雨の日 ~藍~
雨の音に混じって聞こえたその音が待ち人ではないことはすぐに分かった。
戸締まりはしてある。
灯りも点いていない。
私は剣を片手に息を潜めて身を隠した。
何度も剣を練習した。
そうやって身を守ってきた。
外で声がする。
1人、2人…3人…はいるだろう。
私の家を空き家と思って来たのか。
それとも…
ガシャーン!!
勢いよく割られた窓。
戸締まりをしても、これじゃ意味がない。
「やっぱり空き家か?」
「いや、王宮の馬に乗ってガキがこっちの方に来たはずなんだよな。」
思い出した。
帰りにすれ違った人達を。
人相も身なりも悪い…賊だ。
「もしかしたらいるかもしれないから探すぞ。ガキは
高く売れるからな。しかも王族と知り合いとは、いい拾いもんになりそうだ。」
賊が窓から入ってきた。
ガタガタと身体が震え出す。
怖い。
私を守ってくれる者はない。
此処には私しかいない。
私が持っているものは短剣一つ。
この剣で男3人を倒せるわけない。
そもそも、私の剣は…
自分を守るための剣であって、誰かに傷を負わせるための剣ではない。
この狭い家じゃ逃げることもできない。
隙をみて、戸を開けて外に出ないと…。
奴らは?
隣の部屋を物色しているようだ。
逃げるなら今しかない。
物音を立てようが、立てまいが奴らは何度だって来る。
私は駆け出した。
「いたぞ!ガキを追え!!」
賊が私の後を追ってくる。
雨で地面が泥濘、何度も足をとられそうになる。
あの日を思い出す。
私を助けてくれた兄はもういない。
足音がすぐ後ろに迫る。
「ガキが、逃げてんじゃねぇよ!」
被っていた布を引っ張られ私は振り向き様に剣を相手に向けた。
雨足がますます強まる。
「おっと…
こりゃ驚いたな。
ただのガキかと思ったら、どえらい別嬪じゃねぇか。」
奴らの私を見る目が変わった。
「それにしても
……これは売るのが惜しいな。」
男の視線に、
一気に感じる嫌悪感。
「近づけば殺す。」
男達は笑い出した。
下品な笑い声が響く。
なんて耳障りで腹立たしい。
「売っちまう前に…」
男はそう言って私に近づく。
私は剣を振った。
男の頬に傷が出来、血が滲む。
「言ったはず。
近づけば殺すと。」
声が震えるのを隠しながら言った。
「へぇ…
ますますいいねぇ。」
男は腰から剣を抜き取った。
キーン
剣のぶつかる音が響く。
力任せに打ち下ろされる男の剣に恐怖を覚える。
私の身体がよろめくのを待っていたかのように、
男は笑いながら言った。
「所詮は女。力で俺に勝てるとでも?」
男が私に跨がった。
「殺してやる…」
持っている剣を男の喉元に突き立てればいい。
なのに何故……
身体が動いてくれない。
「そんなに震えて誰を殺すって?」
男が私の髪に触れた。
「私に…触るな。」
身を守るためにはこうするしかない。
私は刃先を自分の喉元に向けた。
男は目を丸くした。
「おいおい、そんな勿体ねぇことすんなよ。」
「お前達に触られるくらいなら命さえ惜しくない。」
もっと早くこうしていたら良かったのかな。
(お兄ちゃん…。)
私を守ったりしなければ兄は死ななかったのに…。
きっと守られてばかりだからバチが当たったんだ。
これで、兄のもとに逝ける。
もう独りじゃない。
あ…
(ごめんね、蒼陽…。)
私は目を瞑り、剣を強く握った。
「ぅぐっ」
鈍い声と同時に目に飛び込んだのは、男の肩に刺さった矢。
後ろの2人は身体に矢が刺さった状態で倒れていた。
「藍!!」
私の名前を呼び駆けてきたのは…
「そ…ひ?」
涙が頬を伝う。
「この娘に何をした?」
蒼陽の剣が男の喉元に付く。
「「陛下!!」」
「…陛下だと?」
側近の2人も駆け付けた。
男は蒼陽が陛下だと知ると頭を低くした。
「言え。一体何をした?」
「あ、あまりに珍しい髪色と見たこともない目の色だったので見入ってしまって……。」
私は耳を塞いだ。
"珍しい髪色"
"見たこともない目の色"
分かっている。
だから…それ以上言わないで。
蒼陽が私に着ていたものを被せてくれた。
まるで隠すかのように。
「ならば、跨がって見入っていたと…?」
「……。」
「お前に選ばせてやろう。
二度と私の前に姿を出さぬようこの国から出ていくか、私にその首を捧げるか。
さぁ選べ。」
男は顔を青くし逃げて行った。
もう2度とあの賊は来ないだろう。
蒼陽が守ってくれた…。
見上げると蒼陽と目があった。
「来るのが遅くなってごめんね。間に合って良かった。」
私は蒼陽に抱き締められた。
蒼陽の温もりが伝わり、安心したのと、怖かったのとで私は泣いた。
「怖かったね。」
まるで子供をあやすかのように優しく言う蒼陽。
「藍、
1人で頑張らなくていいんだよ。
私に守らせてくれないかな?」
そう言って優しく笑った。
"いつかお前を守ってくれる人が現れるよ。"
「ダメだよ。
私を守って傷つく姿をみたくない。
蒼陽まで失いたくない。」
蒼陽は私の頭を撫でた。
「ただほっとけない、それじゃダメかな…?」
"その人はきっと、無条件に藍を守ってくれるよ。"
「藍。
私のところにおいで。」
差し出された手。
優しく微笑む蒼陽。
"いつか出逢えたら、
信じることをもう恐れなくていいんだよ。
藍、信じて。"
兄が私の背中を押した気がした。
この人を恐れなくていい。
信じていいんだ。
「うん…。」
私は蒼陽の手をとった。




