領民の生活
ヒューさんのお宅にお邪魔している。広いがボロボロの家だ。あちこちに補修の跡がある。それも素人がやったと思われるものだ。
家の中にはキリィと同じような歳の子が何人かいた。なんだか警戒されていたので、蜂蜜クッキーを配っておいた。とても喜んでいる。
オレを見る目が知らない人から、お菓子をくれる人にレベルアップした。よし。あとで干し肉も出してみよう。
ヒューさんとオレたちはテーブルに座ってお話し中だ。自己紹介は終わった。クルトはオレ達の様子を確認してから出掛けたようだ。
「ごめんね。大したものは出せなくて」
オレたちに出されたのはお茶ではなく白湯だった。つまり、ただのお湯。特に気にはならない。この家の様子からして、白湯を出してくれるだけでも十分だろう。
「いえ、白湯は嫌いじゃないです。ここは孤児院なんですか?」
「ああ、違うよ。そもそもこの街に孤児院は無いからね。いや、前はあったけど。ここはその跡地なんだ。孤児院は無くなっても、孤児がいなくなる訳じゃないからね。何人か面倒を見ている。僕の……うん。趣味、かな」
趣味で孤児養ってるのか。変な人だな。てか、仮にも領主がいる街だろ。孤児院無いのかよ。何やってんだよ、あの豚野郎め。
「ヒューさんは」
言いかけたオレをヒューさんが手を挙げて遮る。
「ああ、ヒューでいいよ。別に普通に話してくれればいい。僕はそんなに上等な人間じゃないからね」
「分かった。ヒューは何でここで孤児の面倒を見ているんだ?」
「僕が子供の頃は、まだここは孤児院だったんだ。僕はここで育った。いろんな人にお世話になったよ。だから、次は僕が下の子達の面倒を見る番だ」
「立派な心掛けだな」
「まあ、あまり上手く行っていないんだけどね」
あまり余裕はないんだ。と、肩をすくめてヒューが言う。その言葉にロゼッタが反応した。
「領主に孤児院を再建させるよう要請できないのか?ヒュー殿が責任者となるなら、人選の手間は省ける。領主なら金銭の援助くらいすぐに出来るだろう?」
ロゼッタが真っ当なことを言う。その考えは正しい。だが、残念ながらあの豚にその考えは通用しないと思う。
「ああ、それは……無理かな。色々あってね。孤児院の再建を目指すなら、むしろ責任者は僕以外の方がいいのかもね」
「どういうことだ?」
ロゼッタの質問にヒューは苦笑しながら答えた。
「はは。僕があまり好かれていないってことだよ」
「ふむ?」
ロゼッタは首を傾げている。面倒臭そうな問題だし、あまり突っ込まない方がいいと思う。
そして、あの豚に期待はしない方がいいだろう。
「あの豚、じゃなかった領主、様に頼れないなら、ここの金はヒューが稼いでるのか?」
「主に、僕とクルトだね。クルトは冒険者だね。他の子達も街で手伝いをしているよ」
手伝いっていうか、1人はスリやってたけどな。まあ、責任能力のある大人ならいざ知らず、キリィは小さな子供だ。空腹に悩む子供が盗みを働くことに罪があろうか。
人は飢餓に苦しむ状態で高潔でいられるようには出来ていない。罪があるとすれば、その責任は治める者にある。つまり、あの豚が悪い。
しかし、金。金か。
「トウモロコシって安いの?」
「安いよ。みんな食べるのは基本パンだしね。うちで育ててるトウモロコシは、だいたい家畜用の餌になってるかな」
ええ……。貿易都市だとけっこうな値段するのに。というか。
「小麦とか、他の野菜を育てないのは?」
「ああ、そっちは税金が重くてね。主要な作物は税率が高いんだ。儲けを出すには、人手を掛けて大量に作らないと無理だね。税金の分を考えると、家畜用にトウモロコシを作ってた方がまだ良いくらいだよ」
とことん使えねえな。あの豚は。それで集めた金で、珍味とやらを買い漁っているのが本当なら、領主を辞めるべきだろう。
「なら、ヒューも冒険者になった方が稼げるんじゃないか?」
キリィによると強いらしいし。それに、その魔力量なら魔術のゴリ押しで戦えるはずだ。
「う~ん。冒険者も難しいかな。残念ながら、この街の近くに生息する魔物はそんなに強くないんだ。弱い魔物は魔核も小さいからね。稼ぎはあまり良くないんだよ」
確かに、オレたちを襲った魔物も弱かった。……打つ手なくない?
