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濡れ衣で逮捕された。釈明しようにも取り調べ担当が元カノなので、とてもやり辛い!

作者: 墨江夢

 家に帰ると誰かが自分を出迎えてくれるって、凄く幸せなことなんだと思う。


 例えばお母さんが温かいお風呂とご飯を用意してくれていたり、例えば奥さんが可愛らしいエプロン姿で一日の疲れを労ってくれたり、例えば愛犬が待ってましたと言わんばかりに駆け寄ってきてくれたり。

 家に誰かが居てくれるだけで、毎日の充実度が上がっているように思うのは、きっと俺だけじゃないと思う。

 親元を離れ、一人暮らしを始めると、特にそう感じるわけで。

 でもさ、でもさ――


坂巻一郎(さかまきいちろう)くんだよね? 蓮杖(れんじょう)美夜子(みやこ)さん誘拐の件で聞きたいことがあるんだけど……ちょっと一緒に来て貰って良いかな?」


 ――強面の刑事さんの待ち伏せだけは、勘弁して欲しかった。


 大学の講義が終わり、住んでいるアパートに帰ってくると、どういうわけか俺の部屋の前に三人の刑事さんがいる。

 それも見事に部屋のドアを塞ぐように立っているから、強行突破で中に入ることも出来なかった。


 ……待て待て。ゆっくり深呼吸して、落ち着くんだ俺。お互いに大人なんだから、話し合えばわかってくれる筈だ。

 俺はなるべく穏便にこの場を切り抜けることにした。

 

「えーと、すみません。俺は何も話したいこととかないんで、このまま部屋に入って良いですかね?」


 俺がポケットから鍵を取り出すと、刑事の一人が鍵穴の前に移動する。


「あの……そこに立たれると、中には入れないんですが」

「家に入る前に、行くべき場所があるだろう? やましいことがないなら、一緒に来てくれるよね?」


 笑顔で言う刑事さんだが、いやいや、それ絶対やましいことがあると決め付けてる時のセリフじゃん。どう考えてもちょっと話を聞いただけじゃ帰してくれないやつじゃん。


 しかし一介の大学生に過ぎない俺が、法と正義を司る警察官相手に公的に勝てるわけがない。

 こうなったら言われた通りついて行って、自らの潔白を証明するとしよう。





 警察署に着くなり取調室に案内された俺は、そこで予想だにしない再会を果たすことになった。

 取調室のドアが開き、二人の刑事が中に入ってくる。俺はその内の一人に、釘付けになってしまった。


「こんにちは、坂巻一郎さん。今回あなたの取り調べを担当することになった、樋口朱音(ひぐちあかね)です。どうぞ、よろしく」


 そう言って俺の前に腰掛ける女刑事の姿を見て、俺は心底驚く。なぜなら――

 その女刑事……朱音は、俺が高校時代に付き合っていた元カノだったからだ。


 思い返せば高校時代から、朱音は正しさというものを人一倍大切にしていた。

 授業中の居眠りやお喋りは決して見過ごさず、校則違反なんてもっての外。三年生の時なんて、歴代最恐の風紀委員長と全校生徒から恐れられたくらいだ。


 まぁ、それだけ規則にうるさい朱音だったから、当然良く思わない生徒も沢山いた。

 陰口を叩かれたり、時には陰湿な嫌がらせをされたり。そんなことも、度々あったという。

 それでも自分の信念を曲げず、正しいと信じる道をひたすら進んでいく彼女の姿が、当時の俺にはとてもカッコ良く思えて。だから「好きだ」と告白して、付き合った。


 俺が進学を、彼女が就職を選んだこともあって、卒業と同時に疎遠になり、気付くと自然消滅。以降連絡も取っていなかったのだが……まさかこんな形で再会することになるなんて。


 これが電車乗っている最中や喫茶店でひと息ついている途中だったら是非とも思い出話に花を咲かせたいところだが、生憎今はもっと重要なことがある。

 まずは両手に付けられた手錠を外して貰うことを、最優先にしなければ。


「えーと、名前は坂巻一郎、年齢は21、職業は大学生。そして容疑は未成年の誘拐、と。……サイッテー」

「おい、ちょっと待て」


 初っ端から発せられた罵声に、俺は慌てて待ったをかける。 

 ゴミ虫を見る時の冷たい目は、高校の時から全く変わっていなかった。

 

「パトカーの中でも言ったが、俺は何もやっていない。もう一度言うぞ? 何も、やっていない」

「犯人は皆そう言うの。……目撃証言もあった上に、犯行現場にあんたの毛髪が落ちていた。こんなのほとんど決まったも同然でしょ? 有罪確定、ゲームオーバー、ジ・エンド」


