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00 この世界を作った神様の設計図に

この作品に出てくるパラメータ的な数字は全てフレーバーです。

細かい数字やテキストに意味はありません。

また、R-15は保険です。

 鼓動の音がする。

 ドクンドクンと、耳にまで届くほど心臓が高鳴っている。

 冷静な思考を保つのが困難なほどの、緊張と興奮が、血液に乗って全身を流れている。

 ここまで自分の中で感情が荒れ狂っているのは、果たしてどれくらいぶりだろうか。


「一つ、聞かせて欲しい」


 その場所に声が響いた。

 がらんとした広い空間は、時が違えば謁見の間と呼ばれるだろうもの。だがしかし、今この時に限っては、弾けんばかりの緊張に支配された決戦の舞台だ。

 敷き詰められた石材を軽く踏みしめれば、どこか冷たい重さを感じる。天井も高く、幾重にも伸びた柱がそれを支えるこの広間は、ともすれば教会のようでもあった。

 だが、教会と明らかに違うものが、目の前に一つ。荘厳という言葉の似合う、玉座。

 薄い闇の中を月明かりが照らすのは、その玉座に座った、まだ年端も行かぬような子供であった。


「そなたは、何が望みなのか」

「聞いてどうする?」

「ただの、好奇心だ」


 まるで、年相応の子供のような質問だと思った。

 しかし、その存在とこの場所で会話ができるというのは、自分にとってとても意味のあることだった。

 この場面は、俺が今まで頑張ってきて『初めて』のものだった。

 知らずのうちに拳を握る。ここが正念場だ。

 緊張のせいで言葉の出ない男に何を思ったかは知らないが、目の前の存在は尋ねてくる。


「富か?」

「いや」

「名声か?」

「違う」

「平和のためか?」

「冗談じゃない」


 相手が口に出した単語を全て否定した。

 その返答に、目の前のそいつは不可思議そうに首を傾げた。


「しかし、人の願いを受け、人の世に平和を導く存在が、勇者なのではないのか」


 勇者、と呼ばれて、今すぐにでも吐きたい気分になる。

 だが、激昂したりはしない。

 目の前の魔王には、魔王にだけはそんな気を起こしたりしない。

 そんな無垢な瞳に見つめられて、ちょっとばかり自制心がお留守になるくらいだ。


「いや? どれだけ願われようと、誰が好き好んでゴミを救うんだ?」

「え、ん、ゴミ?」


 明らかに困惑に染まった魔王だが、俺は止まれない。


「そうだよ。普通、道端のゴミに頼まれたって、ゴミ掃除してる人の邪魔したりしないだろ?」

「い、いや、今はゴミの話ではなく、人類の話をしていてだな」

「ゴミの話じゃねえか」

「違うだろう!?」


 驚いた。

 なんと魔王様は、この世界の人類がゴミということをご存知なかったらしい。

 いや、確かにゴミどもも人間の言葉を喋る二足歩行のヒト科であることは間違いないのだが、俺はどちらかといえば奴らはクズ以下のうんこだと思っている。

 むしろうんこの方が俺の邪魔をしない分だけ有能まである。

 もっと言えば、同じ邪魔をするなら俺に襲い掛かってくるのが仕事の魔族の方が、まだ筋が通っていて好感が持てる存在と言える。


「そ、それではそなたは何の為に戦っているのだ、勇者よ」


 話の展開についていけなかったらしい魔王様が、静かに話題を戻した。

 俺もそれに従って、ここに来た理由を話す。


「ただ、故郷に帰るため」

「故郷……?」


 故郷という概念はひょっとしたら、目の前の魔王には通じないかもしれない。

 なにせ、見た目通り、いやおそらくは見た目よりも幼いのだ。

 下手をすれば齢数ヶ月の生命に、望郷の念はほど遠いだろう。


「私には理解できないが、帰りたいのならば帰ればよいのではないのか」

「それは、できないんだ」

「……まさか、人質を取られて」

「いや、そういうわけではない。少なくとも『今』は」


 まぁ、今現在人質が居ないということと、この世界のうんこが人質なんて手段を平気で取る人種であることは、ここでは無関係だ。


「帰れない、理由があるのか?」

「ある。俺は、この世界を完全にクリアしないと、帰れないんだ」

「クリア? それは、この世界の魔族を滅ぼす、という意味か?」

「……違う」


 魔王が眉を潜めたのを見て、俺は落ち着いて否定した。

 何がクリアだ。そんなことを目の前の魔王に言ってどうする。言葉を選べ。

 普段なら、そんなボロは出さないのに、どうにも舞い上がってしまっている。

 目の前の魔王と対話が成立している現状が、もうすぐ帰れるという想いと重なり、自分でも信じられないくらい浮かれているようだ。


「だが、残る相手はお前だけ、というのは否定しない」


 自分の失言を誤魔化すように言った。

 魔王は、それに困ったような笑みを返した。


「ああ。そうだな。そなたに歯向かう魔族は、もう私一人だけだ」

「できることなら、俺はお前を殺したくないと思っている」

「奇遇だな。私も、何故か今はそう思っている。不思議なことだ。初めてそなたを知った時には、塵も残さず滅ぼそうと考えていたというのに」


 俺達の間に、敵意は皆無だった。その理由を俺は知っている。理屈を知っている。

 ただし、そういうのを抜きにしても、俺が魔王を殺したくないと思っているのは、偽り無く本心だった。


「だけどな魔王。お前に一つだけ、言わなくちゃいけないことがある」


 それでも俺は、腰の剣に手を伸ばした。

 正確には、剣の柄に、だが。


「この世界を作った神様の設計図に、お前の心臓の音だけは、描いてない」

「……そうか」


 魔王は、寂しそうに笑った。

 そして、話は終わりとばかりに、その存在感を急速に膨らませる。目の前の、まだ十にも満たないような子供から、見た目とはかけ離れた息をするのも難しいような圧迫感が生じる。

