お兄ちゃん ~藍~
髪の色も瞳の色も肌の色も、人とは違かった。
好奇な目で見られることが当たり前だった。
その珍しさから虐められたり、売人に売られそうになったことも……
だけど、必ず兄が駆け付けて守ってくれた。
「藍を守るのが役目。」
強くて優しい兄はそう言って笑った。
生傷が増えようとも、いつだって私を守ってくれた。
気付いた頃から両親はいなくて、私は兄だけが家族だった。
ただ兄がいてくれるだけで、楽しかった。
外に出るときは布を被り、足早に用を足す。
そんな生活に慣れてしまっていたせいかもしれない。
私に人々の目が向かなくなっていたことに油断していたのかもしれない。
あの日…
私は賊に襲われた。
金銭目的の賊だったが、被っていた布が落ちると、急に目の色が変わった。
伸びてくる手から必死になって逃げた。
(怖い、怖い…)
近づいてくる足音に、もう駄目だと思った。
「…藍…」
息を殺した中で聞こえたのは苦しそうな兄の声。
「お兄ちゃん!!」
駆け寄り兄に触れると、私の手が血に染まった。
(なんで、どうして血が…。)
「藍…藍…
大丈夫だよ。」
兄は賊から私を守るために刺されたのだ。
誰かを呼ばなくちゃ…
でも誰を呼んだらいい?
誰が助けてくれる?
悩んでいる暇なんてない。
「待ってて、今助けを呼んでくるから。」
そう言って兄のもとを離れようとしたのに、兄は私の腕を掴んで離さなかった。
「妹1人じゃ心配だなぁ…。」
そう言って笑った。
その笑顔と言葉がまるで終わりを告げているようで、私は泣いた。
「藍…一人ぼっちにしてすまないね…。」
兄は微笑みを浮かべたまま目を瞑ってしまった。
「ねぇ、お兄ちゃん…。」
ポツポツと雨が降ってきた。
「風邪引いちゃうよ、帰ろうよ。」
返事などない。
降りしきる雨の中、私は大切な兄を失った。
それからの私は兄に教えてもらった護身程度の剣術で身を守ってきた。
ずっと兄に守られてきた。
守られるばかりで守ることができなかった。
悔しい。
私がもっと強かったら…。
そしたらあんな日はなかった。。
兄を失うことなどなかったのに…。
こんな雨の日は、いつだってあの日を思い出す。
そんな雨の日に"蒼陽"と出会った。
彼は変わっていた。
不審がることもなく笑い、私に"ありがとう"と言う。
「友達になってくれる?」
一人ぼっちだった私に蒼陽が言った。
私は嬉しかった。
布を取れとも言わないで、私に笑いかけてくれたことが。
だけど…私を見たら蒼陽も変わってしまうかもしれない。
もしも変わらない蒼陽でいてくれても、私といることで迷惑をかけるかもしれない。
守ろうとして、兄のようになってしまったら…
「綺麗。……ところで、藍殿は女性であることを隠していらっしゃるの?」
鈴珠様が言った。
「いいえ、まったく。」
勝手に蒼陽が"彼"扱いしているだけ。
鈴珠様は可笑しそうに笑い、言った。
「きっと…陛下は、あなたが隠しているものを守ってくださるわ。」
鈴珠様は流し終えたわたしの髪を拭いて布を被せてくれた。
白地に綺麗な刺繍の入った布だった。
「あなたは女の子ですもの。
よく似合っていますよ。」
鈴珠様が微笑んだ。
"藍はそんな暗い色じゃない方が似合うのに。"
いつか言った兄の言葉。
視界がだんだん暗くなる。
ねぇ、お兄ちゃん。
こんなに素敵な布では目立っちゃうね…
私の髪色も瞳の色も、肌の色も、何故と聞かずに
兄でもないのに守ってくれるの…?
誰かが私の名前を呼んだ気がした。
兄以外の者に、
私の名前など、もう呼ばれることはないと思っていた。
目を開ければ心配そうな顔をした蒼陽がいた。




