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第40話 いざ、渇きの谷へ




 帰還準備を進めている兵士達を物陰からこっそり眺めて、アルムは「うみゅう」と呻いた。


(ヨハネス殿下から伝言で~す、「皆気をつけて帰ってくれ!」とのことです! ……「なんでヨハネス殿下が直接言わないんだ?」って尋ねられたらなんて答えよう)


 言うことは定まらないが、あまりまごまごしていられない。早くしないとハールーンが出発してしまう。

 アルムは覚悟を決めて兵士達に歩み寄った。


「あ、あの~」

「これは聖女様、おはようございます。我々は昼前には発ちますが、本当に全員帰還していいのでしょうか。ヨハネス殿下と聖女様のご帰還のために半数は残しておいた方が……」

「いえいえ! お構いなく! 浮かせて帰れますので!」


 アルム達の帰り用に空の荷馬車を一台だけ残して、兵士も御者も先に帰すと決めていた。オアシスに兵士達や馬をこれ以上とどめておいては水と食料が足りなくなる。まあ、それはアルムが出してもいいのだが、兵士がいるというだけで民への圧力になってしまう。


「そ、それで、えっと……ヨハネス殿下から「皆ご苦労。気をつけて帰れ」と伝言が……」

「は? 殿下は今どちらに?」

「え~と……ヨハネス殿下はちょっと今忙しくて……」


 アルムは目をそらしながら口を動かした。


「手が離せないから私が代わりに……」

「忙しいとは? なにかあったのでしょうか」

「いえいえ、なにもないんですけど。その、いろいろあって皆さんをお見送りできないけれどヨハネス殿下は元気ですのでご心配なく! では、これで!」

「あっ、聖女様!」


 アルムは強引に話を打ち切って兵士達に背を向けた。


 エルリーを連れてハールーンの姿を探すと、族長の家から出てくるところをみつけて後を追いかけた。


「ハールーン……っ」

「待って、兄上様!」


 アルムが駆け寄ろうとする前に、族長の家から飛び出してきたミリアムがハールーンにすがりついた。


「どうして兄上様がシャステルの王子なんかのために渇きの谷へ行かなくてはいけないの!?」


 ハールーンは腕にしがみつくミリアムをぶらさげながら、歩みを止めなかった。


「王子が砂漠で消息を絶ったら、王都から捜索のための軍が派遣されるじゃろう」

「そんなもの! 勝手に渇きの谷を捜させればいいわ! 王子はひとりで渇きの谷に行ったって言っておけばいいのよ! 私達には関係ないって!」

「だが、それで王家が納得する保証はない」


 ラクダの背に荷物を積みながら、ハールーンはミリアムを諭すように言った。


「案ずるな。ダリフはわしが説得する」

「ダリフはっ、兄上様のために――私だってっ」

「ミリアムっ!」


 息を切らせて駆けつけたメフムトがミリアムの口を塞いだ。

 ハールーンが目を見開いて振り向き、弟妹をみつめた。


「お前達……」


 涙を浮かべたミリアムと、ぎゅっと眉根を寄せたメフムトの表情を見て、ハールーンはなにかを悟ったらしい。ひゅっと息を詰めて喘ぐように呟いた。


「……なんてことを……シャステルに知られたらどうなると、わしのために……たったひとりのために、子供達まで巻き添えにするつもりか!」


 ハールーンの握った拳が震えている。ミリアムの膝から力が抜け、地面にへたり込んだ。

 ミリアムを支えて立っていたメフムトは、顔を上げて兄を見ると力なく言った。


「でも、このままじゃあ、どうせいつか皆滅びるんだ……そうでしょう、兄上様」


 弟の言葉に、ハールーンは黙ったまま目を伏せた。

 アルムにはなにを話しているのかさっぱりわからないため、おろおろしながら見守っていたが、少しの間だけ沈黙したハールーンが迷いを振り切るように背筋を伸ばした。


「とにかく、シャステルの王子を無事に帰さねばならない。――行くぞ、アルム」


 呼ばれたアルムはミリアムとメフムトの横を通り過ぎてハールーンに駆け寄ったが、弟妹はなにも言わずにうつむいていた。



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