 ……どうしよう。段々苛ついてきたぞ。

 だけどここは我慢だ。もし朱音の挑発に乗って怒り狂い、暴れようものなら、俺は本当に犯罪者になってしまう。


「でもあんたを逮捕するのは、後回し。今は他にやることがあるの。……単刀直入に聞くわ。美夜子さんはどこ?」

「だから知らないって。そもそも、美夜子って誰だよ?」

「すっとぼけないで。あんたが誘拐した、蓮杖家のお嬢さんよ」


 話を聞くと、今日の朝蓮杖家の一人娘・美夜子が忽然と姿を消したらしい。

 両親は朝早く登校したものだと思っていたものの、通っている高校から「無断欠席している」との連絡を受け、事件が発覚。母親からの通報を受け、警察が捜査に乗り出した。

 近所の住人の目撃証言と現場に落ちていた毛髪から、一人の大学生が捜査線上に浮上する。その大学生というのが、他ならぬ俺だったというわけだ。


「……で、そんな不確かな目撃証言と髪の毛一本で、俺は犯人扱いされているのかよ?」

「正確には犯人ではなく、容疑者ね。黒に近いグレーってところよ」

「それってほとんど黒だよな!? ほぼ犯人確定だよな!?」

「目撃者が三人もいて、その全員があんたを見たって言っているんだから、そりゃあ疑われもするでしょう。……因みに、今朝のアリバイは?」

「アリバイって、あぁ、あれか。関係者全員に聞いてますってやつか」

「いいえ。現状では、まだあんたにしか聞いていないわ」


 どんだけ早い段階で任意同行されているんだよ、俺! 

 しかしアリバイというのは、自らの潔白を証明する最大の手段になり得る。

 なにせ俺の体は一つ。誘拐事件の起こった時間に俺が蓮杖家とは別の場所にいれば、俺に犯行は不可能と立証出来る。

 俺は必死で、自身のアリバイについて考えていた。


「今朝は……一限から講義が入っていたから、自宅で大学に行く準備をしていたな」

「それを証明出来る人は?」

「生憎、一人暮らしなもので。お前と別れてからは、彼女だっていないからな」

「聞いてもいないどうでも良い情報を、どうもありがとう。……だけど証明出来る人がいないんじゃ、アリバイにはならないわね」

「そう言われても、本当のことなんだけどなぁ……」

「じゃあ聞くけど、今朝のニュースの占いで、さそり座は何位だった?」

「それは……」

「ほらね、答えられない。つまりあんたは今朝ニュースを見ていなかったってことよ」


 答えられなくても仕方ないだろう? だって俺、おとめ座だもの。

 自分以外の星座の順位なんて、覚えているかってんだ(因みにおとめ座の順位は、一位だった。「願ってもない再会があるかも」とか、思いっきりはずれてますけど?)。


「もう認めたらどうかしら? 俺が蓮杖美夜子を誘拐しましたって」

「……わかったよ。認めるよ」


 これ以上悪足掻きをしても無駄だと思い、俺は白旗を上げた。


「でも認めるのは、今日の朝蓮杖家の近くに行ったってことだけだ。誘拐はやってない」

「俄かに信じられないわね。あんたが蓮杖家の近くに行く理由なんてないじゃない」

「それは……事情があるんだよ」

「なら、その事情とやらを一つ一つ説明して貰おうじゃないかしら?」

「……散歩していたんだ」


 子供のような言い訳だ。当然朱音はこれっぽっちも信じていなかった。


「散歩、ねぇ……。仮にそうだとしても、犯行現場である蓮杖家の門の前に毛髪が落ちていた理由としては弱いわね。門に近付かない限り、あんなところに髪の毛は落ちないわよ」

「それは……あの家には、でっかい犬がいただろ? その犬を触っていたんだ」

「はい、ダウト」


 朱音は裏を取ることもせず、即座に俺の発言を嘘だと決め付ける。

 もしかして蓮杖家の門には防犯カメラが設置されていて、警察は既にその録画映像をチェック済みなのか?


「何が嘘だって言うんだよ? あの家には、大きな犬がいるだろ? 犬種は……ゴールデンレトリバーだったかな?」

「大正解。確かに蓮杖家ではゴールデンレトリバーを飼っているわ。でも、あんたがその犬に触れることなんてあり得ない。だって……あんた、犬アレルギーでしょ?」


 ……覚えていやがったか。

 朱音の言う通り、俺は犬アレルギーだ。高校の時朱音とデートでペットショップに行ったことがあるから、当然彼女もそのことを知っている。


 取り調べ担当が彼女じゃなかったら、俺の嘘がバレるのももう少し遅くなっていただろう。

 うーん。元カノが取り調べ担当というのは、なんともやりづらい。


 こうも立て続けに嘘が暴かれると、俺に対する疑いも大きくなっていく。

 マズイな。このままだと、()()()の計画がバレるのも時間の問題だぞ。


 白状すると、俺は蓮杖美夜子失踪に関与している。

 でも今はまだ、その事実を朱音たち警察に知られるわけにはいかなかった。

 