 対して、俺は静かに心を鎮めていく。ここからが正念場だ。

 相手は魔王。そのステータスの馬鹿みたいな高さを、俺は良く知っている。

 加えて、奴の装備は全て魔王のための特注品。

 全てが全て、この世界に仇なす究極の存在のために作られた一級品だ。

 対する俺は、と言えば。


「時に、勇者よ」

「なんだ」

「なぜ、そなたは、その、みすぼらしい格好をしているのだ? 聖剣や聖鎧、聖盾や聖靴などは、どうしたのだ?」

「要らねえから捨てた」

「捨て!?」


 俺の発言に、魔王様は大層驚いていた。

 俺の現在の服装は、まぁあれだ。

 目元を隠すフードに、口元を隠す覆い布。闇色のローブに闇色の篭手と具足。簡単に言えば不審者であり、もっと正確に言えば不審な暗殺者のそれだ。

 当然ながら勇者的要素は皆無であり、こんな俺でも勇者だと気付いた魔王のほうをむしろ褒めたいものだ。


「捨てて良いものなのか!?」

「これを捨てるなんてとんでもない、とか出ないから捨てて良いんだろう」

「で、ではなぜ聖装備の封印を解いたのだ?」

「こっちにも事情があるんだ」


 そうしないとここまで来れない、というのは正確ではないが間違いでもない。

 とにかく、肝心なのは俺がこの場で魔王と対峙するのに、それらを装備する必要はなかったという話だ。


「心配するな。聖装備なんてちょっと破壊不能で能力がべらぼうに高くて、羽根みたいに軽い上に色んな加護が着いてるだけの装備だ。戦闘に支障はない」


 あと、勇者にしか装備できないとかいう、俺の個人情報を一切守る気がない装備だ。

 そのくせやたらと顔を丸出しにしやがるという、拷問みたいな装備だ。


「優秀ではないか。なぜそれを捨ててまで……まさか、その布っぺらにそれ以上の!?」

「安心してくれ。正真正銘、ただの布切れだ。主に人相を隠すことに用いられる」

「勇者なのに人相を隠すのか……」

「勇者だからだよ」


 この世界において、勇者であることを隠すのは大変重要な意味がある。

 が、それを伝えるには時間が足りないな。


「それに、仲間はどうしたのだ? 報告では、聖女やエルフの姫君、龍神の末裔やその他──」

「俺に仲間はいない」

「ぬ? しかし」

「仲間など、いない」

「…………」


 俺の目から急速に光が失われたのを見て、魔王様はそれ以上何も言わないでくれた。


「まぁ、魔王様におかれましては、勇者が貧弱なほうがありがたいだろう?」

「……確かにな。だが」

「手加減は無用さ。負けた時に卑怯だなんて言うつもりもない。だが、最後に尋ねておく」

「なんだ?」

「大人しく、この世界から消えるつもりは、あるか?」


 俺はそう尋ねた。

 だが、俺の本心はその言葉だけでは伝わり切らない。

 それでも、そう尋ねるしかなかった。

 魔王は、再び困ったように笑った。


「……私が、ここで消えるのがこの世界の最善だったとしても、大人しく従うつもりはない」

「だろうな」


