14 お前は本当のストーカーを知らない
○月×日 晴れ
メカクレとリコリスさんを尾行する。
リコリスさんと一緒の所を、幼馴染に見られるメカクレ。幼馴染が過剰な反応をするのは分かるが、リコリスさんも過剰な反応返しをおこなっている。あとさりげなく、メカクレの手に指を絡ませようとしている。この正妻ムーブ……あいつ、さてはヤリやがったな。
○月△日 曇り
今日も二人を尾行する。
メカクレの爺ちゃんの道場の仲間とかいう黒髪武士娘がメカクレの様子を探りにくる。そしてリコリスさんに明確な敵意を向けている。というか圧がやばい。確実にレベル二桁後半はありやがる。地球にも上限突破あるんだな。一体どこの裏世界で称号を身につけたんだ。何故かメカクレと決闘しているが、メカクレが土壇場の主人公力で勝利する。あいつも地味にレベル上がってんな。
○月■日 晴れ
近頃話題になっているというカリスマ魔導士──じゃなくて占い師に探し人の相談をする二人。
占い師は「探し人は今も近くで貴方達の様子を窺っている」とか適当なことを言っている。俺はその時、占い師のおっぱいしか見てなかったから二人の様子は窺っていない。
二人がキョロキョロしだしたので、より隠密に特化する。
道中、まだ二人の手に負えなさそうな魔物と遭遇したため、やむを得ず処分する。レベルは当然上がらない。
あと、何故かその場に引き寄せられそうになっていたモブ子を、丁寧にお家に帰した。何をやっているんだあいつは。
○月◆日 雨
どういうことなんだこれは。
明らかに敵幹部ってレベルの美人魔族が、何故かメカクレにコンタクトを取る。
リコリスさんの敵意剥き出しな視線を受け流し、メカクレとの会話を望む美人。
会話の内容も、四天王として寝返りを考えている素振りがあるような無いような。メカクレに目を付けた理由は、オーラがどうとか言っている。
ただ、メカクレを探す為に使いに出した、子飼い魔物が何者かに倒されたとか。どうやら魔族も一枚岩ではないらしい。足の引っ張り合いが醜いぜ。
◯月※日 曇り
今日も絶好の尾行日和と思っていたら、先日の黒髪武士娘が俺に絡んで来た。二人を付け狙う怪しい影とか言われてちょっとおこ。
というか今度は俺相手に決闘とかどういうことなんだ。こいつの頭の中には迷ったら決闘しか入ってないのか。もっとじゃんけんとか入れといてくれ。
決闘では普通にぼこられた。つうか勝っても面倒だし負けるしかなくない? なお決闘は途中で気付いたメカクレが止めに入り、俺がメカクレの親友だと証明されたことで終わった。
武士娘の謝罪も引き出せたが、彼女は俺を相手にしたときの手応えがどうのとか言って納得していなかった。盛大にぼこっておいてまだ殴りたりないとか人格を疑う。
傷は仕方ないから回復を習得して後で治した。
○月#日 晴れ
モブ子は一体なにを考えているんだ。
なぜ奴は、唐突に現れたかと思えば、俺ともメカクレ達とも全く違う方向で魔物に絡まれに行くのだ。
何度俺が尾行を中止して、モブ子を守りに行ったと思っているんだ。ふざけるなよ。
これがヒロインならまだ百歩譲るが、なぜモブがそこまで魔物と引き合うんだ、どういう運命なんだ。舐めているのか。ストーリーを無礼ているのか。
ああ、メカクレとリコリスさんの方は特に何も無い。が、リコリスさんの言動に焦りが見られる。
どうやら、この世界に渡って来た時に使った『時空渡りの秘法』とやらの効力がそろそろ切れるかもしれないとかなんとか。
なんだその術。恐ろしい結果に気付きそうになった頭をなんとか真っ白に戻す。
俺は、誰のことも考えちゃいない。
おいモブ子。だからそっちには魔物の死骸が残っているんだよ行くな。
○月♪日 雨
ついに怖れていた日が来てしまった。
何かと言うと、リコリスさんと幼馴染とお姉さんと妹と隣のOLと占い師のお姉さんと武士娘と魔族の女幹部と──ってヒロイン何人いんだよふざけてんのか。
とにかく、そういったメンバーがついに出会ってしまった。
あわれメカクレの命もここまでかと思ったが、メカクレが口先だけでその場を流しやがった。すごい。素直に尊敬する。今度からあいつのこと口先の魔術師って呼ぶことにする。
でも実はずっと前から気付いていたことを、今言うな?
