プロローグ
お久しぶりです。相変わらず下手ですがよろしくお願いします。
静かな森の中で一人の老人が切り株に腰を下ろしていた。
「フォッ。フォッ。フォッ。フォッ。もういいかのぉう。ジュリエッタよ」
老人はなにかを言い始めた。なにか訳がありそうだった。
見た感じは木こりではない。どちらかと言えば賢者に見えた。
その他に杖の尖っている方を地面に突き立てていた。
老賢者の言うジュリエッタとはだれなのか。そしてもうなにがいいのだろうか。
「儂は疲れたよ。そろそろ……お前さんがいる未来に転生してもいいかのぉう。なぁ? ジュリエッタよ」
なにごとだと言うのだろうか。なにがあってジュリエッタのいる未来に転生しようとしているのだろうか。
と次の瞬間になにやら老賢者の前の茂みがガサガサし始めた。老賢者は茂みの音に気付いたようだ。
「うむ? なにごとじゃ? うむむ? お前さんは?」
ひょこっと現れたのはなんと一匹のスライムだった。色は水色と極々普通のスライムだった。
「なぁ? 爺。転生したいなんて言うなよな。俺みたいになるぜ?」
なんとスライムが喋った。どうやら普通のスライムではなさそうだった。
「なんとぉ! フォッ。フォッ。フォッ。フォッ。喋るスライムとな。これは実に珍しい」
まるで面白いものを見るように老賢者は笑って見せた。確かに喋るスライムはかなり珍しかった。
「まぁ。聴けよ。爺。あのな。俺……実は過去から来た転生者なんだぜ?」
赤裸々に語り始めたのはスライムは実のところ過去から来た転生者らしい。それにしてもこのスライムはかなり幼い感じがする。
「ほう。お前さんは転生者と申すか。ふむふむ。儂は知っておるぞ。転生者の中には稀に独特な力を得るとな」
まるで生きる活力を得たと言わんばかりに老賢者が知識を披露する。最初と比べると若返ったような気がした。
「そうだ。俺の今は念通力を使っている。あんまり役には立たなかったけどな。と言うか。それよりも俺」
最後の方でスライムは口が重たそうにしていた。一体。スライムの身になにがあったのだろうか。
「うむ? 俺が……どうしたのかのぉう」
老賢者も気になるようだ。ついつい気になることは追求したくなるのが老賢者の性だった。
「実は……俺は……」
スライムは重たそうな口をどんどん動かし始めた。一体。スライムはなにを言おうとしたのだろうか。
「うむ?」
老賢者の優しい合いの手が起きた。なんとも言えないくらいの居心地のいい空間になる。
「ついさっきな。捨てられたばかりなんだ。つまり俺……」
スライムはどうやら元々だれかに飼われていたらしかった。だけど理由は分からない。一体。どんな理由で捨てられたのだろうか。
「ふむ?」
まただ。またしても老賢者の合いの手が起きた。親身に聴いてくれている感じがしてきた。
「俺がな。転生してこなければ、喋らなければ、捨てられることもなかったんだ。なのに」
どうやらスライムは転生してきたことで喋る能力を得たようだ。だけどその喋る力が飼い主の不評を買ったらしかった。
「うむ? なのに?」
またしても老賢者の優しさが滲み出ていた。さっきからスライムの言葉しか訊いてなかった。
「俺なんかが転生したせいで一匹のスライムの幸せを狂わせてしまった。だからさ!」
スライムは転生後の捨てられたことを引きずっているようだ。だからこそにスライムは俺みたいになるぜ? と言っていた。
「だから?」
回りくどい感じがするがそれでも優しい雰囲気は残っていた。ここまで人の話を聴いたのは何年振りか。
「転生したいなんて言うなよ! そんなことで幸せなんてこないんだってば!」
スライムの熱弁は果たして老賢者に届いたのだろうか。ただし人の気持ちはそんな簡単に変わらない。
「なぁ? スライムよ。儂はもう寿命が短い。後先のことは儂が決めたい。駄目かのぉう」