 そして、俺は再び魔王を見据えた。

 戦闘が始まる前に、俺はもう一度、魔王の『レベル』を覗き見る。


 ──────


【魔王】 ペシュフィール・トライスティア

 LV:8000000000000000


 ──────


 ほんと、上限何byteだよクソが。

 大人しく99とか255とか、せめて65535とかで止まる気はねーのか。


「正直なことを言えば。仮に私一人が残ったとしても、そなたさえ倒せば世界征服など、容易いことに思える」

「同感だ。俺が保証するよ。俺を倒せば、お前はその身一つで戦況をひっくり返せる」

「であろうな。そなたのレベルには、何故かとても親近感を覚える」


 今の魔王相手に、俺の拙い隠蔽などあまり意味はないだろう。

 名前くらいなら誤魔化せるかもしれないが、俺のレベルは丸見えということだ。


 ──────


【ネイトの勇者】 ラスト・ブレイブ (栗原四季)

 LV:8000000000000000


 ──────


 これがどういうカラクリかも、俺は知っていて相手は知らないのだろう。

 だが、戦闘にそんな知識は必要ない。

 ただ一つ言えるのは、この魔王相手に、レベルを上げて物理で殴るは通用しないということだ。


「始めようか勇者。申し遅れたが私はペシュフィール・トライスティアという」

「ご丁寧にどうも魔王。だが、俺の名前なんて覚えなくていいぜ」

「寂しい事を言う奴だな」


 そして、俺と魔王は同時に剣を抜いた。




 結論として、戦闘は俺の勝ちで終わった。




 ──────




「……ここ、は」


 軽い目眩を感じながら、目を開けた。

 そこには、見慣れた──いや、見慣れていたと記憶している風景があった。

 白い壁紙に、今は布団を取っ払っているこたつ机。大学入学と同時に買ったノートPCに、漫画とラノベが詰まった本棚。ゲームは出来るがテレビは映らないモニターと、それに繋がった据え置きゲーム機。

 慌ててベッド脇に手を伸ばせば、スマホの硬質な感触が。

 ホームボタンを押すと、大学の夏休みが終わる直前、九月後半の日付が映った。

 それは、俺の記憶に残っている『異世界ネイト』に飛ばされた日付と一致していた。時刻も夜の九時前で、恐らく一時間も経過していない。


「か、か、かかか」


 我慢できずに窓を開け放つ。

 東京らしい、むわっとした不快な熱気を一心に浴びながら、叫んだ。


「帰ってきたぞぉぉおおおおおおおおおお!」


 閑静な住宅街に、男子大学生の心の叫びが響き渡ったのだった。


5話くらいから話が動き出すので、そこまでは本日投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 東京に帰ってきた部屋の描写に熱意を感じる。 [一言] scoreさん、おかえりなさい。
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