あいつ、RPGの【主人公】じゃなくて、エロゲーの【主人公】だわ。
──────
「最近のメカクレが憎くて憎くて仕方がない」
「いきなりこええよ」
俺はここ数日の尾行でたまった鬱憤をそのまま大佐に叩き付けた。
現在地は再び、大学のフリースペース。
ちなみに、現在は昼休み。ようやく秋らしくなってきた気候の中で、あえてアイスクリームを食べていたところだ。
「俺はここ最近、ちょっとあいつの後を付けていたんだが、幼馴染とかお姉ちゃんとか隣のOLだけでは飽き足らず、リコリスさんとか占い師のお姉さんとか道場の武士娘とかまぞ──どっかの企業のお姉さんとか手広く攻略しすぎなんだよ。あいつ怖いよ」
「それをいちいち把握してガチ切れしてるお前が、俺は一番怖い」
大佐が眼鏡を曇らせて、俺から椅子一個分距離を取った。
だが、俺はその程度で止まりはしない。
「あいつはマジで歩くだけで困っている女の子に遭遇し、そして手を差し伸べるだけで女の子がヒロインと化して行く能力者だよ。一方俺はどうだ? 夏休みからずっと俺だけのヒロインを探しているにも関わらず、未だ誰一人として出会えていないんだぞ。こんな理不尽許されてなるものか」
「メカクレは許せんが、お前の行動はたぶん法律的にあんまり許されない」
いったいなにがいけないのか、まったくわからないんだが?
バレてないなら、しんりてきな、ふたんも、ないから、もんだいないんだ。
ぼくむずかしいことわからない。
「ていうかメカクレもそうだけど、お前もお前だよ」
「なにがだよ」
「いい加減、もうモブ子で良いじゃん」
大佐の信じられない発言に、俺は言葉を失った。
何を言っているんだこいつは。本当に目玉ついてるのか。本当は眼鏡が本体でその目玉は飾りなんじゃないか。
その投げやりな態度が、冗談なのか本気なのか分からないが、俺は反論せざるを得ない。
「お前、モブ子で良いとか本気で言っているんじゃないだろうな」
「いや、逆に聞くけど何が不満だよ」
「モブ子はな、普通に可愛いんだよ」
大佐がきょとんとする。眼鏡までずり落ちる。
何を言われているのか、真剣に分からない、可愛いなら良いじゃん、と顔に出ている。
驚愕すると眼鏡が落ちるあたり、やはり眼鏡が本体説あるが今はどうでもいい。
「普通に可愛いってのはな、普通なんだよ。オーラがないんだよ。誰の心にも留まらないんだよ。ヒロインにはオーラが必要なんだよ。オーラがあったらちょっとくらい不細工でもヒロインに成りうるんだよ。人気が出るんだよ、オタクに囲われる工学部女子のようにな。モブ子にはオーラがないんだ。普通に可愛いだけなんだ。しかも、ヒロインらしい家庭環境の難しさとかそういうのも特に匂わせない、家事が壊滅的とか逆に超上手いとかの個性もない。オシャレにオムライスとかじゃなくて、普通にご飯と味噌汁とか作る女なんだよ。普通に料理しちゃうんだよ。万が一モブ子と結ばれてみろ、普通に幸せな家庭を築いて、背景素材の家族連れその一として満足して終わる結果になるんだ。それ即ち世界との同化だ。モブ子をヒロインにするっていうのは、確立した自己を捨て去って空気と一体になるってことなんだよ。わかるか大佐?」
「お、おう」
俺のモブ子評価に大佐は椅子をもう一個開けた。
分かったんだか分かってないんだか、分からんな全く。
俺は大佐から意見を引き出すのを諦めて、最初から隣に座っていたもう一人に尋ねる。
「どう思うモブ子?」
「いや、どう思うっていうか、褒められてんだか貶されてんだかが微妙すぎてなんとも言えないんだけど。せめて私が聞いてないところで言って欲しかったです」
「そこで激怒しないとか、そういうところだぞモブ子」
「なるほど、ここは怒って良い場面なんだね」
と、口では言いつつ、はぁ、とため息だけ吐いたモブ子。
ついでに何故彼女がここにいるのかと言えば、アイス買ってフリースペースの空いた席探していて、たまたま空いてると思った席に、実はモブ子が座っていたという話だ。
どっちかが席を移動するのもあれなので、そのまま大佐と話しはじめたってわけ。
「まぁ良いや。私は飲み物買ってくるから、荷物見てて」
「良いけど、何買うの?」
