プロローグ
族長が重々しい口調でくだした決定に、女達が顔を覆ってすすり泣く。
族長の娘である砂漠の姫は、少しも恐れる様子を見せずに微笑んだ。
「皆、泣くことはない。守り人となって皆を守れるのはわらわの誉れじゃ」
やむことのない強い風の音の中にも、その声は凛として響いた。
ハールーンはじっと母をみつめていた。幼い弟と妹は乳母の膝の上ですっかり眠ってしまっている。
族長の娘として生まれた母は、いつかこの時が来るとわかっていて、覚悟を決めていたのだろう。迷いのない動作で立ち上がる姿は力強く潔かった。
「母上……」
思わず呼びかけると、母はハールーンに歩み寄り、そっと頭を抱き寄せた。
「ハールーン……弟と妹を頼むぞ。母はいつでもそなた達を見守っているゆえ」
いつも聞いていた優しくも厳しい声とは違う、やわらかい声音に、ハールーンはのどが狭くなったようになって声が出てこなかった。
母は一度ハールーンの頭を撫ぜると、後はなにも言わずに家を出ていった。思わず追いかけそうになって、ハールーンは伸ばしかけた手で傍らの従者の腕にぎゅっとしがみついた。
母は谷へ行く。もう戻ってこない。
いつか、自分もそこへ行くのだろう。皆の命を守るために。
それが、力を持って生まれた者のさだめだから――




