第38話 群衆の不安
「に……逃げられた? 守護聖石が、奪われた……っ」
ややあって、愕然とした口調で呟いたのはヨハネスだった。
パワハラモラハラ野郎であるヨハネスのあまりに弱々しい声に、アルムはびっくりして目を丸くした。
「す、すぐに取り返さなければ……」
その時、ヨハネスの震える声をかき消すように、門の外からたくさんの人声が聞こえてきた。
「ワ、ワイオネル殿下! 群衆が門の外に押しかけてきています!」
血相を変えた騎士が報告に来る。
突然のシャークネード&シャークレインボー。その後の地震と響き渡った轟音、空にまで舞い上がった土煙。
そのすべてが旧城跡地の壁の向こうで起きているのだ。王都の民が黙っていられないのは当然だった。
「なにが起きているんだ!」
「説明しろ!」
入ってこられないように騎士達が抑えているようだが、騒ぎはどんどん大きくなってくる。
「ど、どうしましょう」
「……守護聖石を奪われたことは、絶対に知られるわけには」
不安そうにするキサラと、眉間にしわを刻むワイオネル。
陥没した地面と崩れた瓦礫を見られたら、ここで起きたことを隠し通すことは難しいだろう。アルムにもそれは理解できた。
「なにか適当な理由を説明しましょう」
「無理だ。サメが飛んでいった理由と、塔が崩れた理由を上手く説明できない」
ワイオネルはくっと唇を噛んでうつむいた。
「お前達は人目につかないよう、騒ぎに紛れて帰れ。民には俺が説明する」
ワイオネルが意を決したように背筋を伸ばし、門の方へ歩いていこうとする。
「お待ちください。どうなさるおつもりで」
「俺は国王代理として責任を取らなければ」
「聖石が奪われたのは俺のせいです! ワイオネル様にはなんの責任もありません!」
「いや、聖石のことだけではないんだ」
ワイオネルは振り向いて跡形もなく崩れた塔の残骸をじっとみつめた。
「神殿と通路、塔まるごとをあっという間に粉々にしてしまう破壊力……まるで伝説の『破壊の竜の角笛』が使われたかのようだ。それほどの力を持つ敵の王都への侵入を許してしまった。民の安全を脅かした俺には、不安に揺れる彼らの前に立つ義務がある」
ワイオネルの言葉に、ヨハネスはぐっと口をつぐんだ。この有様を見れば、民の間に混乱と恐怖が広がるのは間違いない。誰かがその矢面に立たなければならないのだ。
キサラもまた今後起きうる事態を予想して顔を曇らせた。現場に神官と聖女がいたのに破壊を防げなかったのも、民の不信を買うだろう。王家と大神殿の権威の失墜は避けられない。
暗い未来を想像して沈黙するヨハネスとキサラに対して、アルムはワイオネルの言葉の一部分が引っかかっていた。
(……破壊の竜の角笛?)
アルムの視線がキサラの腕に抱かれているエルリーに自然に吸い寄せられる。エルリーが提げている赤い喇叭に。
(いやいや、まさかそんな……そういえば、通路の崩壊が始まったのは、エルリーが喇叭を吹いたのと同時だったような……いやいや、偶然だって)
アルムは馬鹿な考えを振り払うように手をぱたぱた振って、小さく「ははっ」と笑った。
「闇の魔王が作ったとされる『世界を滅ぼす力を持つ宝』はこの王国のどこかに隠されていて、魔王の後継者が蘇るのを待っていると噂されているからな。こんな破壊を目撃したら、その噂を思い出して不安になる者もいるだろう」
「ぶっ! ……げほごほっ」
アルムは思わず咳き込んだ。
(いやいやいや、ありえないから! 噂なんてたいてい眉唾だから!)
しかし、そんなアルムの脳裏によぎるのは、「エルリーの!」とやけに確信を持って宣言していたエルリーの姿。
世界を破壊する闇のアイテムが本当にどこかに眠っているとしたら、それはやはり、目覚めるために強い闇の魔力の持ち主を自らの元へ引き寄せようとするのではないだろうか。
(もし仮に、この惨状がエルリーが喇叭を吹いたせいだとしたら……それを皆が知ってしまったら……)
アルムは嫌な想像に背筋を寒くした。
「塔を破壊した闇の魔導師はすでに捕らえたことにすれば……」
「いや、偽の証拠を揃えるには時間が足りない。民はじきにここになだれ込んでくるだろう」
「我々がここにいる理由も、どう説明すればいいのか……」
「あの!」
真剣に頭を悩ませる三人の会話を、だらだらと冷や汗を流したアルムがさえぎった。
「ひとまずは誤魔化して民を安心させましょう! 細かい話はそれからで!」
「しかし、誤魔化すといっても……」
「私に任せてください!」
闇の魔力のイメージ向上のためにも、ここで塔の破壊やら魔王のなんちゃらやらに関わっていると思われるのはよくない。
(嘘も方便! 平和が一番!)
アルムは全力で真実を隠蔽することを決意した。




