10 これが異世界特典もチートもなしに主人公張る人間の実力か
「いったい何が目的だ!?」
「…………クク、さて、君には関係ないことだと思うがね」
前者は絶賛男前ムーブを発揮中のメカクレの台詞。
そして後者は言語能力がある中では最弱クラスの魔族である、レッサー級の何かの台詞だ。
二人はどういうわけか周りに人がいない路地で向かい合っていた。
…………冷静に考えて東京に人がいない路地とかあんのかな。いや、あるから今の状況なんだけど。どうして東京にそんな路地が存在してるのかな。
ここ小金井が東京の田舎である点を差し引いても、こう、もやっとする。
人払いの魔術とか使ってくれたら納得できるんだけど、レッサー級には難しいか。ストーリーのご都合ってところだな。
この世界、及び異世界群をとりまとめている『ストーリー』とやらは謎が多い。少なくとも、俺はそのほんの爪先程度しか実体を知らない。
まあいいや。ここで今の状況を説明しようか。
普通のゲームとかならば、先ほどのモブ子シーンから今までに、俺がメカクレ一行を探し回るシーンでも挟まるところだろう。
だが、俺は現在潜伏中のモブである。モブにイベントなど起きない。だからそういうのはカットされる。
ちょっとトイレに寄って道草食ってた以外は、何事もなく普通に二人を捕捉していた。
で、俺が二人を監視するかしないかのタイミングで先ほどのレッサー級の登場だ。
魔族の見た目って人とあんま変わらないから、一見すると只のオールバックの褐色スーツ男。
なんで異世界にスーツがあるんだとか聞くなよ? 理由は知っているけどまだ説明するときじゃない。俺の精神衛生ちゃんもそう言ってる。
その人物が、なんかリコリスさんが持ち出したらしい『宝物珠』がどうのこうのって話しをしている。いやごめん内容に興味ないからあんまり会話は聞いてない。
なんやかんやあって、三人は人気のない路地で睨み合っているわけだ。
ついでに俺は、その路地にあからさまに置いてあったゴミ箱の陰に隠れている。
あまりにも『あ、お待ちしてました。こちらへどうぞ』って感じに置いてあったのがちょっと気になったけど背に腹は代えられない。
俺の持ち前の潜伏スキルを使えば、後ろから見られでもしない限り、誰も俺の存在に気付くことはあるまい。
「つまり、大人しく渡すつもりはない、と?」
「……渡す理由がない」
「理由ならあるだろう。大人しく渡せば命までは取らないと言っているのだから」
メカクレと魔族さんの会話もヒートアップしてきている。
ついでに、魔族さんはああ言っているが本当に命までは取らないのか問題。
魔族なんてどうせ嘘吐きなんでしょって思うだろ? 魔族と言ったら人類の敵シリーズ常連だからな。
大抵は卑怯で狡猾で外道な連中が魔族ってイメージだ。
でも実は、俺の知っている魔族なら、本当に命までは取らないんだなこれが。
ネイトの魔族は、基本的に人間と敵対するようにできている。そして、人間と同一視されるようなことを最も嫌う。
そしてネイトの人間範疇種族どもは揃いも揃ってクズばかりだ。約束なんてあってないようなものだし、詐欺の横行っぷりが半端じゃない。
上手い話を持ちかけられたら150%詐欺である。詐欺の確率が100%で、俺を詐欺ってきた奴が違う誰かに詐欺られてる確率が50%の意味。
そんな人間を嫌う魔族さんが、約束破ったり詐欺を率先して働く筈ないじゃないか。
ただし、ストーリーの展開に縛られている状況では話は変わる。
ストーリーとは一種の強制力であり、終わりまで導こうとする世界の力だ。
