嬉しい言葉と不安 ~藍~
先日、天伶様と剣を交わして足を捻ってしまった。
また1人になるのだから剣術を学んでおかないと…と思ったのに。
煌びやかな装飾。
鮮やかに染色された柱。
(ずっと部屋に籠っているのは落ち着かないな…。)
コンコン
「はい。」
戸を開ければ、蒼陽がいた。
「おはよう。
これから藍の家の進み具合を見に行くんだけど、一緒に行く?」
優しい笑みを浮かべたこの人はこの国の陛下で、私の友達。
「ん?どうかした?」
「ううん、一緒に行く。」
蒼陽は私の手を取った。
「じゃあ、藍はここに。」
いとも簡単に私を持ち上げると、私を抱えるように馬に乗せた。
王宮に行くときにも乗ったけど、なんだかやっぱり恥ずかしくなる。
「しっかり掴まっていてね。」
と言われてもどう掴まればいいものか…。
私は蒼陽に抱きつくように掴まった。
「走りにくくない?」
「全然。
ふふ、これなら落ちる心配をしなくていいね。」
そう言って馬を走らせた。
しばらく走ると木々が増え、建物は数少なくなってきた。
「そういえば、天伶が藍の剣がすごいって褒めていたよ。私も少しだけ見させて貰ったけど、驚いた。
こんな小さな身体なのに、剣の重さなど、ものともしないなんてね。」
「小さいって言っても子供じゃないからね。」
そう言うと蒼陽は笑った。
初めて剣を握った時は重くて仕方なかった。
そんな私に兄は躊躇なかった。
"もしも藍が1人になった時の為に教えているんだよ。"
そんな事考えたこともなかったのに…。
兄のいない今、私を守ってくれるものなどない。
剣が我が身を守るためであるなら例え重かろうとも、私は振らなくてはならなかった。
もっと早く剣を覚えていたら…
そしたら、賊など倒せたかもしれない。
兄が死ぬこともなかったかもしれない。
……。
ぎゅっと蒼陽の服を掴んだ。
「大丈夫?」
「…うん。」
徐々に馬の走りがゆっくりになる。
私の家が見えてきた。
木々に囲まれた家は人目を避けるかのようにそこにあった。
木漏れ日がさすものの、静かで何もない。
「うん、もう大分直っているね。」
蒼陽がそう言いながら馬から私を下ろしてくれた。
久しぶりの家。
戸を開ければそこは慣れ親しんだ場所。
"お帰り、藍。"
優しく微笑む兄。
「ただいま。」
私の帰りを待つ兄はもう居ない。
……
「お帰り。」
(え?)
振り返れば蒼陽が言った。
「なんだか"お帰り"って言いたくてね。…変かな?」
そう言って笑う蒼陽に、私は深く布を被った。
「変。
だけど……ありがとう。」
消えそうな小さな声は蒼陽に聞こえたかな。
少しだけ顔を上げると蒼陽は笑っていた。
なんだか恥ずかしい。
「今週中には此処に戻ってこれるけど、必要なものがあったら持っておいで。
私は外で待っているから。
それから、
住む場所は違っても、君はもう1人じゃないよ。」
蒼陽は私の頭を撫でると外に出た。
ずっと1人だった私に蒼陽の言葉はとても嬉しかった。
いつだって、兄を思い出しては無き姿をさがし、孤独と背中合わせに生きてきた。
不安で素顔を見せることさえできないのに、
"1人じゃないよ"
と言ってくれた。
その言葉に泣き出しそうになる。
そう言ってくれる友達ができた。
外に出れば、木漏れ日の中佇む人。
私を見ると優しく微笑む。
「じゃあ行こうか?」
そう言って手を出すこの人は、
私の素顔を見てもこうして手を差し出してくれるだろうか。




