第37話 ガブリエル家の忠誠
「ロ、ロザリンド様……?」
「なんだと……」
キサラとヨハネスも驚愕の表情を浮かべる。
ガブリエル侯爵家の娘ロザリンド。
幼い頃、王宮や高位貴族の茶会などで会ったことがある相手だ。二年前まではワイオネルの婚約者でもあった。
「ロザリンド、何故お前がここに」
「囚われの父を救いに参ったのですわ。娘ですもの」
「ふふふ。嘘つきだね。私はついでで、目的はこっちだろう」
セオドアが「こっち」と言って聖石を目の前にかざした。
(ロージー……ロザリンドさんが、元侯爵令嬢?)
ワイオネルが真剣な雰囲気でロザリンド達に向き合っているのを、アルムは興味津々に眺めた。
(元侯爵令嬢なら、キサラ様やヨハネス殿下とは面識はあったはず……にもかかわらず、二人ともロージーの正体にまったく気づいていない様子だった。薄暗い塔の中で顔はよく見えなかったとはいえ……なんて演技派!)
アルムはきらきらした瞳でロザリンドをみつめた。
元侯爵令嬢でありながら、雑用係のふりをして監獄塔に侵入し、瘴気に怯える演技をしていたのだ。すごい根性と演技力だ。
黒縁眼鏡と弱々しい態度をかなぐり捨てた彼女は、元侯爵令嬢にふさわしい堂々とした態度でそこに立っている。
「ヒロインより敵の女幹部が似合いそうかも……敵だったけど途中から味方になるダークヒロインとか」
「ガブリエル。ロザリンド。お前達が、どうして守護聖石を狙うのだ?」
ロザリンドにふさわしい役を考えるアルムと、目的を問い詰めるワイオネル。
ロザリンドはすいっと目を細めて冷たい無表情でワイオネルを見据えた。
「この国に、始まりの聖女に護られる資格などないからですわ」
ロザリンドのいささかの揺らぎもない強い口調に、アルム以外は皆戸惑った。そこに含まれた強烈な怒りに気づいたからだった。
侯爵令嬢が没落したのだから、国を逆恨みするのは理解できる。だが、復讐心だけで、女一人でここまでのことができるものか。闇の魔導師の協力を得、こちらを油断させるために瘴気に身を侵してまで。
「ほらほらロザリンド、怖い顔になっているよ。嫁入り前なんだから気をつけないと」
場の空気に染まらないセオドアがからからと笑って言う。
「仮にも、元婚約者の前なんだから。ねえ、ワイオネル殿下」
「お父様が勝手に決めて、お父様のせいで破棄になった婚約でしょう。知ったことじゃないわよ」
父親の軽口を、ロザリンドは鼻で笑い飛ばした。
「長居は無用よ。引きあげましょう」
用事は済んだとでも言うようなロザリンドに、ワイオネルが眉を跳ね上げた。
「逃げられると思っているのか?」
セオドアとロザリンドを取り囲むように、騎士達がじわじわ距離を詰めている。とうてい逃げられるとは思えないのだが、二人は余裕の態度を崩さない。
もしかしたら、さっきの闇の魔導師が助けに来るかもしれないと思い、アルムは周りに注意を払った。サメの魔導師が現れたら、もう一回勧誘してみようと思う。
闇の魔力を使って逃げようとしても、この場にはアルムがいるから無駄なことだ。
誰もがそう思っていた。
だが、闇を警戒する彼らの前で、セオドアとロザリンドの体がまばゆい光に包まれた。
「なっ……」
まぶしさに怯む者達の中で、アルムだけはその光がセオドアの発する魔力だと気づいた。とっさに、キサラの腕の中のエルリーの周りに結界を張り、強烈な光から守る。
「光の魔力を持っていたんですか?」
「ふふふ。意外かい? 私だってシャステルの貴族だったんだよ」
セオドアは愉快そうに微笑んだ。
「馬鹿な。何故、今まで隠していたんだ……?」
ワイオネルが「信じられない」といった表情で呟いた。どうやら、セオドアが光の魔力を持っていることは誰も知らなかったらしい。
聖シャステル王国は光を信仰する国だ。その国の貴族であるセオドアが、何故、光の魔力を持っていることを隠していたのか。
貴族は皆、自分の家に光の魔力の持ち主が生まれることを願ってやまない。神官や聖女にならなかったとしても、光の魔力を持っているだけで尊敬され優遇されるからだ。
「我らガブリエル家の力はシャステルのためにあるのではないのですよ、愚かな殿下。ガブリエル家が忠誠を捧げたのは、始まりの聖女ルシーアただ一人」
「なに……?」
「これは、シャステルのために与えられた力ではない」
セオドアはことさらに丁重な手つきで聖石を撫でた。
「まあとにかく、聖石はいただいていきますよ。我がガブリエル家の悲願のために」
光の魔力がもてはやされるこの国で、その力を隠し通してきた男の魔力を聖石が何十倍にも膨れ上がらせる。
「では、皆様。いずれまたお会いしましょう」
「待っ……」
ひときわ強烈な光が収まった時、二人の姿は跡形もなく消えていた。




