第33話 スカウト
雨女がいるのとは別の通路から、二人の人間が現れた。
一人は三十歳くらいの若い男で、切れ長の瞳の涼しげな容姿をしている。髪と瞳の色は深い藍色だ。
「……牢番さん?」
年齢不詳の猫背な牢番とはまとう雰囲気がまったく異なっているが、彼の服装は牢番のそれだったし、よくよく見れば面差しが似ている。目の前の男がわざと情けない力の抜けた表情を作って猫背にすれば、あの牢番になると思われた。
さらに、その男の後ろに付き従う青年を見て、アルムは目を瞬いた。どこかで見た覚えがある。
「……あっ! エルリーをさらおうとした闇の魔導師!」
ジューゼ伯爵領でエルリーをめぐって対峙した闇の魔導師レイクは、アルムを見るなり嫌そうに顔を歪めた。
「……なんで聖女アルムがいるんだ。聞いていませんよシン殿」
「ごめ~ん。おもしろそうだから塔に入れちゃった!」
牢番――シンと呼ばれた男はレイクに向かって「てへっ」とでも言いたげな軽い態度で謝る。それから、アルムに向き直ってこう言った。
「はじめまして聖女アルム。ジューゼ伯爵領では私の優秀な部下であるレイクが世話になったね。彼が任務に失敗するだなんて初めてだったから驚いてしまったよ」
『ボスぅ! ひどいのよあの女! ボスが育てたベイビー達をみーんな消しちゃった!』
雨女がふわりと宙を飛んでシンに泣きついた。
「そうか。じゃあまた瘴気を集めて作らないとな」
『やだあ! またアタシとボスの時間が減っちゃう~!』
「ははは。今回は頑張ったな。先に戻っていなさい」
シンがそう言って指を鳴らすと、雨女の姿が闇に溶けるように消えた。
アルムはごくりと息をのんで口を開いた。
「あなたがサメの魔導師ですか?」
「闇の魔導師と呼ばれたことはあってもサメの魔導師と呼ばれたことはないなあ。サメは嫌がらせ程度の軽い気持ちで入れておいただけなんだけど」
男の答えに、アルムは確信した。
「さて聖女アルム。君にはここでおとなしくしていてもらう――」
「ヒーローになりませんか!? なりましょう! 主人公になって活躍しまくりましょう!」
「えっ」
急に目を輝かせて前のめりになったアルムに、シンとレイクは思わず身を引いた。
「闇の魔力のイメージ向上のために、ヒーローとなる闇の魔導師が必要なのです! サメの魔導師である貴方に、世の中を変えるために一緒に戦っていただきたい!」
「ええ?」
突然の勧誘に、シンは胸に手を当てて呆然と呟いた。
「私が……ヒーローに?」
「なんでちょっとときめいてるんだ! 馬鹿ですか!?」
『トゥンク』する上司にレイクが突っ込みを入れる。
「だって……ヒーローって男の子の憧れだし……」
「アホみたいなスカウトに引っかかるな!」
レイクに叱られてしょんぼりするシンに、アルムは必死にダークヒーローの必要性をプレゼンした。
「今の世に求められているのはサメの魔導師のような人材なのです! ダークヒーロー業界はまだまだ可能性が未知数で、成長に期待できる業種です! 本人の頑張り次第で結果がついてくるのでやりがいのあるお仕事です! 未経験者歓迎! アットホームな職場です!」
「ほほう……!」
「やめろ! ひとの上司を勧誘するな!」
「なんだか大変だねえ」
元聖女が闇の魔導師(サメ上司)を勧誘するのを闇の魔導師(部下)が止めるというカオスな光景を、セオドアはにこにこと笑顔で見守っていた。




