神様達の宴へ
世界が終わった後の、私の日記。
☆
『いつか、神様の宴を観に行くから、その時には、物語の本に、サインをくれると、嬉しいな…。』
そう言った私に、あの日、彼は、にっこりと微笑んで、
『勿論ですよ。断るわけ無いじゃないですか、…さん。』
と、ちょっと照れながらも、応えてくれた。
☆
世界最後の日に交わした約束を携えて、彼の神様の舞台へと足を運んだ。
それが、先日。
その舞台は、神様一柱のものではなく、13柱の神々の宴だったけど。
直接対面するなんて、出来ない、画面越しでの宴だったけど。
それでも、私は、沢山過ぎる人混みに怯えつつ、彼を応援したくて、彼の活躍を一目見たくて、雑多で苦手な諸々を一つずつクリアして。
漸く、宴の会場にたどり着いた。
遍在する神々は、神代の國にありながら、地上の各地へとその姿を同時に映し出す事が出来る。
私が足を運んだのは、自宅から一番近い、地方の会場だ。
開演1時間以上前に、その場に着いたは良いものの、私は、物凄く困惑した。
兎に角、人が多いのだ。
外出を控える風潮のある昨今だが、それでも。
滅多に無い外出の機会、とばかりに、ヒラヒラ、キラキラと着飾った沢山の神様達の信者の群れに。
会場に入る前から、既に怯えていた。
今の私は、無謀にも、私の最愛なる軍師様も、人目を惹く白虎様も、無愛想で目付きの悪い猫も、背中を押してくれる偉大なる恩師様も、世界の案内人も。頼れる者が、誰一人居ない状態で、たった一人。この場に来てしまったのだ。
…。まだ、早かったのかも知れない。
もっと都会の、かの神様が顕現なさる本場へは無理でも、せめて細やかでも参加出来たら、と思って。
勇気を振り絞って、一歩を踏み出したけれども。
会場まで運んでくれた同行者が、直ぐに発見出来る程、私は、集団からはみ出ていたらしく。
本当に、一目で、探すまでもなく、真っ直ぐ伝言に来れた、と話してくれた。
そうして、宴の後に迎えに来る旨を残して、同行者は行ってしまった。
もうすぐ、開場の時間だ。
既に疲労で痛む頭と、緊張で吐きそうな自分を叱咤して、震える足を引き摺りながら、集団に巻き込まれる前に、中に入った。
☆
神様は、私の性質を理解してくれていたのかしら、と、思わず感心してしまうくらい、安心出来る場所が、私の席として指定されていた。
大きな音に囲まれず、沢山の知らない人に囲まれず。
他者からの視線にも晒されない、後ろの端っこ、壁の際。
暗がりの中、集中して、神様を観られる、そんな位置。
勿論、神様は、そんな作為を出来るはずが無いのだけれど。
ただの偶然だと、分かっているのだけど。
余りにも、的確に、その場所が、割り振られていたから。
ちょっとびっくりした。
☆
やがて、宴が始まって。賑やかな神様達の演出が続いていく。
知らない曲や、あんまり好みではない雰囲気の集団もあったのだけど。
苦手なそれらを何とかやり過ごし、痛む頭でぼんやり舞台を眺めながら、信者の集団の静かな熱狂に内心脅えつつも、神様の出番を待った。
神様以外は、キラキラしすぎて、怖かったし、近付けないと悟ったから。
そして。今は遠くから。少し前に記録された、神様の声と姿を、初めてきちんと向き合って観ることが出来た。
直接は、見ることも聞くことも出来なかった、私の友人達の、その一人。
ああ、彼は、ちゃんと前に進めているのね。
暗い教会の隅で、ヒトに怯えていた、小さなあの日の少年は、優しく世界を愛せる神様に成長していた。
他の神様達の気付かなかった、勇気を持って踏み出したい迷い子の救いになれるような、そんな言葉を、心から紡いでいく貴方は。間違えなく、酷く大人になっていて。
あの日の子供のまま、少しも成長出来て居ない自分を、思い知らされてしまった。
懐かしさと、戻れない切なさと、伝えられない実情と。他にも色々。ごちゃごちゃ心が震えて。
気付いたら、マスクが湿って、息が出来ない程に、私の頬には涙が流れていた。
拍手も出来ない程に、身動き出来ない程に。
神様の歌声は優しくて。
歌われる情景が、心に痛くて。
会場が暗い事に感謝した。
神様にとっても、私達との出会いが、大切だったのだと。語れなくても伝わってきて。
素直に、神様は凄いなって、思ったんだ。
☆
今回、私は、学習した。
今の私は、人混みが無理。
集団が怖い。
キラキラするものが、まだまだ苦手。
少しはマシになってきてはいても、まだまだ、あの日の友人達に会える程、私の壊れた心は回復出来ていないのだと。
小さな一歩を踏み出しても、直ぐに動けなくなるポンコツな自分を、私は受け入れたいと思う。
心が折れても。
身体が思うように動かなくても。
想いと関係無く途切れる意識であっても。
『今』は『今』しか無くて。
『私』は『私』でしか無いから。
いつかのあの人達に、誇れる自分で居られる様に。
今は、自分を愛せない私だけれど。
自分という『世界』を愛せる自分を、私の魂は、知っているから。
☆
でも、正直なところ、直接神様に『あの世界の物語』にサインを貰いに行ける日は、まだまだ遠そうである。
ひきこもりで、コミュ障で、人混みが苦手で、ホントに、ごめんね。
私は今日も、遠くから、君の事、応援してるよ。
その後、数日、寝込みました。