そうと言わんばかりに老賢者は持論を言い始めた。自分の転生くらいは自分で決めるべきだ。そう。言いたそうだった。
「駄目! 絶対に駄目!」
スライムは凄まじいくらいに激怒した。スライムはなんという自己中なのだろうか。
「うぅむ。……ふぅ~。やれやれだのぉう。もう分かったわい。儂の負けじゃ。いいじゃろう。お前さんの言葉、しかと受け入れたぞ」
最初は渋っていた老賢者だったが沈黙が流れると妥協した。それは即ち老賢者は転生をせずに残りの寿命を謳歌する気のようだ。
「え? 本当か! 爺!」
スライムの態度はまるで子供だ。口の聞き方がなっていなかった。
「ふむぅ。よいか。儂の名はアデスと言う。決して爺と言う名ではない」
老賢者の名をアデスと言う。ほんの少しだがきつめに言っていた。
「そうか。アデスか。俺の名は……」
この時のスライムは転生前を名乗るか。それとも転生後の名前にするかで口篭った。
「うぅむ? フォッ。フォ。もしだ。お前さんが名前に困っておるのなら……儂が付けてやろう」
アデスは機転を利かせた。流石は賢者の格好は捨てておらず頭が賢いようだ。
「え? いいのか」
スライムはアデスの言葉に縋る思いだ。意外そうな顔立ちだったがそれでも受け入れた。
「ああ。いいぞ」
頷くことなくアデスは言った。
「それじゃあ名付けてくれ。なんでもいいぞ」
スライムは胸を威張らせて言い始めた。と言ってもスライムに胸があるかは分からなかった。
「うむ。今日からお前さんは……スラ坊と名乗るがよい」
スライムの名前をアデスはスラ坊にした。なんとも可愛らしい名前だ。
「スラ坊か。……うん。悪くない。よし! 今日から俺はスラ坊だ! よろしくな! アデス!」
スラ坊はもう既にマブダチのような雰囲気を出していた。その証拠にアデスのことを呼び捨てにしていた。
「ああ。こちらこそよろしくな。スラ坊よ」
アデスもスライムのことを気にいっていた。なによりもその証拠がスラ坊表現だ。
「なぁ? アデスって……凄い賢者なのか」
スラ坊は急に改まった。なにやら今にもなにかを頼みそうだった。
「儂か。そうじゃのう。かつて勇者と共に魔王に挑んだというべきかのう。懐かしい話じゃ」
老賢者の眼差しは遠い昔を見ていた。今にも夢中になりそうだった。
「すっげーな! なぁ。アデス。今日から俺の教師になってくれないか」
スラ坊は甘えたような口調だった。急にどうしたのだろうか。
「ほう。教師とな。……よいぞ。今日から儂はスラ坊の教師じゃ」
理由はあえて訊かなかった。話したいときに話してくれるだろう。
「本当か! 俺さ。実は転生前は駄目な子供だったんだ。でもさ! こうして会えたんだ! 俺……もう一度だけでも頑張ってみるよ」
スラ坊の転生前になにがあったのか。実に気になる発言だ。
「そうじゃな。スラ坊や。もう一度だけでも儂と共に頑張ろうじゃないか。儂はお前さんを責めたりはせんよ。安心せい」
寛容の一言だった。老賢者の目付きはどんどん柔らかくなっていった。
「うん! 有難う! 俺……こんな姿でも生きるよ。だからさ。もう転生なんて馬鹿なこと、やめなよな」
スラ坊は意味深な人生の上にいた。だからこその助言だった。
「うむ。そうじゃな。スラ坊に教えられたわい。生きる為の方法をな。宜しく頼むぞ。のう。スラ坊や」
もう老賢者は一人じゃない。もう転生したいなんて思わない。だってそこにはスラ坊がいるから。
「んじゃ行こうぜ! アデス! 今日はパーッと生きようぜい! な? アデス!」
スラ坊もまた第二の人生を謳歌するだろう。もうそれくらいに活力がみなぎっていた。
「フォッ。フォッ。これこれ。余り急がんでくれ。なぁ? スラ坊や」
アデスは転がるように移動するスラ坊を見た。意外に速かったようだ。
切り株から腰を上げアデスはスラ坊を追いかけた。見失わないかとヒヤヒヤした。
これは転生する筈だった老賢者アデスと転生後に後悔したスラ坊が織り成す最高の物語だ。