 俺自身逮捕されない為というのも理由の一つだけど、それ以上に。

 今俺が蓮杖美夜子の居場所を口にしてしまったら、全てが台無しになってしまう。


 こうなったら最終手段、黙秘権を行使するとしよう。ダンマリを続けていれば、ある程度の時間稼ぎになる。

 俺が覚悟を決めて、口を閉ざしたその時――取調室のドアが開いた。


「樋口、ちょっと良いか」


 部屋の外から顔を覗かせた先輩刑事らしきおっさんが、手招きで朱音を呼ぶ。


「はい、何ですか?」

「たった今、蓮杖美夜子が保護された。なんでも、自分で警察署までやって来たそうだ」

「そうですか! それは、良かったです! ……で、犯人は? やっぱりこの男でしたか?」

「いや、それが……誘拐の主犯は自分だと言っているんだ?」

「……え? それって、どういう?」


 ……そうか。美夜子ちゃんが来たのか。

 彼女が警察署に来た以上、俺の役目はここまでのようだな。事の真相を、洗いざらい説明するとしよう。





 蓮杖美夜子、16歳。彼女は本当の父親と義理の母親と、三人で仲睦まじく生活している。

 義理の母親は美夜子ちゃんを実の娘のように可愛がっており、美夜子ちゃんの方もまた、義理の母親を慕っていた。

 父親との関係も、悪いわけじゃない。寧ろ、良好。だけど……美夜子ちゃんの実の両親の仲は、非常に悪かった。


「お母さんには絶対に会うな」。普段優しい父親も、実の母親の話をする時だけはとても厳しい口調になる。

 美夜子ちゃんにとってはそれが、悩みの種だった。


 そんな中、美夜子ちゃんの実の母親の体調が芳しくないとの知らせが入る。

 母親に会いに行きたい。会って元気づけてあげたい。でも、それを父親が許すわけがない。

 悩んだ彼女は……専任家庭教師の俺に助力を求めて来た。


「お願い! 家出をしてお母さんに会いに行くから、手を貸して!」


 ここからは簡単だ。

 俺は自宅から家出する美夜子ちゃんを手伝い、実の母親のところに送り届けた。


 本当はもっと遅く捕まる予定だったんだけど……日本の警察は、やはり優秀だ。お陰で時間稼ぎに苦労したよ。


 詰まるところ、これは誘拐ではなく。実の母親に会いたいという健気な願いから起こった、16歳の少女の家出なのだ。





 誘拐ではなく家出だったということで、こっぴどく怒られはしたが、俺は晴れて釈放となった。


 沢山の人に迷惑をかけた自覚はある。だからお叱りは甘んじて受け入れるし、美夜子ちゃんと一緒に何度もごめんなさいもした。


 説教と謝罪が終わり、警察署を出たところで、見送りに来ていた朱音が話しかけてきた。


「やっぱり、あんたは誘拐なんてしてなかったのね」

「やっぱりって……気付いていたのかよ」

「そりゃあ、元カノですから。あんたにそんな度胸がないことくらい、知っているわよ」


「でも……」。朱音は続ける。


「美夜子ちゃんの為に自分の人生を賭けるなんて、そんなお人好しだとは知らなかった。誰かの為に自分を犠牲にするのって、案外難しいものなのよ」

「自分を犠牲にするって……そんなんじゃねーよ。ただ俺は――」

「可愛い教え子を助けたかっただけ。だからこれは自己犠牲じゃなくて、自己満足だ。……そう言いたいんでしょ?」

「……何でわかるんだよ?」

「元カノですから」


 元カノとはいえ、こうも一言一句違えずに俺のセリフを代弁されるとは。元カノだからという理由だけでは、説明出来ない気がする。

 納得のいく答えがあるとしたら……運命とか?


「見直したか?」

「ううん。惚れ直した」


 ……ん?

 聞き間違いかな? 今朱音は俺に、「惚れ直した」って言ったような。

 まぁ問いただしたところで絶対認めようとしないし、ましてやもう一度言うなんてこともないだろう。

 樋口朱音とはそういう女だ。元カレだから、よく知っている。


「ねぇ。今度時間のある時に、会えないかしら?」

「取り調べの続きなら、もう勘弁だぞ?」

「違うわよ。二人でお喋りってところは同じだけど。……夜景の綺麗なレストランがあるの。一緒にどう?」


 それはそれは、なんとも魅力的な提案だ。

 

 俺はふと、今朝のニュースの占いの結果を思い出す。

「願ってもない再会」、か。存外ニュースの占いも、バカに出来ないみたいだ。





 美夜子ちゃんの家出の一件が解決して、二日後。俺は早くも、朱音と再会することになった。

 綺麗な夜景を一望出来るレストラン……ではなく、またも取調室で。


「……で、今度は何に巻き込まれたの?」

「痴漢に間違えられました、今回は本当に身に覚えがありません。助けて下さい」

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