「むむう。それは……厳しいな」
ロゼッタもどうしていいか分からないような顔をしている。あの豚爆発させるしかなくね?
「ははは。まあ、それでも食べていけるだけ、恵まれている方だと思うよ」
ヒューはそう言って笑う。その目には諦めが浮かんでいる。
この世界は厳しい。大陸のほとんどは魔物の領域だ。人の住む範囲は狭い。魔物に怯えながら寝る必要が無いだけ、この都市は恵まれているとは思う。
だけど、それとオレの心情は別だ。ああ、気に入らねえなあ。
その後もヒューから色々と街の話を聞いた。あまり明るい話題は無かったが。話を聞かせてもらったお礼に少し金を包んで、オレたちは領主の屋敷に戻った。
右手にずっしりとした重さを感じながら、領主の屋敷の廊下を歩く。目指す先はリリーナさんのところだ。今日の報告をしなければならない。
右手に持っているのは、ヒューからもらったトウモロコシだ。情報代が多すぎるから、と渡された。
ちょっと処理に困っている。この館の厨房は借りることができるだろうか。改造馬車でも料理は出来るが、貴族の屋敷の敷地内で料理するのも微妙だろう。許可出るのか?
トウモロコシをどうするか考えながら、熱の籠る廊下を歩く。窓から入ってくる夏の太陽の日差しはまだ強い。
あの豚なら暑がりそうだが、この屋敷に冷房の魔道具はないのだろうか?
リリーナさんの部屋の前に着いた。中から複数人の気配がする。流れた汗を拭い、扉をノックした。
「コーサクです。戻りました」
「入ってちょうだい」
リリーナさんの声に扉を開けて入る。お、涼しい。扉を開けた瞬間に冷気が溢れ出してきた。汗が引いて気持ちいい。
「おかえりなさい。情報収集は上手くいったかしら?」
だが、冷気の元は冷房の魔道具などではないようだ。
「ええ、問題なく。色々と聞いて来ましたよ」
冷気の源はリリーナさんだ。だけど、魔術を使っている訳ではない。リリーナさんから魔力が漏れ出ている。その魔力に氷の精霊が寄って来ているようだ。
魔力は精神に感応する。強い感情を抱けば魔力が動き、精霊を呼び寄せる。つまり。
うわあ、リリーナさんめっちゃキレてる。
オレの雇い主は大層お怒りのようである。
「え~と、何かあったんですか?」
「うふ、ふふふふふふ」
笑い声が怖い。
……聞かない方が良かったかなあ。顔が引きつるオレに、護衛のマイクさんが近寄って来た。こそこそとオレに耳打ちしてくる。
「今日の商談のときにな、あの領主、商会長に妻にしてやってもいいって、言い放ちよったんです」
「ええ……」
すげえな。どう考えてもつり合わないだろ。あの豚の格が低すぎて。リューリック商会に真っ向から喧嘩売ったのに等しいぞ。なんだ?死にたいってアピールか?
「そんで、商会長は穏便に断ったんですが、領主はゆっくり考えてくれればいいと……。この商談、長くなるかもしれませんぜ」
あの豚野郎め。なんてことしやがる。オレは早く貿易都市に帰りたいのに。
というか、オレはこの状態のリリーナさんに調べた結果を報告しなきゃなんないのかよ。機嫌の悪い雇い主に報告って、何の罰ゲームなのか。
オレは真面目に仕事してるのに。あの豚野郎め。




