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第5話 渇きの谷




「マリスがさらわれたって……どういうことですか!?」


 広場に停めた馬車の中で、アルムは兄に食ってかかった。

「さらわれた」と聞いた直後に尋ねようとしたアルムの口をふさいで黙らせたウィレムは、なにかあったのかと様子を見に近寄ってきたヨハネスとキサラに目配せして一緒に男爵家の馬車に乗るように促した。

 会話を他の者に聞かれないようにするためだ。貴族の令嬢が誘拐されたなどという話を広めるわけにはいかない。


 馬車の扉を閉めるなり、アルムは兄を問いつめた。


 マリスとはほんの数時間前に顔を合わせたばかりだ。ダンリーク家の客室でぐっすり眠っているはずのマリスが、どうやってさらわれたというのか。


「客室から物音がしたから、護衛が様子を見ようと扉を開けたんだ。そしたらマリス嬢の姿が消えていて、寝台にこれが――」


 ウィレムは沈痛な表情で一通の封筒を差し出した。

 宛名のない封筒の中には乱雑に畳まれた紙が入っており、アルムは震えそうになる手でその紙を開いた。

 そこにはこう書かれていた。


『聖女アルムは預かった。返してほしければ、ひとりで渇きの谷へ来るように第七王子に伝えろ』


「私が預かられたことになっている!?」


 アルムは目を白黒させて文面を読み返した。何度読んでも、自分が預かられている。


「おそらく、マリス嬢はアルムと間違えられたんだ」


 ウィレムはこめかみを押さえて言った。


「ということは、犯人はアルムの容姿を知らないんだな」

「ああ。なるほど」


 ヨハネスが漏らした言葉に、キサラが頷く。

 アルムの容姿を知らないから、同じ年頃のマリスが男爵家にいるのを見てアルムだと思い込んだのだろう。

 ということは、監獄塔の一件で取り逃がしたサメの魔導師や胡散臭い元侯爵は今回は関わっていないのか。


「しかし、この文面だとまるで俺をおびき出すためにアルムをさらったみたいじゃないか。そんな『金貨一枚を拾うために黄金のかにばさみを用意する』みたいな真似をする奴がいるか?」


 困惑の表情を浮かべるヨハネスに、呆れ顔のキサラが囁いた。


「金貨だなんておこがましい。そこは銅貨の方がよろしくてよ」

「うっさい!」

「……しかし、何故、渇きの谷なのでしょう?」


 ウィレムが尋ねる。


 渇きの谷とは、東の国境近くにある深い谷の名だ。

 かつて、始まりの聖女がこの地を浄化して国が作られた際、その力をもってしても浄化できなかった呪われた地――それが『渇きの谷』だ。

 地の底から絶えず瘴気が噴き上げられ、谷の周囲には生き物の存在しない死の砂漠が広がる。


「何故かは知らないが、そんな場所に呼び出してくるんだ。犯人はどうせ闇の魔導師だろうよ」


 ヨハネスはそう言って眉間にしわを刻んだ。





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