互角(天伶)
初めて陛下を見たときは同じ人間とは思えなかった。
整った顔立ちをしていて、ただ立っているだけで絵になるような、そんなお方だった。
それでいて剣の腕も人並み以上だった。
何度も陛下の相手をしたが勝ったことなど一度もないが、陛下はいつだって言う。
「本当に天伶は強いね。」
私はその言葉が嬉しかった。
陛下が誉めてくれた剣で他の者に負けてなるものか、と思っていたが、此処には強者が1人…香武だ。
長身で落ち着いていて、同じ歳とは思えない。
しかも結婚までしている。
そこだけは敗けを認めるけど、剣術や武術、馬術でさえ香武とは勝負がつかない。
「次こそは!」
と、何度繰り返したことか。
でも…よしとしよう。
何故なら、陛下の"友"である藍殿が"私に"剣術を教えて欲しいと頼んできたからだ。
香武ではなくて"私に"。
「香武様は忙しいみたいだから、天伶様、もし暇があったら剣を教えてくれませんか?」
頭を下げた藍殿。
だが藍殿は素人で女ときた。
怪我などさせたら一大事だ。
私の首が飛んでしまう。
「できませんよ。」
一度は断ったものの、なおも頭を下げる藍殿。
藍殿を初めて見た時は、布を被った怪しい者と思った。
だが、陛下に危害を及ぼすわけではないし、何より陛下の命の恩人である。
陛下なしではこの国などないも同じ。
陛下の恩人ならば、我らの恩人に違いないのだ。
「何故剣など覚えたいのですか?」
「身を守るために。」
私から見れば、目の前にいる藍殿は小柄な"女の子"にすぎない。
仕方がない。
軽く剣でも振るえれば満足するだろう。
などと、甘く見ていた。
キーン!
剣を握ったことがあるのか。
(早い!)
私と剣を交わせるとは…。
藍殿は誰かに剣を…誰に?
おそらく剣術の師は藍殿の兄上。
兄上に剣術を習い、兄上を失ってからは1人で剣を振るっていたのだろう。
的確に相手の動きを見抜き剣を突くのは兄上の剣か。
ならば時折、迷いを見せるのは藍殿の剣。
それにしても、
この私と互角とは…。
「藍殿、その被り物があっては前も見えないんじゃありません?」
などと言えば、
「いいえ、天伶様。
この被り物のせいで表情が見えないでしょう?」
と、返してくる。
(面白い。)
キーン!!
と一際大きな音を立てた。藍殿の剣が何故か躊躇し、私の剣が藍殿の剣を地面に落としたのだ。
「何故、躊躇を?」
すると、私の目の前をヒラヒラと舞う蝶。
蝶など私の目に入らなかったというのに、藍殿はこの蝶のために躊躇したというのか。
「藍!!」
陛下が駆けてきた。
頭を下げれば、陛下の冷たい視線が刺さる。
殺られる…と、咄嗟に思ったところを藍殿に救われた。
仲睦まじく王宮内へと戻る2人。
「命拾いしましたね。」
香武が笑いながら言った。
「それよりも、藍殿の腕前はなかなか大したものでしたね。天伶と互角とは…。」
「……。」
あの時、藍殿が剣を交わしていれば蝶は真っ二つだった。
虫一つの命でさえ奪うことをしなかったのだ。
互角なものか。
被り物をした状態であれだけの動き。
陛下の優しき"友"が"強者"とは…。
陛下も気付かれただろう。
「どうしたんです、天伶。」
「いや、油断は大敵だなぁと思って。
久しぶりに剣の相手を頼むよ、香武。」
どんなに腕が良くても"女の子"には負けられない。
香武は言った。
「喜んで。」




