第26話 ヨハネスに迫る影
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水に突き破られて天井にあいた穴から、丸く切り取られた青い空が見える。
ずぶ濡れの状態でそれを見上げ、ヨハネスは眉間にしわを刻んだ。
(どういうことだ……?)
おそらくは、アルムが水とサメを巻き上げて外に出したのだろう。それはいいのだが、水とサメだけではなく、アルムとエルリー、そしてセオドアも姿を消してしまった。
水がなくなった次の瞬間、ヨハネスは床に着地していた。
そこは四階だった。サメの泳ぐ異空間に落とされたはずだが、どうやら正しい場所に戻れたようだ。
そばにはキサラとロージー、牢番が倒れていた。
敵にとって闇の攻撃が通じないアルムは邪魔であろうから、分断されたのだとしたら理解できる。だが、アルムと手を繋いでいたエルリーはともかく、セオドアまで消えたのは何故だ。
(仮にあの男が黒幕だとしたら、アルムが危ない! ……危ない? 危ない、か? アルムなら大丈夫か……いや、相手はクレンドールと渡り合った海千山千の政治家だぞ! アルムは純朴で世間知らずだから騙されるかも!)
「殿下、とりあえず下へ向かいましょう」
気絶して転がっているロージーと牢番を起こしていたキサラが言う。目を覚ました二人は「サメがサメが」と混乱していたが、どうにか落ち着かせて辺りに注意を払いながら一階まで下りた。
「アルム達はどこへ連れていかれたのでしょう」
一階まで下りてきてもアルム達の姿がなかったことに、キサラが不安そうな声を出す。
「まさか、闇の魔導師があんな恐ろしいことまでできるだなんて……」
「なんだ、怯えているのか? いつもの威勢はどうした」
いつになくしおらしい様子のキサラにヨハネスが首を傾げる。キサラといえば常に堂々とした立ち振る舞いでヨハネスに光魔法をぶち当ててくる女傑である。第七王子を光の輪で拘束して椅子に縛りつけて『ストーカー更生プログラム』を強制受講させる度胸の持ち主が、闇の魔導師ごときに怯えるとは信じがたい。
「殿下。お忘れかもしれませんが、わたくしも貴族の娘ですの。サメのいる水中に落ちる日が来るとは、想像したこともありませんでしたわ」
キサラは凄みのある笑顔でそう言った。
それもそうか、と納得してヨハネスは口をつぐんだ。
「とにかく、いったん塔の外に出て、神官達の手も借りてアルム達を捜しましょう」
出口まであと少しというところでキサラがそう言った。
その途端、背後から悲鳴があがった。
「きゃああっ! あ、あなた誰!?」
ロージーの叫びに慌てて振り向くと、通路の真ん中に青いドレス姿の少女が佇んでいるのが目に入った。
「また使い魔……?」
「いや、あれは……」
突然現れた少女に警戒するヨハネスとキサラの前で、少女がうつむいていた顔を上げた。
青い瞳が見えたのとほぼ同時に、少女の周囲にいくつもの球体状の水の塊が浮かんだ。
『あはははっ!』
少女が笑いながら手を広げると、水の球が一斉にヨハネス達に襲いかかってきた。
「うわっ!」
「くっ……」
とっさに避けるヨハネスと、光の防壁を作って水を叩き落とすキサラ。ロージーと牢番は真っ青な顔で壁にへばりついている。
キサラの光に触れた水はじゅうう、と音を立てて蒸発した。光に触れて消えるということは、この水は瘴気だ。
『きゃははっ』
少女がふわりと宙に浮き上がった。
「ゆ、幽霊!?」
ロージーが叫ぶ。
「違う! あれは……邪霊だ!」
ヨハネスは宙に浮かぶ少女を睨んで歯を食いしばった。




