陛下の欲するもの(香武)
この国の陛下は少し変わっている。
それが陛下への印象だった。
陛下という者は権力を振りかざし、私利私欲のためにしか動かない、そんな傲慢な者だと思っていた。
ところが陛下の蒼陽様ときたら…
穏やかで、何かを欲するわけでも、威張ることもせず、陛下としての務めをただこなしているだけの陛下。
よく言えば、家来を信頼しているからこそ、穏やかでいるのだろう。
悪く言えば、心ここに在らず。
(欲しいものなど何もないのか。)
けれど争い事等が起きれば、冷静で的確な指示を出す。
私の目には齢17歳とは思えなかった。
他所の国では妃を娶り、世継ぎに頭を悩ましているというのに、この国の陛下はそんなことにも微塵の興味もない。
巷では男色ではないか、などという噂まで流れた。
見目に美しい陛下なら尚更だ。
ある日、庭に怪我をしている小鳥がいた。
陛下が世話をして小鳥は元気に羽ばたけるまでに回復した。
その小鳥をたいそう可愛がり、少しの暇を小鳥と過ごしていた。
その時の陛下は、とても楽しそうに笑っていた。
(あの陛下も、小鳥の前では陛下ではなくいれるのだな。)
そう思った。
それからしばらくして、小鳥は何処かへ行ってしまった。
どこを探しても見つかるはずもなく、陛下はとても寂しそうに呟いた。
「友を失くしてしまった。」
それからの陛下はあまり笑うこともなく、争いが増えていく世の中をよくするために公務に追われ、疲れていた。
「少し、外の空気を吸いに行ってくるよ。」
「それならご一緒に…。」
「ううん、1人がいいんだ。」
そう言って陛下は王宮を出た。
陛下の不在は一大事だった。
だが、公にするわけにはいかない。
私と天伶は必死になって探した。
(あの時、私がついていれば…。)
悪いことばかりを考えてしまう。
そして、ようやく見つけた陛下は、
「賑やかだなぁ。香武と天伶は。」
などと言い笑った。
私と天伶は驚いた。
陛下が笑い、私たちを叱ったのだ。
陛下が怒る姿など見たことがあっただろうか。
陛下のそばにいる者を、陛下は"藍"と呼んだ。
顔を隠すかのように頭から布を被っている様は不審だが、陛下の様子を見ると要らぬ心配だったようだ。
藍殿は陛下の命の恩人であり、友人だと言う。
そして"彼"と言った。
陛下は藍殿を馬に乗せると王宮へと向かった。
「「……彼?」」
私と天伶の目には女子にしか見えなかったが、陛下が仰るなら"彼"なのだろう。
それに、嬉しそうに笑っている陛下。
「まるで、失くした友が戻ってきたかのようですね。」
「うん、だけどアレって絶対女じゃ…。」
私は天伶の言葉を笑顔で阻止した。
それにしても陛下の欲しかったものは"友"だったのか。
私では"友"にはなれない。
だからこそ、舞い戻った小鳥が藍殿のような気がしたのだ。