魔族本人の思惑がどうであれ、ストーリーに沿った進行がなされる場合がある。例えば、ボス魔族が見逃そうとしたけど、手下に命令が届いてなくて結局殺しちゃったりな。
だがまあ、ストーリー上必然の展開でなければ、魔族さんは基本的に約束を守るのだ。
これが、ネイトのクソ人類と違って魔族さんを一目置いている理由である。契約とか大好きなんだよね、彼ら。
というわけで、メカクレの話だ。
なんか良く分からんが、リコリスさんが持っている『宝物珠』を素直に渡せば見逃してくれるらしい。
これは渡す一択だな。実力が違いすぎる。俺なら渡す。どうせ取られて困るのはネイト人だし。
……多分、ストーリーとしてはここで宝物珠を奪われるのが正道と見た。
素直に渡しても抵抗しても奪われるなら、素直に渡した方が被害は少ない。ちょっとカルマ値上がるかもしれないけど、怪我するより良い。
大丈夫だメカクレ。お前は勇者だ。後で取り返す機会が用意されていると思われるぞ。
だが、そんな俺の電波はつゆ知らず、メカクレは一度リコリスさんの様子を伺い、首を振った。
「提案はありがたいけど、断るよ」
「ほう?」
「それは、彼女の大切なものみたいだ。それをホイホイ渡すようじゃ、男じゃないだろ?」
やだ、メカクレさん男前。
どうやら俺はネイトに精神汚染されて、勇者らしさというものを見失っていたようだ。
そりゃ普通の勇者なら、ここは女の子のために頑張るシーンだよね。ノータイムで渡すを選択していた自分がちょっと恥ずかしい。これもまたネイトの仕業だ。おのれクソ異世界ネイトめ!
俺が自身を恥じているところで、メカクレは構えを取っていた。
空手のような構えに見えるが、メカクレ本人から手ほどきされた俺は、それが彼の実家に伝わる古武術の構えであると知っている。
「武術か?」
「これでも、爺ちゃんに死ぬほど鍛えられているんだ」
「では、試してみるか!」
言って魔族さんは、次の瞬間にはメカクレに肉迫していた。
魔族さんの腕がメカクレの喉を抉るように伸びる。それにメカクレは瞬時に対応。力の差を感じさせない流麗な動きで、魔族さんの腕を逸らした。
一瞬の攻防では、メカクレの技量は決して魔族に通用しないわけではない、と見えた。
少なくとも田舎騎士よりは、勇者補正のかかっているメカクレの方が強いだろう。彼が前に出ているのも頷ける。
「くく、なるほど技術はなかなか。だが、悲しいかな、技術に力が追いついていない」
しかし、これは武術の稽古ではなく、実戦なのよね。
魔族さんの腕を弾いたメカクレの腕が、黒く変色を始めていた。
「これ、は……」
「魔族と戦うのは初めてか。それは『魔の腕』によって引き起こされた呪いだ」
「呪い、だと?」
「分かるだろう? 呪いに犯された腕では、先程のようにいなすことはできない」
言って魔族さんはもう一度、その腕をメカクレに伸ばす。
同じ様に逸らそうとしたメカクレだが、今度は上手く行かずに腕ごと弾き飛ばされた。
大きく後退したメカクレが、額に汗を垂らして呻く。
「なるほど、腕の動きが鈍い」
「ああ、魔族の腕には呪いが宿る。いかにうまくいなそうと、呪いは徐々に身体を蝕んでゆくことだろう」
魔族さんが親切に説明してくれている。
それにメカクレは不敵な目を見せて──いや目は見えないんだけど、そんな感じで睨み返していた。
…………ああ、ていうかもういちいち戦闘を説明するのも面倒いな。俺、ラブコメ主人公で解説役じゃないし、この辺カットしよう。いいよね?
