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第7話 馬上の主従




 援助物資を運ぶのは兵士だが、使者として宰相の部下、それから神官が同行する。

 いましも出発しようとしていた馬車を停めて、ヨハネスが強引に丸め込んで神官を降ろし、代わりの人物を馬車に乗せることに成功した。


「権力ってこうやって使うのね」


 代わりの人物――すなわちアルムは揺れる馬車の中で呟いた。


 元聖女の自分が代わりに東へ向かうと言われて神官は大いに戸惑っていたが、特級神官である第七王子には逆らえなかったようだ。

 この時ばかりはヨハネスに感謝したアルムである。


 神官が乗るはずだった馬車は王都を出てケイナン伯爵領へ向かっている。先頭には使者の乗る馬車、後には物資を積んだ荷馬車がぞろぞろと続く。


 ケイナン伯爵の館で砂漠の民の使者へ物資を引き渡すそうだ。使者と神官の同行はそこまでと聞いた。


「なんとか砂漠の使者の人に一緒に連れていってくれるように頼まないと……」


 ヨハネスもすぐに追いかけると言っていた。ケイナン伯爵の館で合流することになっている。


「絶対にマリスを助けるんだ!」

「おー」


 アルムが力強く放った台詞に、同意する声があった。


「え? ……エルリー!?」


 座席の下からもそもそと出てきたエルリーを見て、アルムは仰天した。


「ど、どうして乗ってるの?」

「あーるぅが乗るって言ってたからー。いっしょに行くのー」


 アルム達が話している間、エルリーはおとなしく雪遊びをしていたはずだったが、どうやらヨハネスが神官を言いくるめている隙に馬車に乗り込んでいたらしい。


「キサラ様達が心配しているでしょ! 宿に着いたら連絡しなくちゃ……王都の外からでもリモート通じるかな?」

「あーるぅとおでかけー」


 頭を抱えるアルムの隣に腰掛けて、エルリーは上機嫌で足をばたばたさせた。



 ***



 硬い地面にまばらに草が生えているだけの荒涼とした光景が延々と続く。


 その中を、二頭の馬が静々と進んでいく。馬上の人物は前方を睨んで、自分より少しだけ前をゆく主の背に声をかけた。


「やはり山を越えると風がなくて楽だな。ゆっくり進んでも十分間に合うだろう」


 今のところ天候が崩れる気配もない。順調な旅路だった。

 残りの道程を思い浮かべる従者の前をゆく主の馬がぴたりと停まった。


「……いやじゃ」

「あん?」


 馬上の青年が天を仰いで叫んだ。


「いやじゃああっ!! シャステルの人間なんぞに会いたくないーっ!! わしは帰るぅぅっ!!」


 あざやかな赤銅色の髪をかき回してわめく青年に、従者は「また始まった」と溜め息を吐いた。

 青年がこうやって駄々をこねるのは発作のようなものだと、長い付き合いでわかっている。適当になだめて先に進まなければ。


「会うといっても、物資の引き渡しの時に顔を合わせるだけだ。物資を運ぶのは末端の兵士だろうし、こっちに話しかけてきたりはしないだろ。怖くない怖くない」

「いやじゃあ~無理じゃあ~! 砂漠に帰る~っ」


 青年はとうとう馬から下りて地面に這いつくばってしまった。仕方がなく、従者も馬から下りて青年の肩に手をかけた。


「ほら、しっかりしろ」

「わしはもう駄目じゃ……こんな役立たずはここに葬っていってくれ。埋まる穴は自分で掘る。来世はモグラになりたい……」

「外見は立派な砂漠の王者なのに、なんだってこんな陰キャに育っちまったんだ!?」


 褐色の肌に赤銅色の髪と瞳、精悍な顔立ちの若者の背を撫ぜながら、従者は「俺の育て方が悪かったのか?」と嘆いた。


「シャステルの人間なぞ恐れる必要はないだろ。お前は我ら砂漠の民を統べる族長の孫、ハールーン・エメ・アーラシッドだ」


 青年――ハールーンは顔を上げて従者を見た。


「……ダリフ」

「ほら。今日のうちにもう少し進むぞ」

「うう……帰りだいぃ~」


 ぐずぐず泣き言を漏らしながらも立ち上がったハールーンは、従者ダリフに背中を叩かれて再び馬上の人となった。


 そしてまた、二頭の馬が大地をまっすぐに進んでいく。

 その身に部族の命運を背負いながら。




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