2つの知らせ
ヒューの畑の手伝いを終え、領主の屋敷に向かっていると、見知った魔力を感じた。リリーナさんのものだ。
傾きかけた陽の下で、冷たい魔力が吹き付けるようにオレを通っていく。
荒れている。とても、荒れている。リリーナさんが怒っている。
屋敷の外でも感じるほどだ。ヤバい。あの豚何しやがった。
「ロゼッタ。屋敷で何かあったみたいだ。状況は分からないけど、心構えはしていてくれ」
「うむ。分かった」
魔力を感じる以上、リリーナさんは無事なはずだけど。
一体なにがあったのだろうか。
屋敷に入り、リリーナさんの元へ直行する。感じる魔力から、居場所はリリーナさんの部屋だと分かる。
部屋の前まで来た。魔力の圧がすごい。数日前に、領主に求婚されたときより酷い。
一呼吸して、扉を叩いた。
「コーサクです。戻りました」
「入ってちょうだい」
リリーナさんの感情を滲ませない声が扉越しに聞こえた。気合を入れて扉を開ける。
ごうっと風が流れる。部屋の中は寒いくらいだ。内外の寒暖差で、扉を開けると空気が移動した。
部屋にいる人たちの顔は険しい。その表情には怒りの感情が見える。
その中でリリーナさんだけは、いつも通りの微笑を浮かべている。見た目だけなら、怒っているようには見えない。見た目だけは。
「おかえりなさい」
「はい。ただいま戻りました」
「「……」」
誰かしゃべれよ!ええ?オレから聞かなきゃならないの?
「え~と……何かありました?」
「ええ、そうねえ。いいお知らせと、悪いお知らせがあるわ。まずはいいお知らせね」
オレに選択肢はないんですね。
「トウモロコシの購入について、領主様から許可をいただいたわ。税金も他の野菜と同じくらいね。これで、いつでも取引ができるわ」
「それは、良かったです。ヒューも喜びますよ」
本当にいいニュースだった。これで、ヒューのところの経済状況も良くなるだろう。税金の他と同じくらいとは、予想外だけど、いいことだな。
「次は悪いお知らせね。私の食事に毒が盛られたわ」
…………。
「……はい?」
「さっき、領主様と一緒に食事をとったのだけれど、コーサクさんが作ってくれた魔道具が反応したわ。ああ、もちろん食べなかったわよ?」
リリーナさんに、毒を、盛った?
「……なるほど。あの豚、燃やしましょうか?」
完全な敵対行為だ。丸焼きにしてやろうか。
「うふふ。コーサクさんも、みんなと同じようなことを言うのね。それは駄目よ。まだ、ね。マイク。コーサクさんに見せてくれる」
まだってことは、やっぱり燃やすんです?そして、オレに見せるものとは?
「へい。こちらです」
マイクさんの手には小さな革袋。なんだ?
「商会長に出された、毒入りのスープです」
マジで?確かに、革袋の中にはスープのようなものが入っている。
「どうやって持ってきたんですか?」
普通だったら、すぐに証拠隠滅されるだろう。
「へい。まあ、ここ数日で、何人かの使用人とは仲良くなりやして」
すげえな。マイクさん、ちゃんと仕事してる。オレたち、畑作って、トウモロコシ食ってただけだわ。
「コーサクさんなら、私に盛られたのがどんな毒か分かるでしょう?」
「ええ、はい。調べます。ちょっとお借りしますね」
リリーナさんに売った毒見の魔道具は、毒の有無だけを調べるものだが、オレのオリジナルなら、どんな症状が出るかまで詳しく分かる。
マイクさんから革袋を預かり、毒見の魔道具を起動する。
「『毒見:演算』開始。アクセス」
動き始めた毒見の魔道具に没入する。意識が落ちる。
目を開けると、そこはリリーナさんの部屋ではない。何も無い暗い空間だ。
ここは毒見の魔道具の演算結果を、オレの脳に出力した仮想の空間。
暗闇の中、オレの前に人が現れる。黒目黒髪。日本人らしい顔。“オレ”だ。
魔道具によって作られた“オレ”の手には、マイクさんが持っていた毒入りスープの入った革袋がある。
“オレ”が機械的にその革袋を口元に近づけ、中身を飲んだ。
飲んですぐは異常なし。“オレ”はただ、無表情で立っている。時間を進めよう。
“1分スキップ” 異常なし。
“10分スキップ” 異常なし。
“1時間スキップ” 異常あり。
1時間進めたところで、“オレ”に異常が出た。
虚ろになった目。荒くなった息。上気した頬。そして、反応している“オレ”の“あれ”。
この毒の正体は分かった。ふざけやがって。あの豚が……!
