第5話 赤いゴブリンの思惑
アデスは赤いゴブリンの目の前で立ち止まった。
なんとも言えない空気が圧となって襲う。
乾いた風はいつもアデスに意地悪をしているようだ。
「人間。よく聴け」
赤いゴブリンが急に喋り出すとアデスは身構え始めた。
「これ以上の戦いは無意味だ。大人しくしていた方が身の為だ」
続けて言うがこの赤いゴブリンは劣勢である事を知っているのだろうか。
「あのお方が貴様らを赦さないだろう」
なんともさっきから人間の言葉を器用に言えている。
これ程までに発達したゴブリンは初めて見た。
本当にこの赤いゴブリンはどうしてこうなったのだろうか。
「あのお方とは?」
アデスが冷や汗を頬に流しながら言った。
この時のアデスは嫌な予感が脳裏を過ぎっていた。
かつて魔王に操られていた村人がそのような事を言っていたからだ。
アデスは魔王討伐の際にそのような事を言う村人に出会っていた。
あの時は確かあのお方と言う存在は魔王だったが今は魔王不在の筈だ。
「グゥハッハァ! 忠告はしたぞ。いいか。あのお方がいる限りお前達の安住の地はない。世界はやがて支配される運命よ」
赤いゴブリンは不敵な笑みを浮かべそう言った。
まさか魔王が復活するとでも言うのだろうか。
そうなればまた戦うしかなくなる。
果たして赤いゴブリンの言うあのお方とは誰の事なのだろうか。
「茶番はよい。吐かせるまでよ」
アデスは言い放ち即座に左手を前に突き出した。
「お主に……これが耐えられるかのう?」
その次の瞬間には赤いゴブリンの足元に魔法陣が構築されていた。
円陣を組むように現れた魔法陣の真ん中に赤いゴブリンがいた。
なにをされるのかが判らない赤いゴブリンはその場から離れようとした。
だがしかし魔法陣の上に逃げ場所なんてなかった。
なぜなら魔法陣を抑え込むように急に上から下へ圧が掛かり始めた。
まるでこれは圧し掛かられているような感じだった。
それも得体のない空気のみだった。
引力が上から下へ何倍にもなって襲い掛かる。
それは全身の血の気がなくなるのでと言う程だった。
「グオオオオ!?」
次第に赤いゴブリンの気は遠のいていき気絶した。
その場に沈むように倒れ込み身動き一つ取らなかった。
アデスは終わったと思い込み魔法を解除した。
魔法陣よりも先に引力波は消え去り最後には何も残らなかった。
「やったのか」
スラ坊の口が呆然よりを物語っていた。
実にあっけないと思っていた。
否。これはアデスが強すぎたからだ。
さすがは魔王を討伐した唯一無二の存在だ。
まだ本気を出してはいないだろう。
人生を楽できる程にアデスの能力は桁違いだった。
「やったの……ですか」
急にアルシャが入り込んできた。
どうやら最後のゴブリンを倒し終わったようだ。
とは言えまだ油断はできないとアルシャは剣の柄を持ち歩いていた。
「ああ。そのようだ」
アデスは気を失っている赤いゴブリンに視線を送ると虚しそうに言った。
「そうか。……どうやらもう敵はいないようだな。皆! お疲れ!」
アルシャの気持ちは段々と落ち着き始めていた。
なんせ初依頼がこんなにも珍しいと思っていたからだ。
とここでアルバスが牛車に乗り近付いてきた。
「その赤いのは生きているのか。だとしたら……吐かせるが一番だろうな」
どうして喋れるようになったのかをアルバスは知りたいようだ。
またアデス達も知りたいようでとりあえず赤いゴブリンを荷台に運ぶ事にした。
そこでワインの入った樽と一緒に縄で括りつけて吐かせるつもりだ。
だが吐かなくても拷問はしないし後始末はギルド本部に任せようとしていた。
果たしてアデス達は赤いゴブリンから訊き出す事が出来るのだろうか。