生世界』とは違い、創作時点で『ストーリー』を世界に設定することもできる。
その『ストーリー』ごとの難易度を『攻略難易度』とし、創造主達の中では、特に難しい世界を攻略させる遊びが流行っているのだ。
即ち『地球』から無作為に選んだ人間を、適当な『異世界』に送りだし、その人間が『ストーリー』を攻略できるかを観察する、というのが創造主連中の流行の娯楽なのだ。最近は現地人をそのまま主人公にすることもままあるみたいだが。
日本でそういった類のネット小説が浸透してきているのも、裏側に創造主たちの思惑が絡んでいると思える。
そういうのを知っている人間を増やしたほうが、騙しやす──受け入れて貰いやすいからな。
ついでに、そういった小説において、無作為に選ばれる人間に死人が多い理由は、生きている人間より死んだ人間を拾ってくる方が、手続が簡単だからだ。
生きている人間の場合、地球に影響を及ぼさないために守るべき手順が膨大にある、一方死人の場合は今後地球と関わらないので好きに拾ってこれる。
『手違いで殺してしまった』とか、適当な理由を付けるわりに『元の世界に戻せない』とか言うのは実はその辺が大きい。だって死人を生き返らせる権限ないからな基本的に。
とはいえ『発生世界』でどのような人間が死ぬかは基本ランダムなので、奴らの間では異世界に送る『人間ガチャ』と……いかん、これ以上は怒りで頭が沸騰しそうになる。
その点だけで言えば、生きているうちに転移させられ、異世界に永住も、元の世界への帰還も選ばせてくれたとこだけは、俺を選んだ創造主のマトモな部分だろう。
さて、ここまでが簡単な世界の成り立ちと、少なくとも俺が知っている『異世界召喚』の現実だ。
そして、既に述べたように異世界ネイトは『創作世界』である。
異世界ネイトにまつわる人物は、総じて『バックアップ可能な人類』に属している。
これについて突き詰めるのは、俺の精神にひどく大きなダメージを与えかねないが、あえて言わせて貰う。
基本的に、ネイトの人間の命は軽い。
これは、俺から見た主観でもあり、同時に、創造主達から見た紛れも無い事実だ。
異世界ネイトでどれだけ人と繋がっても、悲劇的な結末を迎えても、お互いの命をかけて殺し合ったとしても。
『次の周回』では初対面に戻っているというのは、俺の精神にダメージを与えた大きな要因だ。
そう、異世界ネイトには大きく分けて二つの『バージョン』があった。
それが『ネイト』と『真性・ネイト』だ。
これの違いについて、詳しく話すのはまた別の機会にしよう。
一度に説明したい気持ちはあるが、何度も言うように俺の精神が保たない。
言い訳にしかならないが、ネイトの全ては俺を幾度となく発狂させるに足る破壊力を持っているから、極力思い出したくない。
だから肝心なことだけを言う。
あえて誤解を怖れず言うが、異世界『ネイト』は、異世界系ネット小説を読んだ時にまあまあ現れる『主人公に都合が良い異世界』である。
主人公に好意的な人物や、ただ倒されるために居るような敵役。主人公に簡単に理解できる魔法の仕組みや、いとも容易く見つかる貴重な装備や貴重な資源の数々。
そういった、良く言えば純粋な、悪く言えば単純な要素で構成されている。
対して『真性・ネイト』は、そういった『主人公補正』的なすべてを取っ払った世界だ。
いや、正確には『真性・ネイト』を誰にでもクリアできるように、難易度調整を行ったものが『ネイト』だったのだ。
だから『ネイト』ではどんな人間がどのように動いても、用意されている『ストーリー』が展開されるようになっている。
主人公の行動が、どうあっても主人公のプラスになるように設定されている。
強固に舗装された道以外は歩けず、されどその道が幾重にも別れているから自由に歩けていると勘違いさせる世界だ。実情はまさに規制された箱庭の中の自由なのだ。
対して『真性・ネイト』では、そういった規制が一切ない。
規制解除というと聞こえは良いが、主人公に有利な部分はあまりない。
まず『敵側の能力規制』が解除され、魔王が本来の力を取り戻し、魔王の配下、周辺の魔物のステータスが大幅に向上する。それに伴い魔族の勢力圏が正しい配置に変更される。
魔族の方が基本的に強いんだから、人間と魔族の力関係に正しく基づいた勢力図に描き変わるってことだ。
イメージし辛かったら、始まりの街はすでに崩壊している所からスタートして、伝説の装備の伝承が人間側から全て失われているのが基本のRPGって思っておけば良い。
敵側の遺跡の中で痕跡が見つかれば良いけど、俺が敵だったら伝説の装備ごと抹消しようとするね。俺がそう思うってことは、もちろん相手もそう思うってことだ。
次に『人格規制』が解除され、人類範疇種族の『良心補助』および『悪心規制』が取り除かれる。