意識を戻す。“オレ”が消え。暗闇が薄くなる。結果を伝えないと。
それにしても、素面で見る興奮した自分ってのは気持ち悪いもんだな。
目を開ける。そこは変わらずリリーナさんの部屋だ。皆がオレに注目している。
「なんの毒か、分かったのかしら?」
「ええ、はい。このスープに入っていたのは……媚薬でした」
オレがそう言った瞬間、部屋の魔力濃度が急上昇した。声は抑えたようだが、商会員も護衛もキレたようだ。勢い良く魔力が放出されている。息苦しい。
「うふふふ。そういうことなのね」
リリーナさんが変わらない微笑を浮かべて、歌うように話す。
「つまり。私に媚薬を盛って、既成事実を作ってしまおうと。そういうことよね?」
それを理解しながらも、一切表情を変えないリリーナさんが怖い。
見た目だけなら、微笑む少女と、怒りを浮かべる大人達だろう。その中の、怒れる大人の筆頭、マイクさんが声を上げた。
「商会長。ご命令をいただければ、いつでも首を獲ってきますぜ」
マイクさんの顔からは、いつもの笑いが消えている。今のマイクさんは、肉食獣のような暴力的な雰囲気だ。
守るべき、自分達のトップが狙われたのだ。その怒りは当然だろう。
「ふふふ。ありがとう、マイク。でも、さっきも言った通り、まだ駄目よ」
「……へい。分かりやした」
リリーナさんの言葉に、マイクさんが引き下がる。他の人たちも表情を改めた。
商会長であるリリーナさんの判断への、絶対的な信頼が見える。
少し凪いだ部屋の中で、リリーナさんが指示を出す。
「領主様との商談は、このまま進めるわ。私たちが毒に気づいたことは、外に漏らしては駄目よ」
「「「はい」」」
「コーサクさんたちは、引き続き自由行動でいいわ。ああ、トウモロコシの件は、ヒューさんに伝えておいてね」
「分かりました」
オレたちへの指示はそれだけだった。このままで良いのだろうか。
いくつか報告をして、リリーナさんの部屋を出る。
無言で廊下を歩き、割り当てられた自室に入る。ロゼッタも一緒だ。
「あの領主、許せないな」
「うむ!未婚の婦女子を無理やり手籠めにしようなどとは、言語道断な行いだ!」
……あれ?ロゼッタの言葉が、ちょっとオレにも刺さるな。広い意味だと、やってること同じ……?
「ごめんなさい」
「む?何故コーサクが謝る?悪いのはあの領主だろう。むしろ、未遂に終わったのは、コーサクの魔道具のおかげだぞ?」
ロゼッタが気にしてないなら……オレはセーフか?
「う、うん。そうだね」
「どうかしたのか?顔色が少し悪いな。疲れているのなら、早く休んだ方がいいぞ?」
「いや、大丈夫。調子はいいよ。領主の対応はリリーナさんが上手くやると思うから、オレたちは明日、ヒューにトウモロコシの取引が出来るようになったことを伝えに行こうか」
「ふむ、そうだな。きっと、みんな喜ぶことだろう」
「そうだね」
これでキリィ達も、ちゃんと食えるようになるはずだ。
翌日、オレ達はいつものようにヒューの畑に来ている。
トウモロコシの取引が出来るようになった件を伝えようと思う。ヒューも喜ぶはずだ。
見える範囲では、クルトと若い子たちが地面を耕したり、石をどけたりしている。ロゼッタもタローを連れて、そちらの手伝いに向かった。
ヒューの姿は見えない。また、トウモロコシの収穫中だろう。
感じる魔力に意識を集中させる。
トウモロコシ畑に隠れて見えなくても、ヒューの魔力量なら居場所はすぐに分かる。
発見。
畑を荒らさないように、ヒューの元に向かう。
ガサガサと音を立てて接近するオレに、ヒューが気付いた。
「やあ、おはよう。どうかしたのかい?」
ヒューは背負った巨大な籠に、収穫したトウモロコシを放り込んでいる。重そう。オレならひっくり返るな。
「おはよう。いい知らせがあるんだ」
「へえ。いったいなんだい?」
朗らかに、ヒューが聞いてくる。
「トウモロコシの取引について、領主から許可が下りた。税金は他の野菜類と同じくらいだってさ」
「……そうか。それは、とても嬉しいな。これで、お金に余裕が持てるようになるよ。ありがとう」
静かに、嬉しそうにヒューが微笑む。
「お礼はリリーナさんと、商会の人に言ってくれよ。オレはただの伝言係だ。ああ、明日あたり、トウモロコシの商談で、商会の人が来るって言っていた。上手くやれよ」
「ああ、分かった。ところで、領主様との交渉は、すんなりと終わったのかい?何もなかった?」
少し顔を暗くして、ヒューがオレに尋ねてくる。
リリーナさんが媚薬を入れられた事件はあったが、それは話せないし、トウモロコシの交渉自体は何もなかったはずだ。
「いや、特には何も。普通に決まったみたいだよ」
「……そう。分かった。教えてくれてありがとう。僕も明日の交渉に備えないとね。ふふ。状態の良い服を引っ張りださないと」
「はは。頑張ってくれ。リューリック商会の人の交渉は厳しいからな」
「そうなのかい?それは、気合を入れないといけないな」
ヒューと2人で笑い合う。気分がいい。ヒューも楽しそうだ。ヒュー達の未来が幸福であって欲しいと思う。




