第42話 その頃のお兄様2
塔が崩壊した頃、アルムの兄、ダンリーク男爵家当主ウィレムは戦の準備を始めていた。
男には戦わなければならない時がある。
ウィレムは決意を固めた表情で使用人達を振り返った。
「では、行ってくる」
「ご無事のお帰りをお待ちしております」
「旦那様! ご武運を!」
執事のマークと侍女のミラに見送られ、ウィレムは今しも戦場へ赴かんとしていた。
目指すは可愛い妹を奪い去った憎き男の待つ監獄塔だ。
「ヨハネス・シャステル……アルムは返してもらうぞ!」
結界を張りに行ったアルムがいまだに帰宅していない。
アルムなら、結界など一瞬で張ってしまえるのだ。塔に上って結界を張って帰ってくるだけなら、こんなに遅くなるはずがない。
間違いない。ヨハネスが囚われの身であることを利用して、純粋無垢なアルムの同情につけ込んで引き留めているのだ。許されざる所業である。
「アルムの優しさにつけ込みやがって! お前の好きにはさせない!」
屋根裏部屋から引っ張り出してきた長剣(十四歳の時に闇の組織と戦うために街の金物屋で購入した魔を滅する宝剣エセルバード)を背負い、ウィレムはきっと前を見据えた。黒歴史に足が震えそうになるが、武者震いだと自分に言い聞かせた。
「待っていろアルム! 今行くぞ!」
自らを奮い立たせ、ウィレムはエントランスの扉を開け放ち、塔のある北東の旧城跡地に向かおうとした。
だが、ウィレムが家から一歩踏み出したその時、不意に周囲の物陰から複数の男達がさっと飛び出してきた。彼らは一息に距離を詰めてきて、ウィレムにナイフを突きつけて家の中に押し戻した。
「旦那様!」
使用人達が叫ぶ。
「動くなよ……聖女アルムの兄はお前だな?」
首筋に当てられたナイフの刃の冷たさに、ウィレムは眉をひそめた。




