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09 彼女は決して【ヒロイン】などでは無かった


 エンカウントしたモブ子は、マジで普通の格好をしていた。

 オシャレというほどオシャレではない、でもジャージよりはマシ程度の服装だ。

 街中であんまり目を引かない服装している人いるだろ? あれをもう二段階くらい地味にした感じがこいつの服な。


「なぜお前は、普段は空気の癖にこういう時は空気読めないで外出しちゃうかな」

「なんで私、休日に食べ物買いにきただけで空気読めないとか言われないといけないの」


 そのモブ子は、今日というイベントが起きそうな日に、スーパーで買い出しをしていた。

 一瞬ビビったけどこいつイベントと一切関わりねえわ。

 流石モブ子だよ。俺マジで、こいつが今日のキーパーソンかと一瞬誤解したもん。


「モブ子はお昼何食べたの?」

「え? 普通に、パスタとか?」

「普通だな」

「だから普通って言ってるでしょ」


 モブ子は野菜を適当に選びながら、そんな普通な回答をする。

 が、流石にずっと付いてくる俺が不思議だったらしく、逆に尋ねられた。


「というかなんで私の買い物に付いてくるの?」

「このあとオタク四天王に会いに行かなくちゃいけなくて、できるだけ行かない理由を探してるんだ」

「なにそのやたら濃そうな人」

「俺も知らない」


 モブ子からしてもオタク四天王は濃かったらしい。

 というか大佐がえり好みしたせいで、俺の担当が『女児アニメ』と『特撮、舞台』なんだよ。

 お二方には悪いのだが、どちらもあまり俺が得意じゃないジャンルだ。だって俺は家庭用ゲームが専門だし。

 絶対に探し物が見つからない上にあまり話が合わなそうという理由で、俺は行かなくても良い理由探しに必死だった。

 だから、頼まれた訳でもないのにモブ子の買い物に付き合っているというわけだ。


「あんまり買い物の内容を他人に見られたくないんだけど」

「気にするな。俺は気にしない」

「いや、私が気にするって言ってるんだけど……」


 言いながら、モブ子はあまり気にした様子も見せずに買い物を続けている。

 葉物系の野菜や根菜、きのこなどをポンポン買い物かごに放り込むのを見るに自炊派か。

 かくいう俺も基本的には自炊派だ。家の方針でこの大学に入って一人暮らしをする前に家事全般を叩き込まれたので、料理をすることは自然だった。

 そして今は、基本的に他人が作った料理を信用することができないので、より自炊派となっている。おかしいな、記憶から記録にした筈なのに所々影響が強い。


「……それで、いつまで付いてくるの」

「荷物持ち手伝うよ」

「家まで付いてくる気か」

「勘違いしないでよね! ただ家に帰りたいだけなんだからね!」


 そう、今日はもうこのままなし崩し的に家に帰れないかなと思っている俺である。

 成果が出ない事が分かり切っているオタク四天王の家に行くより、成果は出なかったという結果を捏造してさっさと帰宅したい。

 ただ、そのまま帰ると流石に角が立つ。だから、偶然出会ったモブ子の荷物持ちをしていたという状況を合わせれば良いと思ったわけだ。

 誰から見ても、オタク四天王のもとに行くより、買い物をしすぎちゃって困っている女の子を助けることの方が優先順位は高いはず。

 そう、この世界でなら目の前の女の子を守るためであれば、多少無理筋でも押し通せるだろう。


「ていうか荷物持ち要らないんだけど」

「か弱い女の子がなんてこと言うんだ」

「か弱い……いや、まぁそう言ってくれるのは良いんだけど、一人で買いに来たのに持てない量買う訳ないし、普通に自転車だし」

「お前のママチャリのカゴなら壊しとくから、安心して俺に荷物持たせろ」

「壊さないでくれる!?」


 モブ子の悲痛な叫びを聞き流しつつ、俺の中で今日のイベントから逃走するのは決定事項と化していた。

 のだが、モブ子の買い物が終わったくらいのタイミングで、嫌な気配があった。


「っ!?」


 ピシリ、と空間に嫌なヒビが入ったような、独特の悪寒が走ったのだ。


「…………」

「……どうしたの? 栗原君」

「いや」


 買い物中はひっきりなしに話しかけていた俺が急に真剣な顔をして黙ったのを見てか、モブ子が心配の声をかけてきた。

 そんなモブ子の気遣いはありがたいところだが、どうにも、看過すべきか迷う展開だ。


 俺は、視線をメカクレ達が向かった市役所の方に向ける。

 如何に俺がスキルだのなんだのを放棄してきたとしても、身体そのものに染み付いてしまった感覚は生きている。

 いわゆる、第六感や直観と言った類のものだ。

 それがはっきりと告げている。

 明らかに、人間という範疇にない生物の気配がすると。


「悪いモブ子、ちょっと、荷物持ちはやっぱりナシだ。自転車のカゴも壊さない」

「それは私としては普通に助かったんだけど」


 俺はモブ子に先程の予定が変わったと教えたが、モブ子はなんだかホッとした顔をする。

