第46話 再び突然の大ピンチ
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大神殿の馬車で送ってくれるというので、アルムは先に外に出て御者が来るのを待っていた。
(帰ったらお兄様に塔でのことを報告して、ミラにお茶を淹れてもらって、ベンチに寝転んで……喇叭のこととかダークヒーローのこととか、考えることがたくさんあるなあ)
そんなことを考えていると、エルリーとキサラが外に出てきてこちらへやってきた。
「エルリーがまだアルムと話したりないみたい。男爵家まで一緒に行くわ」
言われてみれば、塔の中ではエルリーとあまり話せていなかった。もちろんアルムは了承して、三人で馬車の中でおしゃべりしながら男爵家へ向かった。
「あれ? あんまり人がいませんね」
平民街ほどではないが普段はそれなりに騒がしい下位貴族の居住地だが、道行く人や庭で洗濯物を干すメイド達などの人の姿が見当たらない。男爵家の前で馬車から降りたアルムはそのことに首を傾げた。
「ああ。たぶん、王宮前広場に集まっているのでしょう。皆で聖なるリンゴを持ち寄って大鍋でジャムを煮ているらしいわ。『聖女アルムのジャム煮会』ですって」
「そんな会、主催してないのに……」
なにやら勝手な催し物が行われているらしい。アルムは口を尖らせて玄関の扉を開いた。
「ただいま帰りました! お兄さ……」
家の中に入ったアルムは、目の前に広がる光景に声を失った。男爵家に仕える使用人達が、数人の男達によって縛り上げられ床に転がされていた。
「アルム様! お逃げくださいっ……」
そう叫ぶミラを、男の一人が床板に押さえつけた。
「聖女アルムだあ? なんでこっちに帰ってくるんだよ……チッ。あの野郎、しくじりやがったな」
男は低い声で唸るように言って、ぎろりと濁った目でアルムを睨みつけてきた。
「妙な術は使うんじゃねえぞ。男爵はこことは別の場所に運んだ。俺達が戻らなかった場合は、仲間が男爵を殺す」
アルムはひゅっと息をのんだ。あまりのことに頭の中が真っ白になりそうで、事態をのみ込めない。
「おい、扉を閉めろ。妙な真似をしたらこいつらを一人ずつ殺していくぞ」
アルムの後ろにいたキサラが顔をこわばらせて玄関の扉を閉める。エルリーがアルムの足にひしっとしがみついた。
「聖女アルムよ。収穫祭ではよくも俺の仲間達を捕まえてくれたな?」
男が手にしたナイフをくるくる回しながらそう言った。
(収穫祭――砂漠の盗賊の仲間?)
背中にじわりと汗がにじむ。仲間を捕まえられたことを逆恨みして、ウィレムを人質に取ってアルムを始末しにきたということか。
アルムはそう考えたが、男の要求は違っていた。
「俺の仲間達を解放しろ。俺達が無事に砂漠に帰るまで誰も追ってくるな。そうしたら、男爵を返してやる」
「な……なんで私にそんなことを?」
アルムは困惑して眉をひそめた。犯罪者の釈放など、アルムの一存で叶うわけがない。仲間を取り戻したいのなら、牢獄を襲って脱獄させるか、あるいはもっと上の立場の人間と交渉するべきだ。
盗賊達がどこに送られたのかアルムは知らないが、おそらくは王都の外の森の中にあるイローバス監獄に収容されているのではないだろうかと思った。
戸惑うアルムに、男は舌打ちを繰り返しながら言った。
「あいにく、監獄を襲えるほどの力はねえんだよ俺達には。だから、聖女様から王子に取りなしてもらおうってわけだ。この国では聖女様はなにより大切にされるんだろう? おねだりの一つや二つ聞いてもらえるんじゃねえのか」
計画では、彼らの仲間の一人がアルムに死なない程度の深手を負わせ、妙な術を使えない状態にした上で人質に取り「男爵を無事に返してほしければ」と脅して、国王代理ワイオネルに仲間達の解放を訴えさせるつもりだった。
聖女を人質に取れば、国王代理とて無視はできまいと考えたからだ。
だが、どうやら仲間はしくじったらしく、アルムは何事もなくこの家に帰ってきた。
「計画変更だ。お前達、何人かついてこい。残りは先に王都から出ていろ」
男が命じると、縛られた使用人を見張っていた男達が動き出す。アルムとキサラは後ろ手に縛られ、背中にナイフを突きつけられて無理やり歩かされた。エルリーは男の一人に抱えられている。
「お前は王城へ行って、国王代理に俺達の要求を伝えろ。日没までに仲間達を解放して王都の外に出せ。追っ手を差し向けたらアルムとこのガキを殺すぞ」
男が冷酷な口調でキサラに命じた。