「え、お茶だけど」
「…………」
普通すぎる。もっと俺にぶっかける用の炭酸買ってくるとか、ゲテモノドリンクに挑戦するとかして個性付けていこうぜ。
という俺のメッセージを込めた熱い視線はモブ子に華麗にスルーされた。
仕方なく、俺は残された大佐を見る。
奴は明らかに一歩以上引いた目線で、何かを諦めたように言った。
「まぁ、お前が何を求めているのかは知らないけど、メカクレのストーカーもほどほどに──」
「ス、ストーカーだとぉお!? ふざけるな!」
俺がガバッと立ち上がり大佐に詰め寄ると、大佐は再び距離を取った。
「お前のキレるポイントが分かんねえよ!?」
「訂正しろ! ストーカーとはなんだ!」
「いや、お前の行動はどう見てもストーカーだろ」
「馬鹿野郎! この程度でストーカーとか舐めるなよ! 本物のストーカーを知らないからそんなことが言えるんだぞ! 謝れ! 本物のストーカーに謝れ!」
「キレるポイントそこかよ!!」
大佐が逆にキレ返してくるが、俺は未だに収まらぬ。
今日はメカクレの尾行でたまったストレスから、思考の沸点が低い。
そんなことだから、止めるべきだと分かっているのに、思考が止まらなかった。
「お前は本当のストーカーを知らない。いや、ストーカーという言葉すら生温い女のことを知らない。例えば、本人が知らぬ間にずっと相手を付け回して、相手のことを観察しているのがストーカーレベル1なら、レベル100のストーカーはどうすると思う?」
「は? いや、気付かれずに触ってくる、とか?」
大佐の想像に、俺は首を振る。
「逆だ。常にうっとりとした表情で、こっちの視界に居座り続けるんだよ。後ろからじゃない、いついかなるときでも『前』からずっと覗き込んでくるんだ。振り返っても何故か眼の前、どこを向いても眼の前、無断で視界から外すことを決して許さず、視界に入らないでくださいとお願いすることで、ようやっと視界から外れてくれる。そういうレベルの女が居るんだよこの宇宙にはな」
そこまで言っても、止まらなかった。
大佐はすでにドン引きを通り越しているというのに、それでも口が動く。
少し冷静になれば明らかに不自然なほど流暢に、まるで世界がそう決めているかのように、そういう『ストーリー』であるかのように、俺はその『名前』を口にしてしまった。
「お前にも見せてやりたいよ。あの『ユリステリア・スゥ・アルストロメリア』という女を」
そう、絶対に口にしてはいけなかった【月虹の聖女】の名前を、呼んでしまったのだ。
瞬間、カチリと、世界の歯車が噛み合ったような不気味な感触が背中を撫でた。
世界から音が消えた。時計の針だけが、世界を動かしていた。
世界中の時が止まったかのようで、俺の認識だけが、脳だけが静かに動いている。
〈やっと、やっと。ああ。やっと呼んで下さいましたね〉
血の気が引くとはこのことか。
遥か遠く、地の果てよりも遠く、次元の狭間の向こう側から響くような、とても美しい女性の声。
そして彼女は現れた。
俺の声をヨスガとして、異世界より次元を越えて、門を開き、虚空の彼方から現れてしまった。
「ずっと呼んでくださるのをお待ちしておりました。我が主、我が所有者、我が魂の管理者。私の愛。私の虹。私の存在の全てを捧げたあなた」
明らかに、現代日本離れした容貌と、どこのファンタジー世界の教会から貰って来たんだって服を着た、絶世の美少女が、にこりと微笑む。
それまで止まっていた時間が、動き出す。
気付いたら目の前に現れていた美少女に、周囲が混乱していることが分かる。
それでも、美少女の存在に周囲の人々は、男女問わず頬を僅かに染め、にわかに活気づいている。
対照的に、俺の血の気はどんどん引いて、唇からは「ひゅっ、かひゅっ」と掠れた音しか出ない。
「ああ、本当に長い間お待ちしておりました。ですが分かっておりました。たとえ次元を超えようと、時を超えようと、宇宙を超えようと、システムに分かたれようと、あなたが名前を呼んで下されば、私はあなたに会いに行けるのだと」
うっとりとした眼差しを向ける絶世の美少女を前に、俺は遠くなった思考で思った。
たとえ、世界を越えたところで。
大聖女からは逃げられない。