 現状、ほぼ間違いなく異世界ネイト関連でなんらかのイベントが発生している。

 というか、メカクレかリコリスさんかを狙った、魔物か魔族がこの世界に来ている感覚がビンビンとする。

 俺はネイトに全く関わるつもりはないので普通に無視しても良い。良いのだが、俺の心の中にある一点の疑念が、俺に直帰という選択を渋らせる。


 だから、俺はモブ子を家に帰しつつ、単独行動を決めた。

 しかし、突然の状況だ。

 ……万が一だが、モブ子が付いてくるとか言ったらどうしよう。

 もしこれが普通の学園伝奇物とかだったら、そしてモブ子がヒロインであったら。

 同じく何かを感じ取ったヒロインが、不思議な理由を付けて俺に同行する流れになるだろう。

 そうしないと、物語が始まらないし、主人公の戦う理由とヒロインが密接に関わるのは基本だからな。それがヒロインというものだ。


「それで、こっからは寄り道せずに帰るんだぞ」


 そして、俺はモブ子のことを心配しながらそう言った。

 そして肝心のモブ子はと言えば、


「え、そりゃ食材買ってるし、普通に帰るけど、なにか?」

「あ、そうなんだ」

「え、うん」


 これである。帰宅希望である。

 このイベントに関わる気が一切無い態度。これこそモブ子がモブ子たる由縁だろう。

 モブは普通の行動しか取らないからストーリーに深く関わることはないんだ。

 まぁ、今回の場合に分かることは、俺のストーリーでもメカクレのストーリーでもモブ子はキングオブモブってことだ。女だからクイーンか。


「じゃ、そういうことだから」


 というわけで、今はモブ子のことなどどうでも良いのだ。

 さっとモブ子に別れを告げて、俺は駆け出した。

 俺は俺が主人公として動くラブコメのために、モブ子のことを忘れる。

 前述したように、俺も基本的にメカクレのストーリーに関わるつもりはない。

 ないのだが、万が一のために状況を把握しておく必要がある。


 現在、メカクレのレベルもリコリスさんのレベルも四十未満。

 これが普通のストーリーなら、敵もそれくらいのレベル帯かそれより弱い奴が現れて、チュートリアル戦闘になると思う。

 だが、俺がさっき感じた気配は明らかにその辺りのレベル帯のものではなかった。

 つまり、普通にぶつかったらメカクレ達に勝ち目はない。

 となると、もし戦闘が起きたとしても、それは俗に言う負けイベントと考えられるものだ。


 だが『真性・ネイト』はそんなに甘くない。

 これが『ネイト』ならまだしも『真性・ネイト』であれば、都合の良い展開はない。

 あの世界には、負けイベントなんてものは存在しない。


 レベル差なんてものが存在すれば、敵は嬉々としてこちらを潰しにくる。

 まだ力を付ける前の勇者なんて見つけた日には、落ち武者狩りの要領で殲滅作戦を開始してくる。

 しかも周りの人間に助けを求めても、落ち武者よろしく村人にすら襲われるレベル。

 これがあのクソ異世界の人間をうんこだと思う理由その二十八くらいだ。



 仮に今の状態でメカクレと謎の気配が普通に戦闘になったとしたら、十中八九メカクレは負ける。下手すれば殺される。

 しかしここは地球なので、モンスターが暴れ回るといったことは世界の禁則事項に該当している可能性が高い。

 だから、いくらネイトが理不尽でも、メカクレの命は大丈夫と思いたい。

 普通に戦ったら負ける状況、しかし暴れ回るのは不可、負けイベントの可能性と覚醒イベントの可能性に、ただの顔見せと理不尽即死の可能性が混じっているパターンか。

 そういう不確定な状況は、とても落ち着かない。


 だから、俺は事態に介入はしなくても、様子見くらいはしておくつもりになった。

 せめて俺のストーリーが始まっていれば、高みの見物と決め込めたものを。

 やはりあれか。俺が高校生でなく大学生なのがいけないのか。ラブコメ主人公は親が海外に赴任した男子高校生がマストなのか。


 言っても仕方ないと分かっているが、それでも思わずにいられない。

 ああ、俺のヒロインはどこにいるのか。




 ──────




 去っていく知人の後ろ姿を見ながら、取り残された少女はポツリと呟いた。


「あんなに厚着してなにやってるんだか」


 自分の家の隣に住んでいる知人。

 そして、夏休みが明けてから人が変わったような知人。

 これが普通ならば一夏の経験とか、そういった方向なのだろうと思う。

 だけど、彼の様子からはそういうロマンチックな何かは感じられなかった。


「…………まぁ、元気ならそれでいいか」


 それでも少女は努めて普通にそう思った。

 結局のところ、普段の彼が常々そう言っているように、少女もまたそうであろうと思っているように、少女は普通の少女なのだから。


 少なくとも今はまだ。

 彼女は決して【ヒロイン】などでは無かった。

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