小さな手 ~蒼陽~
もうすぐ藍は家に帰る。
ずっと此処にいてくれたって構わない。
けれど、藍がそれを望んでいないのだから、無理強いはできない。
はぁー…
ため息を吐く。
「陛下、どうなさいました?」
香武が言う。
「会える場所であっても、毎日会えなくなるのは寂しいなぁ。それに心配だし…。」
「藍殿ほどの剣の腕前があれば、心配など無用なのではありませんか?」
天伶が言う。
「どんなに腕が良くても、藍は女の子なんだよ。
"友"の心配をしない"友"がどこにいるの?」
あの子の剣は、勝負をするものでもなければ、誰かを傷付けるものでもない。
ただ自分を守るために身に付けたものだ。
「そうですね。剣が強くても、藍殿は優しすぎますね。」
「あぁ。虫一つにも剣を振るうことができないのだから。陛下が心配されるお気持ちはよく分かります。」
2人はあの日の藍の剣を思い出しながら言った。
そうだ。
藍は虫一つも殺せない。
そんな子だからこそ、心配なのだ。
相手に危害を加えずに身を守ることなどできるのか…。
「藍が家に戻ったら見回りを頼んだよ。」
「「仰せのままに。」」
2人は私の部屋を出ていった。
先日、藍を連れて藍の家に行った。
いとも簡単に抱えることの出来る女の子は、人から隠れるかのように木々に囲まれた家に住んでいた。
1人で不安にならないのか…そう思った。
戸を開けた藍は小さな声で「ただいま。」
と言った。
それはとても哀しい声だった。
「お帰り。」
言葉は勝手に出た。
藍は被っている布をより深く被り、消えそうなほど小さな声で、
「ありがとう。」
と、言った。
私は藍の顔を知らない。
一体どんな顔をして笑うのだろう。
今、どんな顔をしているのだろう。
素顔を隠した私の友。
寂しさも不安も口にしない。
「君はもう1人じゃないよ。」
私の言葉は藍の心に届いただろうか。
木漏れ日の中、私の手を取ってくれた藍。
藍の手は剣など握るための手ではない。
私はこの小さな手を守りたいと強く思った。