端的に言うと、善人が減り、ほとんどの人類の性格が悪くなる。というか、頭お花畑のまま、圧倒的強者の魔族に対抗なんてできるわけないからな。その分ずる賢くなる。
人間のほうが狡猾でないと、より力のある魔族に滅ぼされていないというのもおかしな話になる。当然の帰結だろう。
そのせいで、基本的に勇者だってバレると人間に売られる世界が誕生するわけだが。
勇者に協力するより魔族に媚び売った方が良い生活できるだろうからな。
先程の話に少し関連するが『悪印象規制』も解除される。
簡単に言えば、こちらの行動を好意的に解釈してくれる、無意識の世界の補助が消える。
初対面の人間が好意的に接してくれることはほとんどなくなるし、変なことを言っても好意的に捉えてくれることはまずなくなる。
変人奇人の類と認定されたら、最悪殺害計画を練られるくらい好感度下がるから、言動には深く注意する必要がある。
例えば、どれだけ天才発明家だったとしても、この世界をゲームだと思って言動するような奴がいたら普通に引くだろ? そんな奴を好意的に思うか? つまりそういうことだ。
その他、細かなところを合わせて数えきれないほどの規制が解除されるが、それら全てを説明するのは面倒なのでしない。
それでも一つだけ、最後に一つだけ言わせてもらうとするならば。
その『真性・ネイト』では、規制によって『好感度が変動しない』ように調整されていた、複数の人物の好感度固定が撤廃される。
そう、難易度調整された世界で『好感度が変動しない』ように調整された人物だ。
そいつらの好感度が『上がってしまう』と考えたら、それは大変なことになると分かるな?
その規制される人物の筆頭こそが『ユリステリア・スゥ・アルストロメリア』なのだ。
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大学のフリースペースには結構な数の人がいる。
それらは、基本的にはお互い関わりのない人間達であり、共通の意識など持たない。
それでも、目の前に現れた絶世の美少女に対しては、注目するという共通のアクションを選択するようだ。
かくいう絶世の美少女は、俺ではなくぼうっと虚空を見つめて呟く。
「システム同期開始。スーパーユーザー権限でデータコンバートを実行。コンバートエラー。オブジェクトIDの重複を確認。対象『栗原四季』の所持品へのコンバートに失敗。原因調査開始。世界システムの代理管理者権限取得に成功。対象『栗原四季』のパーソナル参照。該当世界システム変数の読み込みを開始。周辺情報の参照開始。参照終了。該当箇所に不自然な修正を確認。システム改竄開始……………………………………………………改竄終了。対象『栗原四季』のパーソナルデータ変更に成功。これより再コンバートを実行します」
怖い怖い怖い怖い怖い。
どれほど絶世の美少女だったとしても、謎の虚空を見つめながらそんなん呟いてたらあまりにも怖過ぎる。せめて無言でやるくらいの思いやりを持て。
そして、発言内容が不穏すぎる。ずっと真顔なのも不穏過ぎる。
何をやっているのか、なんとなくこれまでの経験で推測できるのが不吉すぎる。
なんで俺の与り知らぬところで俺のパーソナルデータとやらが変更されてんの? ねえ、なんで? 何をしてんのねえ?
なんのために俺が世界を救った報酬に『ステータスの初期化』を願ったと思ってるの? 失敗してたけどさぁ!
「ご安心くださいご主人様。この世界の規格に合うように私自身のデータを書き換えた上で、ご主人様のパーソナルデータに挿入しただけです」
やめて! 俺のパーソナルデータちゃんに無許可で入ってこないで!
という俺の気持ちを差し置いた謎の宣言に、俺はノータイムで心の△ボタンをプッシュです。
レベル上限やステータス情報なんてどうでもいい。スライムにでも食わせとけ。
今までの経験上、というか最初から、ユリスの狙う場所なんて一つだ。
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【前作主人公】 栗原四季
(中略)
所持品:
E【ユリステリア・スゥ・アルストロメリア】
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「はい、ご安心ください。私ユリステリアは、いついかなる時でもご主人様から離れることない『所持品』のままでございます」
と言って『装備された状態で所持品に加わった』ユリステリアは笑っていた。
ついでに『ユリステリアを装備した箇所』は、俺のステータスのどこを探しても見当たらない。そんなことは、これまでの経験で良く分かっているのだ。俺は。
つまり『ユリステリア・スゥ・アルストロメリア』とは、『解呪方法どころか、装備された箇所も見当たらないのに何故か装備されている、レベル100の呪いのストーカー』なのである。
何をご安心すれば良いんだかぼくわかんないよ。