第47話 破壊の竜の角笛
(……お兄様がどこにいるかわからないうちは、言うことを聞くしか……)
アルムは唇を噛んだ。兄を人質に取られている上に、キサラとエルリーが一緒にいては無茶な真似もできない。おとなしく従うほかなくて、アルムはのろのろと玄関から出た。
キサラとエルリーを待っていた御者が、拘束されて出てきた三人を見て仰天する。キサラを乗せて王城へ行けと男に命令された御者は青ざめた表情で頷いた。
(どうしようどうしよう……なにかいい方法は)
キサラを乗せた馬車が遠ざかるのを見送りながら必死に頭を働かせるアルムの背後で、男が仲間に声をかけた。
「おい、それは捨てておけ。万一、吹き鳴らされでもしたらかなわねえ」
「へい。――おい、寄越せ」
アルムが振り向くと、エルリーを捕まえている輩が強引に喇叭をもぎ取るところだった。
嫌がるエルリーから奪った喇叭を、庭に放り捨てる。
「あ~!」
エルリーが悲しげに手を伸ばすが、喇叭は地面に落ちてがしゃんっと音を立てた。
「よし。俺達もとっとと王都から出るぞ」
『……ぅ……』
男の声に被さるようにして、なにか音が聞こえた気がした。
『……ぅぉ……ぅう……』
再び聞こえた不明瞭な音に、アルムは顔を上げてきょろきょろ辺りを見回した。唸り声のようなその音は、少しずつ大きくなっていく。
「な、なんだ?」
男にも聞こえたのか、怪訝そうに眉根を寄せている。
『ぉぅお……うぅおぉ……ぅぉるるるるぅぅぅっ』
音は確かになにかの生き物の声のようだった。皆、左右を見回して音の出所を探していたが、ほどなく、全員の視線が庭に向けられた。
『ぅぉるるぅ……ぐるるるるるっ!』
地の底から響くような唸り声が聞こえたと思った次の瞬間、なにかが庭から空へと高く飛び上がった。
上空に姿を現したのは、牛三頭分くらいの大きさの赤い竜だった。
『ぐおぉっ!』
竜は一声吠えると、まっすぐにこちらに向かって急降下してきた。
「「「ひぃぃっ!?」」」
男達は腰を抜かして必死に逃げようとずりずり後ずさった。
竜はアルム達の前でぴたりと止まると、長い首を伸ばしてエルリーの胸元に鼻先を近づけた。
エルリーはきょとんと目を丸くして竜を見上げている。
『くるるる……』
先程の唸り声とは違い、甘えるような鳴き方をした後で「ぽんっ」と音を立てて竜の姿が消えた。――いや、消えたのではなく、大きな赤い竜は小さな赤い喇叭に姿を変えて、エルリーの手のひらの上にぽとりと落ちた。
一部始終を目撃したアルムは、さすがに驚いて声をのみ込んだ。
喇叭が竜に変わり、竜が喇叭に変わった。
(破壊の竜の角笛……)
エルリーの手の中に戻った喇叭は唸り声をあげることもなくしんとしている。
「な、なんだったんだ……」
呆然と呟く男の声ではっと我に返ったアルムは、地面から木の根を出して腰を抜かした男達を拘束した。
木の根を操って手を縛る縄も外し、ほっと息を吐いたアルムの耳に、不意にざわめきが届いた。
「今のはなんだったんだ?」
「巨大な鳥か?」
「いや、竜みたいに見えたぞ」
遠くの方から人が集まってくる。銘々に手に瓶を持っているので、どうやらジャム煮会から帰ってきた人々のようだ。
「竜なんているわけないだろ」
「あれは絶対に竜だった!」
「俺も見たぞ!」
どんどん集まってくる人々を見て、アルムはあたふたと焦った。竜を目撃した人をどうにかして誤魔化して、帰ってもらわなければ。
(見間違いで押し通すか!? それとも、鳥だったことにする!?)
「あ、アルム様だ」
「アルム様! 今の竜はいったい?」
アルムに気づいた人々が尋ねてくる。
「い……」
追いつめられたアルムは、とっさにこう叫んだ。
「イリュージョンですっ!!」
胸を張ってびしっとポーズを決めたアルムに、王都の人々は目をぱちくりした。
「なんだ。そうだったのか」
「アルム様なら不自然じゃないよな」
「よかったよかった」
集まりかけていた人々はアルムの一言に納得してきびすを返し、それぞれの家へ帰っていく。
王都の民、訓練されすぎである。
「……はああ~」
息を吐いて脱力しそうになったアルムだったが、まだ気を抜いてはいけないと思い直して背筋を伸ばした。
(お兄様を助けなきゃ!)
アルムは拘束した男に駆け寄ると、兄をどこに隠したのかを尋ねた。
「へっ……教えてほしけりゃ、この木を消して俺らを解放しな」
竜を見て腰を抜かしたことを忘れたかのように強気で吐き捨てる男に、アルムはすいっと目を細めた。
「お兄様の居場所を教えないと……こうだーっ!」
「へ? うわあっ!」
アルムの意志に従って、木の根が男の足を持ち上げて宙吊りにする。
「絶対に吐かせる!」
その後、アルムは男が正直に吐きたくなるまで、空中で男の体をぐるぐると振り回し続けたのだった。




