第30話 大沼の魔物
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村一番の猟師であるリヴァーの朝は早い。
村人達から尊敬と親しみを込めて「リヴァー爺さん」と呼ばれる彼は、水鳥を射落とす名人だ。今朝も夜明けと同時に起きだして、まだ薄暗い朝靄の中を村人が「大沼」と呼ぶ小さな湖に向かって出発した。
大沼の水鳥は昔からリヴァーの住むミズリ村に貴重な肉と現金収入を与えてくれるありがたい存在だ。だが、ここ最近は大沼の周囲で瘴気の発生が相次いで、皆怯えて大池に近寄ることができなくなっていた。
村人達はリヴァーにも大沼に近づかないように忠告してくるが、水鳥捕りの名人として名を馳せる彼は瘴気なぞに生業を邪魔されるのが我慢ならなかった。
「瘴気がなんだ。そんなもんにびびっていられるかい」
そう嘯きながらやってきた大沼で、彼は見慣れぬものを目にした。大池のそばに一台のベンチが置かれているのだ。
昨日まではそんな場所にベンチなどなかった。いったい誰が設置したんだと怪しみながら目を凝らすと、見たことのない少女がベンチに横になって眠っているのがわかった。近寄りながらよく見ると、少女の脇には三、四歳くらいの女の子がぴったりとくっついて眠っている。
「はて。この子達はいったいどこからきたんだ?」
姉妹だろうかとも考えたが、片方がぼろぼろの服を着ているのに対して、十代半ばくらいの年頃の少女は汚れのない真っ白な服を着ていた。明らかに上等な生地の服を着ていることからして、貴族か上流階級の娘だろう。そんな身分の娘が、こんな場所にいるはずがない。
とりあえず起こそうとベンチに近づいたリヴァーだったが、あと数歩で手が届くというところで何かにぶち当たって後ずさった。
「な、なんだ?」
目には何も見えない。だが、確かに壁のようなものがリヴァーの行く手を阻んだ。
「はっ! そうか、これは闇の魔物の罠だ!」
こんなところにこんな貴族のような娘がいるはずがない。綺麗な娘の姿で人をおびき寄せる魔物に違いない。小さい方がぼろぼろな格好をしているのは、まだ上手く人間に化けられないためだろう。
「おのれ魔物どもめ! 待っていろ! 退治してくれる!」
リヴァーは一目散に村へと引き返していった。
その直後、アルムは目を覚ました。
「ふあ? 朝か」
欠伸をしながら身を起こすと、アルムにくっついていたエルリーも目を開ける。
アルムはバッグから適当に朝食を出してエルリーに食べさせた。自分も食べながら、どうやって伯爵の館に帰ろうか考える。
「うーん。手っ取り早くみつけてもらうには……」
どうやって自分がここにいることを伝えようかと首をひねっていると、にわかに人声と足音がして、十数人の男女が駆け寄ってきてベンチの周りを取り囲んだ。
それはリヴァーが呼んできたミズリ村の村人達だった。彼らは手に弓矢や斧や鍬を携えており、先頭に立つリヴァーがアルムを指さして怒鳴った。
「覚悟しろ、魔物め!」
「へ?」
突然の魔物呼ばわりに、アルムは目を白黒させた。