はい、カット。
「もう終わりか?」
「くっ」
というわけで、メカクレはかなり善戦していたが、魔族さんに追いつめられていた。
途中、メカクレが劣勢と見て加勢に入ろうとしたリコリスさんが、結果的にメカクレの動きを阻害して致命打を貰った形だ。そのリコリスさんも、手傷を負っている。
そして、散々重要アイテム扱いしていた『宝物珠』ですら、既に奪われてしまっている。
つまり戦闘は終わっていてもおかしくない。明らかに、メカクレ側に打つ手が無い状況だ。
だというのに、状況はまだ終わっていない。
「……まだ、終わりじゃない」
メカクレの意志が死んではいない。
やべえなあいつ。とても元一般人とは思えない。これが異世界特典もチートもなしに主人公張る人間の実力か。
とはいえ、俺は俺で流石にこの状況に焦りが生じ始めている。
このままだと、本当にメカクレが死んでしまう。
魔族さんはリコリスの持っているという宝物珠が目的らしいから、それを奪ってさっさと退散するものと思っていた。
だが、あまりにもメカクレが食らいついてくるので、いつの間にか戦いを楽しみ、決着を付けたがっているように見える。
しかし、ここで決着なんて本当にありえるのか? ここ地球だぞ。俺の知っている限り、異世界に攫った地球人ならまだしも、地球上で地球人を殺す権限を得るのはかなり難しい筈だ。
だから、ここからはやっぱり去って行く流れになるはずなのだが。
「さて、散々楽しませてくれた礼をしようか。このような異界で強力な魔法は使えないが、せめて最大出力で終わらせよう」
あろうことか、魔力のチャージとか始めやがったよ。
どうすんだこれ、地球には異世界と違って魔法を補助するシステムは存在しない。だが、魔力──というか気を使って魔法を行使することは不可能じゃない。
だから、魔族さんの気持ちが変わらない限り魔法が発動してしまう。今も眼の前でどんどんと大きくなって行く魔力の塊が放たれてしまう。
あ、そうだ、きっと途中で撤退命令とかが出てネイトに帰る──
「さらばだ」
放った!?
くそが!
どうしてこんなことになったのか。
そう念じながら俺はゴミ箱の陰から飛び出していた。
ここからメカクレ達の位置は少し遠い。
普通に走っていたら間に合わない。
だから俺は、やむを得ずスキルを二つほど、取得する。
《スキル『魔力操作』を習得しました》
《スキル『時空断』を習得しました》
この世界の仕組みを知ってさえいれば、魔法スキルとアクティブスキルの原理的なところは変わらない。ただ、気の使い道を少し変えるだけだ。
そして『鑑定』などのパッシブ寄りのスキルと違い、これらのアクティブスキルは使おうと思えば習得していなくても使える。
魔法スキルなんてなくても、魔法を発動する手順を知っていれば魔法は使えるし、アクティブスキルなんてなくても、気の巡らせ方を知っていればスキルは使える。
俺は『時空断』を用いて、文字通り時空を断つように移動してメカクレと魔族さんの間に入る。
コンマ未満の余裕しかないが、既に身体は次の動作に移っている。
この『時空断』は、移動にも使える大変便利なスキルだが、本来は攻撃技だ。
次の一手で、目の前の魔法というには強引過ぎる魔力の塊を、ぶち壊す。
生憎俺は、現代日本で武器なんて持ち歩いちゃいない。だが、問題無い。
元々、ネイトで物理武器なんてほとんど使っちゃいなかった。
手入れは面倒だし、重いし、かさばるし、壊れるし、重いし、手に入れるのに人里に入らないといけないし、その癖やたらとぼったくられるし、何より重い、と良い所があまりない。
所用でどうしても入り用な時を除いて、俺が使っていたのは『こっち』だ。
『魔力形成:剣』
心の中だけで呟いたあと、スキルの発動に合わせて無造作に俺は腕を振り抜く。
その手には、今しがた作ったばかりの、魔力剣。
レッサー級の放った魔法くらい、一般人の魔力で固めた剣でも余裕で切り裂ける。
「なっ!?」
魔族さんの顔が驚愕に歪むが、それと同じくらい俺の心中も嘆きで歪んでいるよ。仲間だね。
俺は数多の後悔を振り切って、メカクレを振り向いた。
そして、一応もう大丈夫だと微笑む。それにメカクレは驚愕の顔を見せる。
そうだろう、目の前に居る人間の顔を見たら、驚くだろう。
「銀行強盗!?」
だって俺、顔を隠す為に目出し帽だし。